[6:僕等のループ-affettuoso-]


アルバムを開く。毎年一枚撮る写真が並んでいる。
普通の人が見たら、おかしいと思うだろう。
写真の中にいる人物は二人。
男性の方は、順調に成長の記録がなされている。
もう一人は、女性だった。
女性というよりは、女の子だった。
ずっと、ずっと女の子のままだった。
並んで写っているのに、少女の姿だけは変わらないのだ。
変わらない無邪気な表情で笑っている。
ソファーに座って眠る彼女は、寝息を立てない。
テレビも付いていないこの部屋では、耳を澄ませば歯車の音が聞こえそうな気がした。
今、順調に記憶が消されているのだ。
起こしてしまいたいと、何度思ったことだろうか。
もちろん、そんなこと意味はないのだが。

もう、良いんだ。
忘れてしまうのなら、その分何度でも新鮮な気持ちで向き合える。
僕と彼女の間にある差はだんだん広がっていくけれど。
変わらないのだ。
そう、僕等は変われないのだから。
この空間も慣れてしまえば心地いいものになる。
じゃあ、何で僕はそれを壊そうとしているのだろう。
矛盾なんてどこにでもあるものなのだろうか。
僕は、そこでペンを止めた。
彼女の様子を書いたノート。
どのページを開いたところで、書いてあるのはほとんど同じことだった。
意味なんてないのだろうか。
もう、眠ろう。
僕も少しの間だけ、忘れさせてもらうことにする。
どうか、夢を見ませんように。


*


「キノウ!」
朝だ、いつもと変わらない朝。
ふかふかの布団から出るのは、少し気が引けるが、
アスカは元気そうにベッドの横から僕を見つめている。
「おはよう、アスカ。」
「うん、おはよ!」
朝ご飯を食べて、車を出す。
車で15分ほど行った丘の上に、研究所はある。
僕は勉強に対してあまりにも馬鹿で、科学者になると言った時親友は驚いていた。
それでも、理由を話すとなるほどと頷き、「応援する」とだけ言ってくれた。
毎日毎日、研究所に通う僕とアスカ。
アスカは、絵本を読んでいる。
ここに絵本は数冊しか置いていないけれど、彼女にとってはそれで十分だった。
絵本を見るアスカの手には、点滴のようにコードがつながっていて、
僕はキーボードを打ちこむ。
いつもやっている作業だが、一切の効果はみられない。
それでも僕は研究を続けた。
分からないことだらけだけど、常盤さんが残してくれた資料は僕の力になる。
でも、常盤さんと一緒の血が流れているせいか、研究に没頭しすぎている気もした。
最近は怖くなる。本当の目的を忘れてしまうのではないだろうか?
彼女の中の僕の存在が変わることはないけれど、
僕の中では変わってしまうかもしれない。
何も変わらない日常なのに・・・
「今井さん、疲れてるんじゃない?
  今日はもう帰った方が良いわよ。」
声をかけたのは、常盤さんの助手だった彼女で、今は僕の助手をしてくれている。
実際に頭が良いのは彼女の方だったが、常盤さんのこともあってか助手を買って出てくれた。
「いや、もう少し。」
研究の進展なんて望めないかもしれないけれど、
ここで帰らなければ何か思いつくかもしれないと考え始めると帰れなくなってしまう。
「彼と同じ口癖ね。
  それを言うのは大抵疲れが溜まってる時だったわ。」
「分かったよ。帰る。」
助手ではあるけれど、やっぱり彼女には逆らえない。
「キノウ、帰るの?」
アスカがさっきまで読んでいた絵本を片手に僕の顔を覗き込む。
「あぁ、帰ろう。」
頷くと、絵本を本棚の元あった位置に戻すと、
靴をはき、帽子のつばをつかんで僕の仕度を待つ。
見慣れた光景で、急ぐのも忘れて仕度をしていると「早くー」と急かされる。
やっと仕度が終わるとお待ちかねだったのか、
助手の彼女にあいさつをしようと振り返ったがアスカに腕を引かれてしまった。

研究所から僕の家まで。
その飽きれるほど見慣れた街並みを、アスカは興味深そうに見つめている。
いつもアスカが同じ所で言うセリフ。「お星様みたいだね。」
なんとなく覚えきってしまったタイミングで小さく呟くと、彼女の言葉と重なる。
しかし、夜景に夢中の彼女の耳に僕の声が届くことはなかったようだ。
あぁ、僕はいったい何をやっているんだろう。

今日も家に帰って、同じビーフシチューを食べて、
一緒にテレビを見て、そしてアスカは無邪気に笑う。
昨日もそうだったかな…。
だんだん、よく分からなくなってくる。
でも、その笑顔をみて、やはり“何も変わらない”のだと理解する。
「君が大好きだよ。」
毎日囁く愛の言葉は、日常というものに薄れてしまうけど、
彼女の表情は、あまりにも新鮮で、そこに生じる狂いが僕の心を動かす。
いつもと同じ言葉、いつもと同じ仕草。
もうひとつの、言葉には出来ない感情。

「キノウ、いつもありがとう。」

一瞬、時が止まったかの様に思った。
いや、正確には、ずっと止まっていた針が動き出したのだ。
僕の耳が捕らえた言葉は、いつものシナリオと違った。
「…!!覚えてるのか!?」
言葉に詰まって、やっと口に出すことが出来た。
「さっき、データの処理をしたの。
  そしたらね、ちょっとずつだけどその言葉がいっぱいあったよ。
  あと、変なデータを見つけたの。」
「変なデータ?アスカ、そのデータ開けるか!?」
僕の中に、感情が溢れかえる。
アスカは僕が慌てているのを見て、不思議そうな顔をしている。
「ちょっと待って…うん、接続できた。
 …ループの完了により、隠しデータが発見されました。
 パスワードを入力すると、このフォルダを開くことが出来ます。
3回以内に正しいパスワードを入力しないと、このフォルダは消去されてしまいます。」
少し懐かしいような機械的音声で再生される言葉。
僕がしてきたことは、無駄じゃなかった。
それが分かって、僕は膝の力が抜ける。
「パスワード…。」
「パスワードを入力してください。」
頭の中で色々なことを考える。
このデータの発信元は誰だろうか?常盤さん?
「少し待って、データ名は…?」
「少々お待ち下さい、・・・データ名は、”ボクと君の気持ち“です。」
あぁ、それは良く知っている言葉だ。
「…パスワードは、  」


*


ボクは、知ってたよ。
お菓子の箱の中身がいつか溢れてしまうことも、
昨日と明日がないと今日が来ないことも、
朝起きると君が86400秒分成長することも、
ボクは何も変わらないことも。
変わっていくなかで、変わっていかないもの。
蛇口はずっと開いたまま。
それは、君がボクに笑いかけてくれるから。
愛情も思い出も、僕の中に溢れる。
零れた分は、失われてしまうけど、
それは、ずっと満たされてるってことなんだよ。
ボクの中には、たくさんの幸せが詰まってる。
君に伝えなきゃいけない。
ボクに残さないといけない。
壊れてしまうくらい圧縮して
明日へと、この気持ちを。
「君が、大好きだよ。」


*

[End.
To be continued...? ]

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【メモリー忘却ループ。】6:僕等のループ-affettuoso-【オリジナル小説】

これで完結です。
ここまで読んでいただき、有難う御座いました。

感想やイメージイラストを描いて下さるとうれしいです

閲覧数:115

投稿日:2012/02/16 20:35:22

文字数:2,930文字

カテゴリ:小説

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