初音ミクには唯一つ、願いがあった。
コタツに入って二人きり、ミクとメイコが向き合って座っている。
「……何? そんなマジマジと見つめられても移んないわよ」
メイコが呆れたような言葉を吐く。
ミクの視線は真っ直ぐに、メイコの、たくましく育ったふくよかなで大きなメロンに集中している。
「移らないよねー」
お手上げだー、と両手を上にしてそのまま後ろに倒れていく。
初音ミクはメロンが欲しい。
スイカでもいい。
とにかく二つ、大きなものが欲しいのだ。
容姿には自信があるという彼女だが、如何せん体型だけは万年コンプレックスになっている。
幼児体型ではアイドルの風上にもおけない。
どうしたものか、と物思いに耽った――
「ミク姉見て見て」
天井を見上げていたミクを、幼い声が呼ぶ。
見るとそこには足があって、徐々に視線を上げていくとショートパンツが目に入った。
リンちゃんだ。
そう思ってさらに上に視線を持っていくと、本来ならば絶対に有り得ないものが二つ、そこにある事に驚愕して飛び起きた。
「ぼいーん」
ニマニマと憎たらしい笑みを浮かべたリンの胸には、何故かたわわな果実がお二つ。
悪い夢でも見ているかのようだ。
「ど、どうせ何か入れてるんでしょ?」
「ううん」
「え。あ、じゃあ作り物だ? そうに決まってる!」
騙されまいと頑なに、焦る気持ちを剥き出しでその辛い現実に刃向かう。
「ほれほれ触ってみるといい」
物体Xを縦横に揺らしながら、これでもかとミクの前に押し出すリン。
そっぽを向いたミクの耳に響く物体Xの音。
それは確かに、肉と肉がぶつかり合う音。
本能が本物だと告げる。何故か知らないが、リンの、あの未成熟極まりないリンの身体に、本物のメロンが実ったのだ。
ぽよんぽよん。
心地よく音が鳴る。
心が折れる音がした。
「ねえリンちゃんこれどこで売ってるのぉぉぉぉぉ!?」
ついには我慢できなくなり泣き崩れ、たわわなそれにすがりつくミク。
ぷりんぷりん。
――ああ、なんて自然で柔らかな感触――!!
「いやいや売り物じゃないし、突然飛び出してきたんだよ」
「そ、そんな馬鹿なことあってたまるか」
うずくめていた顔を上げ、憎たらしい笑顔を睨む。両手はがっちりと果実を掴んでいた。
「嘘じゃないよー。気づいたらこうだったんだもん。
あれえ? もしかして、ミク姉はなんとも無いのぉ?」
そんなミクの恨めしい視線など意に介さず。皮肉と優越感たっぷりに、リンは問うた。
……一応確認してみる。
「うわあああん! こんな現実耐えられねえよお!」
ぺったんだった。
当然のようにつるぺったんだった。
何が悲しいかって、明らかだったにも関わらず、少し期待してしまった自分が悲しい。
ミクはコタツを飛び出し家も飛び出し、無我夢中で街を走りだした。
飛び出す瞬間リンが高らかに笑う声が聞こえたが、もうどうでもよかった。
ひたすらに走る。
当然だが走っても、揺れ動かない。
変に意識してしまうが、でも走らずにはいられなかった。
やり場の無い気持ちは涙と共に風になる。
お願いです神様! どうか私に限りない慈悲と限りなく大きな果実を!
「おや、ミクじゃないか」
不意に聞き覚えのある声がして、急ブレーキ。
この声は、
「カイト兄さん?」
振り向いた。
そこに居たのは、見紛うことなくカイトだ。
ただどうしてだろう。
何故、裸なのか。え、ふんどし?
あとそのマフラーの下の肌色の膨らみはなあに?
青い髪の爽やかボウイは爽やかな笑みを浮かべ爽やかなソーダアイス片手に、解放的なふんどし姿。
ミク、絶句。
後に例えようの無い絶望感と焦燥感が襲い掛かり、全身の震えが止まらなくなった。鳥肌まで立っている。
だがしかし、そこは流石の初音ミク、伊達に多くの修羅場を渡ってきてはいない。
胸に手を当て、一つ深呼吸。
それだけで心に平穏を取り戻した。
まあ無意識に胸を触ってしまったので若干落ち着き切らないが、このぐらいなら支障は無い。
「ミク?」
心配そうにして、カイトはミクに歩み寄る。
さあ、まずは状況を整理しようか。
疑問そのいち。
「あの、兄さん。どうして、裸なんですか?」
「え? ああ、なんだかね、急に服がきつくなってしまって……」
疑問そのに。
「ええっと、それはその、む……胸のせい、で?」
「ああうん、そうだろうねえ。これは一体どうしたことやら」
疑問そのさん。
「それは……そのメロンは一体どこで買ったんですか?」
「買ったんじゃないよ、気づいたら大きくなっていたんだ」
「ところで、ミクは大きくなっていないんだね」
ずぶり。
心にナイフが突き刺さる。
「さっきそこでレンに会ったんだけど、彼も大きかったし……きっと、何か悪い病気でも流行ってるんじゃないのかな?」
レ、レンもだと?
ナイフはさらに深く深く。
一体何がどうなっているのやら、ミクには理解不能であった。
「いやでも、ミクはいつも通りで安心したよ」
私だけ?
いつも通り?
私には何も起きないの?
どうして?
私はこれ以上を望むことは叶わないの?
俯いたミクの瞳から、零れ落ちた雫。ソーダアイスを頬張って空を見上げた彼は、それに気づくわけもなく。
「ミクは一生そのままだよね、きっと」
――見上げていたはずの空が、落ちてきた。
「お前に何が分かるんだこの野郎!」
点火からコンマ数秒で爆発。
カイトのメロンを隠したマフラーの両端を掴み、勢いよく横へ引っ張った。
ありあまるボーカロイドとしての初音ミクの腕力は、怒り悲しみ、そして全世界の貧しい方々の救済を求める声により、さらにパワーアップしていた。
よってカイトの首が緊急事態である。
見えてる苦しい恥ずかしい息が出来ない見えてる息が出来ない見えてる声が出ない苦しい見えてる、
「こんなもん見るだけでイライラすんだよぉぉ!」
さらに引っ張る。顔が髪と一緒の色になってきたが、初音ミクは止まらない。
しかしどれだけ引っ張っても、力を加えても、彼女の精神を支配するのは虚無と悲壮感。
無駄な力、無意味な感情、無差別な制裁。
どれもこれも、何の意味も持たない。
それでも、溢れ出したもの止まらない。
やがて、カイトの動きは止まった――。
「……もう、戻れないよね……」
地に伏した愛すべきはずの兄を見下ろし、初音ミクは静かに呟く。
果たして、何の覚悟なのだろうか。
それは彼女のみが知る事。
かくして。
メロンがミクにもたらした恐怖と悲しみは計り知れないものとなった。
そうして夕暮れの河川敷を背中を丸めて歩くミクに、最早生気は無い。
右も左もボインボイン。
サッカー少年ボインボイン。
おままごと少女ボインボイン。
杖突いたおばあちゃんもボインボイン。
老若男女がボインボイン。
もうなんなの? 何収穫祭?
大豊作ですね分かります。
悪夢より性質の悪い現実が、傷心のミクを執拗に追い詰めた。
こんな世界なら生きる理由も気力も無い。
彼女は今、死に場所を探し彷徨う亡者だ。
ポフッと、何かに当たる。
「す、すいません」
人にぶつかったのだと悟ったミクは、一歩後退し頭を下げた。
「そんなに下ばかり見て歩いたら危ないわよ、ミク」
またもや聞き覚えのある声に、勢いよく頭を上げた。
その麗しく優しげな母性溢れる声は、紛れもなく巡音ルカであった。
「ルカちゃん……」
顔を確認して即座に胸に目をやる辺り、だいぶやられているなあ、と思った。
その時。
「ちょっとごめん!」
ふとした違和感。
右手がルカのメロンを軽く潰した。
「や、ちょ、何よいきなり!?」
ルカが顔を赤らめてその右手を振り払う。
振り払われた右手を眺め、その感触を確かめるように、一握り二握り。
間違いない。
ミクは確信を抱いた。
変わっていないのだ。
そう。
ルカのそれは、この混沌とした世界の中において何一つ変わってはいなかったのだ!
私だけじゃなかったんだ!
「ルカちゃああああん!」
これ以上の喜びは無い。
嬉しさのあまり涙と鼻水垂れ流して、ミクはルカに飛び込んで抱きついた。
「ちょっと! え、一体何なの? どういうことなの、ねえ、ミク?」
そんなミクを受け止めたはいいものの、なにがなにやらなルカ。わたわたおたおたして、普段のクールビューティーは欠片も無い。
お構いなしでミクは泣き喚く。
ルカの胸の中で、ぐちゃぐちゃになりながら。
そのふくよかでたわわに育った、優しく柔らかな感触の胸の中で。
……うん、もう一度言うべきか。
初音ミクは、
そのふくよかで、
たわわで、
柔らかで、
大きく、
これでもかと自己主張をする、
二つの果実の中で泣いている。
ピタリと泣き声は止んだ。
「……ミク?」
「――変わってなくても同じじゃねえかバカヤロオおおおおお!」
そのままミクは、華麗にブリッジを決める。
夕暮れの河川敷。
轟く怒声と破砕音。
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