第三章 東京 パート8

 「一体、どのようにして国民の中から代表者を選ぶの?」
 暫くの沈黙を破ったのはまたもリンであった。もの珍しい言葉に関心を抱いた様子で尋ねるリンに対して、リーンが代表してこう答えた。
 「今のミルドガルドは大統領制を採用しているわ。四年に一度、国を挙げて選挙を行うの。大統領になりたい人間が何人か立候補して、その中から大統領を選ぶのよ。」
 その言葉に対して、藍原が言葉を続ける。
 「あたしの国は直接首相を選ばないわ。四年に一度選挙が行われることは変わらないけど、選ぶのは国会議員なの。その国会議員の中から総理大臣を選ぶ方式ね。」
 「選挙を行うことは変わらないのね。要は代表者を投票で選ぶということ?」
 理解を示すように、リンはそう答えた。
 「そうよ。」
 リーンがそう答える。
 「じゃあ、リーンも玲奈も、国家の代表になる資格があるということ?」
 「そうよ。すべての市民に政治参加する権利が与えられているの。」
 続いて、玲奈がそう答えた。
 「もし、選んだ首相が極悪人だったら?」
 リンのその問いに対して、藍原が笑顔でこう答える。
 「仮にそうなったとしても、少なくとも四年後には代表を入れ替えることができるわ。逆に言うと、悪い人間を首相に選んだとき、責任を負うべきは自分自身だということだけど。」
 苦々しくそう告げた藍原を横目で見つめながら、リーンは藍原が今の日本の首相を快くは感じていないのだろう、と考えた。可憐な少女に見えて、実は強い愛国心に満ちた女性なのかも知れない、と考えながらリーンは言葉を継ぎ足した。
 「その為に、一人ひとりの市民がどのように祖国を良くして行くか考えていかなければならないのだけど。」
 「でも、血は流れない。」
 静かに、リンがそう告げた。
 「誰も、死なないで王を交代することができる。」
 何かを確認するように、リンは続けてそう呟いた。
 「そうね。ただ、民主主義を手に入れる為に多くの血が流れたけれど。」
 藍原の言葉に一つ頷いたリンは、それでも深く思索するように沈黙を保った。
 あたしは、民のことを何も考えていなかった。だから、民を代表して、メイコとアレクが反乱を起こした。相当の覚悟だっただろう。あの時、レンがいなければあたしの命なんて一瞬で霧散していたはずだった。だけど。もし全ての民が自分の意思を表現する場所が与えられればどうなっていたのだろう。黄の国の飢饉が起こった直後に、誰も死ぬことなくもっと有能な人間が王になることもできたのだろうか。民のことを何も振り返らない少女が頂点に立つことも無かったに違いない。そうなればどうだっただろうか。緑の国は滅びなかった。青の国との戦争も回避できたかも知れない。
 なにより、レンが犠牲になることが無かったかも知れない。
 「民主主義で、市民は自由と責任を与えられたわ。」
 沈黙に耐えかねたかのように、藍原は誰ともなしにそう告げた。その言葉に頷きながら、リンは考えた。
 自由。政治に参加する自由。民にその自由が与えられてさえいれば。豪華な生活なんていらない。ただ、ひっそりと、それでも幸せに、今もレンと一緒に暮らせていたかもしれない。
 リンはそう考えて、深い溜息をその場所に漏らした。

 いつの間にか時刻は深夜を回り、藍原とリーンは静かな眠りについた。電灯という道具のお陰で夜も明るいことは理解したが、この道具のせいでどうも時刻感覚が狂わされる。こんなに遅い時刻まで起きていたことは記憶を探っても数回しか思い当たらなかったが、それでもリンは眠りにつくことができずに、床の上で一つ身じろぎをした。家主のベッドを奪うことは心苦しいと、リーンと二人で床の上に寝そべったのはいい。どんな場所でも眠れる程度には庶民の生活にも慣れてきている。それなのに、妙に興奮して寝付くことが出来なかったのである。先ほど入った、すぐにお湯が出てくる風呂に感動したわけでもない。一日触れていると、科学技術に驚くことも少なくなってきている。それよりも、先ほど話した民主主義という言葉がリンの脳裏からどうしても離れなかったのである。
 全ての民が自由に生きることが出来る世界。リーンを見ていて思う、どうしてこんなに自由な発想ができるのだろうかと。だが、その思考方法は自由な世界に生まれ育ったリーンと、帝政の下にひっそりと暮らすあたしとの違い。リーンははっきりとは答えなかったが、ミルドガルド帝国はいずれ滅びるという。それはどのような末路なのだろうか。カイト皇帝があたしと同じように暴走して、その挙句反乱によって滅びるのだろうか。それとも、数十年の後に民の声に押されるように民主主義を取り入れるのだろうか。藍原は多くの血が流れたと言っていた。ならば、ミルドガルド帝国も大戦争の上に滅び去るのだろうか。一体誰が反乱を起こすというのか。今のミルドガルド帝国は間違いなく史上最大の国家であることは疑いようもない。
 そこまで考えて、リンは焦るように首を横に振った。
 いいえ、あたしはもう戦争には関わりたくない。あたしが反乱を主導する訳が無いのに。
 リンは冷静を取り戻すように一つ呼吸をしてからそのような結論を出すと、今まで思考していた概念を放り出すようにもう一度首を振り、きつくその瞳を閉じた。眠れる気配は相変わらず無かったが、それでも眠らなければと考えたのである。

 翌日、普段よりも遅い朝食を終えると藍原はこれからバイトがあるから、と自宅を出て行った。外出するときは好きな服を着てもいい、と言い残して立ち去った藍原の背中を見つめながら、リーンは久しぶりに服を洗濯したいなと考えた。藍原の洋服のセンスはそれなりに高く、クローゼットに収められている洋服はどれも興味を持つようなものばかりである。第一、今もリンが身につけている農業服はあまりにも時代にそぐわない。それよりも、リンが今風の服に身を包んだらどんな少女になるのだろう、とリーンは考え、悪戯っぽい笑顔を浮かべるとリンに向かってこう言った。
 「リン、せっかくだし、玲奈の服借りよう。」
 リーンと同じように、藍原のクローゼットを興味津々とばかりに覗き込んでいたリンは、しかし恥ずかしそうに頬を染めながらこう答えた。
 「あたし、こんな短いスカート穿いたことない。」
 そりゃ、あの時代に短いスカートは穿きづらいでしょうけど、とリーンは考えながら、言葉を続ける。
 「あたしもホットパンツよ。絶対に似合うわ。」
 「でも。」
 「問答無用!」
 リーンは強い調子でそう答えると、短めのスカートと可愛らしいペイントがされた黄色のTシャツをクローゼットの中から選び出し、そしてリンに向かってこう言った。
 「さ、その服脱いで。」
 「ちょっと、リーン。」
 「いいから、早く。」
 リーンはそう言いながらリンの農業服に手をかけた。抵抗しかけたリンを無視しながら、追い討ちをかけるようにこう言った。
 「は・や・く。」
 「目が怖いわ、リーン。」
 戸惑った様子のままでリンはそう答えた。それに対して、リーンはこう答える。
 「女同士だし、恥ずかしくないでしょ?」
 「恥ずかしいわ。」
 そう言いながら頬を赤らめたリンに対して、思わずリーンはこう呟く。
 「可愛い。」
 そりゃそうね。元女王なのだから、相手が女性とは言え自身の肌を晒すのは恥ずかしいでしょうけど。でも。
 「そう言われたら、何が何でも脱がせたくなったわ。」
 「リーン、何か目的が変わってない?」
 拗ねる様にそう答えたリンに対してリーンは不敵な笑みを見せると、続けてこう言った。
 「そんなこと無いわ。リンに可愛く着飾ってほしいだけ。ほら、早く着替えて。」
 そこまで伝えて、ようやくリンも諦めの色をその表情に浮かべることになった。そしえ渋々といった様子で農業服を脱いでゆく。その様子を見つめていたリーンは、そういえばリンの肌を見るのは初めてだな、と考えた。若く健康な潤いに満ちた肌は美しいという表現以外に的確な表現が思い浮かばない。普通の男なら、絶対放って置かないでしょうけど、とリーンは考えながら、先ほど手にしたミニスカートと黄色がベースのTシャツをリンに手渡そうとしたとき、リーンは不意に悪戯を思いついた。些細な悪戯である。
 「ね、リン。あたしの服着てみない?」
 「リーンの服?」
 「そうよ。リンがあたしの服を着たら、きっと皆間違えるわ。面白そうじゃない?」
 特に昨日であったばかりの藤田あたりは瞳を丸くするのだろう。その戸惑った表情を思い浮かべながら、リーンは小さな笑みを漏らした。
 「いいけど・・。」
 リンがそう答えると、リーンは満足したように頷いた。その前に、この服洗濯しないとまずいけど、と考え、洗濯機はどこにあるのだろうかと藍原の自宅を眺め回した。目的のものを見つけるとリーンは、早速とばかりに自身の服を脱ぎ始めたのである。
 二人の着替えが終わったのはそれから二時間ほどが経過してからであった。真夏の熱気のせいで洗濯物は一時間程度で乾き、リーンの服をリンが身につけた。流石にリーンはこの暑い中で農業服を着る気分には到底なれず、藍原から借用したロングスカートと大人しいデザインのTシャツに身を包んでいる。こんなに似ていたんじゃ、両親だって間違えるのではないだろうか、とリーンは勝ち誇ったように考えて、そしてリンに向かってこう言った。
 「それじゃ、藤田のところに遊びに行きましょう。ここにいても暇だわ。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South_North_Story 48

みのり「続けて第四十八弾です!」
満「なぜこうなった。」
みのり「だからたまには百合成分補給しないと。」
満「まあいいけど。」
みのり「ということで、次回もよろしくね!」

閲覧数:295

投稿日:2010/11/14 20:42:47

文字数:3,931文字

カテゴリ:小説

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  • matatab1

    matatab1

    ご意見・ご感想

     こんばんは。お久しぶりです。
     久々のメッセージで言うべき事ではないですが、一言言いたいです。

     リーン、どう見てもセクハラです。本当にありがとうございました。

     テンションの上がった女子ほど怖いものはないですよねぇ……。(完全に他人事)

     以前『レンの反乱』について予想が外れているのではないか? とコメントしましたが、今回の話を読んで、もしかして半分は当たっているんじゃないか? と思い始めてきました。(都合の良い事ばっか言ってごめんなさい)

    2010/11/14 21:27:41

    • レイジ

      レイジ

      コメントありがとうございます。

      一言言わせてください。

      間違いなくセクハラですw
      おっしゃるとおり、テンションあがった女子は怖いですよね?。
      見てる分はおいしいですけど。(特に美少女。)

      レンの反乱についてはもう少し秘密です♪
      そのシーンになったら当たっていたかどうか教えてください。

      2010/11/14 22:11:41

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