第十三章 悪ノ娘 パート1
「メイコ様、リン女王を捕えました!」
興奮した様子の兵士がメイコの元にその様な報告を告げたのは午後も三時を回ったころであった。
「わかった。身柄はどこだ?」
「リン女王の私室にて拘束しております。」
「すぐに行く。」
メイコはそう言うと、グミを促して王宮の階段を上って行った。戦いは終わった。後は戦後処理だけだ、と考えながらメイコは私室の扉を開いた。そして、奇妙な感覚に陥る。
戦った形跡がない。
リンの私室を訪れるのはメイコも初めてではあったが、その室内は豪華絢爛のまま、どこも荒らされた様子がなかったのである。
「ここにいたのはリン女王だけか?」
メイコはそう言って、リン女王を拘束している兵士にそう訊ねた。リン女王は後ろ手に縛られ、床に座らされている。
「そうです。」
レンはどこに行った?
メイコは当然のようにそんな疑問を持った。あのレンのこと、最後まで抵抗するはずだった。一般兵が相手なら十数人が相手でも渡り合えるだけの実力を持つ男だ。乱戦にまぎれて死亡したとも考えられなくはないが、その様な形跡は王宮内に見当たらなかったのである。
まさか。
メイコはすぐにリン女王とされる人物の姿を確認した。どう見てもリン女王にしか見えない。だが、彼らは双子だ。あるいは。
そう思ってメイコはリン女王の右手を見た。その瞬間、その人物は僅かに身をよじり、こう言った。
「メイコ。アキテーヌ伯爵の仇を討ちに来たのかしら。」
そう言いながら、その人物は拘束されている右腕を隠すように身体を動かした。
「いいえ。黄の国の国民を守るために立ち上がったのです。」
「体のいい言い訳に過ぎないわ。王家に楯突くなんて、死罪に値するわ。」
「その言い訳でしたら後日お伺いいたしましょう。」
メイコは妙に冷めた感覚を味わいながらリン女王とされる人物にそう告げると、兵士に向かって地下牢に閉じ込めておくように指示を出した。その指示を受けて、兵士はリン女王を無理やり立たせると両脇を固めて私室を退出してゆく。
その時、メイコは右手をはっきりと確認した。
星形の痣。やはり、この人物はレン。
そのことをリン女王とされる人物に尋ねようとして、メイコは敢えて口をつぐんだ。
時間ならある。じっくり、レンから話を聞けばいいだけだ。
「どうかされましたか?」
笑顔であふれる兵士達とは対照的に、暗い表情をしたメイコに向かってグミはそう訊ねた。
「何、理由はどうであれ反逆罪には変わらぬと思いまして。」
メイコは無理に笑顔を作ると、グミに向かってそう答えた。
「王宮で反乱があっただと・・?」
ザルツブルクで丸二日に渡る戦を続けていた黄の国のロックバード伯爵の元にその報告が入ったのはメイコの反乱の翌日のことであった。表情を真っ青にした兵士からその報告を受けたロックバード伯爵は、歯ぎしりをするように呻くと、その兵士にこう尋ねる。
「それで、リン女王陛下はどうなされたのだ?」
「リ、リン女王陛下は身柄を拘束されたとのことです。王宮は完全に反乱軍の手に堕ちております。」
「なんだと・・一体誰だ、反乱軍の首謀者は?」
「そ、それが・・元赤騎士団のメイコ殿でございます。」
「メイコが。」
ロックバード伯爵はそう言って絶句した。まさか、メイコが反乱を。
そのことが信じられなかったのであるが、冷静に考えればメイコが反乱をおこす理由は十分にある。
アキテーヌ伯爵の仇か。
そう考えて、ロックバード伯爵は重い溜息をついた。
「ど、どうなさいますか、ロックバード伯爵。」
その兵士が困惑した表情でロックバード伯爵に向かってそう言った。
「どうもこうもない。帰るべき国を失った時点で我々の敗北だ。青の国のカイト王に降伏を申し出る。済まぬが、カイト王の元に軍使として走ってくれ。黄の国王国軍は全軍降伏すると。」
「は・・はっ!」
その兵士はそう言うと、ロックバード伯爵の宿舎を飛び出して行った。
一人になったロックバード伯爵は、一つ溜息をつくと、何点かの指示事項を執務机に用意してあった羊皮紙に書き遺してから、自らの剣を手に取った。
「遅くなったが、今そちらに行くぞ、アキテーヌよ。」
最後にそう言ったロックバード伯爵は、自らの剣で自身の頸動脈を切り裂いた。
何の音沙汰もないな。
王宮の地下牢に閉じ込められたレンは、いつまでたっても処置が明らかにされないことに多少の苛立ちを感じながら呆然と鉄格子を眺めていた。日付の感覚はあやふやになりつつあるが、一日三度運ばれてくる食事から推測するにどうやら反乱の日から三日が過ぎているようだった。この三日間、全くの音沙汰無し。
まさか、ばれたんじゃ。
そう思い、思わずレンは心が凍るように冷えることを自覚した。メイコ隊長は僕の右手の痣について知っている。一応隠したつもりだけど、不十分だったかもしれない。
もしばれて、反乱軍が必死にリンのことを探していたら。
そしたらとんだお笑い草だ。自分は史上最大の道化師になってしまう。
そう考えて、レンが思わず身震いした時に、心地よい靴音がレンの耳に届いた。
誰か来る。
食事の時間は先程終わったから、別の用件だ。
そう思い、レンが身構えていると、現れたのはメイコだった。無意識に右手を後ろに隠す。
「リン女王。居心地はいかがでしょうか。」
その言葉に、ばれてない、という安堵を感じたレンはこう答えた。
「最悪よ。あなたにも体験してもらいたいわね。」
「恐れながらご遠慮致しましょう。それよりも、明日青の国のカイト王がご到着されます。」
「カイト王が・・。」
「そうです。我々が王宮を占拠した後、ザルツブルグに展開していた黄の国全軍が青の国に降伏致しましたので。尚、その際ロックバード伯爵が自害なされました。まだリン女王にも忠臣は残っていたようですね。」
「メイコの様な不届き者ばかりではなくて安心したわ。」
「耳の痛いお言葉です。しかし、リン女王にはロックバード伯爵以上の忠臣がいたはずです。」
「何のことかしら。」
「リン女王の召使であるレン殿。彼はどこに行ったのですか?」
その質問を受けた時、レンは自らの浅はかさを痛感するような気分に陥った。リンを守る最後の砦とガクポに送り出されて、その自分がリンの元にいなければ誰だって不信に思う。右手の痣以前の問題だと考えて、レンは苦し紛れにこう言った。
「知らないわ。戦で死んだとばかり思っていたもの。」
「彼がそう簡単に死ぬわけがありません。何しろ私が鍛えたのです。私に匹敵する実力を持つ彼を殺すには一個大隊が必要でしょう。しかし、そのような大きな被害は我が軍にはなかった。」
「なら、逃げだしたのでしょうね。あなたみたいに、忠臣と言っても所詮口だけの人間が多いみたいだから。」
レンは敢えて嫌味をメイコに向かって告げた。これでメイコが逆上すれば取り入る隙が生まれる。そう考えたのだが、メイコはその言葉に対して予想外の反応を見せた。
悲しげに、笑ったのである。そして、優しい声でこう言った。
「レン、もうお芝居はいいわ。」
ばれている。
そのことを実感したレンは、思わず身をよじった。右手を、更に身体の奥に隠しながら、レンはこう言い返した。
「芝居なんて、してないわ。」
「見たのよ。あなたの右手。」
最後通牒だった。思わず、レンの瞳から涙がこぼれた。悔しさの為に。
「ねえレン。私はあなたを殺したくはないわ。でも、今の国民を納得させるためにはどうしても女王の処刑が必要なの。リン女王がどこに逃げたか教えてくれれば、あなたの処刑は回避できる。」
「・・あたしは・・リンよ・・。レンじゃ、ないわ・・。」
消え入りそうな声で、レンはそう言った。
せっかくリンを逃がしたのに、それが全て無駄になってしまう。リンが殺されてしまう。
そう思うと涙が止まらなかった。
「レン、あなたの意志は尊重するわ。逃げたリン女王にはもう何の力もないでしょうから、逃げられたとしても構わないの。ただ、あなたかリン女王のどちらかは国民の目の前で処刑しなければならない。暴政を敷いた女王に対する罰として。そして、私はあなたに死んで欲しくはないわ。まだ、鍛え足りないもの。」
メイコはそう言って寂しそうな笑顔を見せた。
ミク様に良く似た笑顔だ。
レンはそう思い、そしてこう告げた。
「メイコ隊長、一生のお願いです。」
「何?」
「リンを、殺さないでください。」
「そう。分かったわ。なら、私はあなたの意志を尊重する。安心して、右手の秘密を知っているのはもう私だけだから。もちろん、誰にも言わないわ。」
「どうして、騙されてくれるのですか?」
「そうだね・・。」
メイコは少し考えてから、こう言った。
「私は緑の国の市民を虐殺した。そして、仕えるべき主君を裏切った。その罪から逃れることはできないけれど、私も罪と向き合いたいの。あなたがちゃんと向き合ったように、ね。」
「・・ありがとう、ございます。」
「それじゃ、レン、いえ、リン女王陛下。」
規律を正したメイコは、レンに向かってこう言った。
「カイト王が到着次第、処刑が執行されます。予定時刻は明日の午後三時となっております。どうか、最後の一日をお楽しみくださいますよう。」
そう言い残すと、メイコは地下牢を後にして行った。
「ありがとうございます。」
離れていくメイコの背中に向かって、レンはもう一度、頭を下げた。
今日は最悪の日になりそうね。
フードで顔を隠しながら最低限の食料を買い求めたルカは、リンの隠れる城下町のはずれの廃屋に向かって足早に歩き出した。王宮から逃亡したリンとルカの二人は未だに黄の国の城下町に潜んでいたのである。瞬間移動魔術であるワープの魔法の最大移動距離は五百メートル程度に過ぎない上に、魔力を大量に消費する。その為に、流石のルカも一息に城下町を出て逃亡するということができなかったのだ。
だけど、今日は城下町から逃亡できる。
ルカはそう睨んでいた。今まで城下町の警備が厳しかった為に行動を起こすことができなかったのだが、今日はリン女王の処刑が予定されている。おそらく城下町に住み市民はもちろん、兵士達も処刑の見物に行くはずだった。
警備が緩めば、何とでもなるわ。
ルカはそう考えて、リンの隠れ家に戻ったのである。
「ルカ、城下町の様子はどう?」
暗い部屋でルカの姿を確認すると、リンはその様に訊ねた。
「まだ警備は厳しいわ。でも、もうすぐ警備が緩むはず。」
「・・お兄様の処刑?」
絞り出すように、リンはそう言った。
「・・そうよ。」
ルカは視線を伏せながら、そう言った。
「何時に予定しているの?」
「午後三時だと聞いたわ。その時、警備が大幅に緩むはず。その瞬間に私たちは逃亡するわ。」
「ルカ、それじゃ駄目なの。」
「駄目?」
「そう。あたし、お兄様の最期を見届けないといけない。」
「リン、何を言っているの?」
ルカにとって、その言葉は予想外の言葉だった。リンの姿を世間にさらすことがどれだけ危険か、理解できていないわけではないのに。
「そうしないといけない気がするの。だから・・。」
「駄目よ、リン。あなたはレンと同じ顔をしているのよ。誰かに気づかれたら大騒ぎになるわ。そうなればあなたが捕えられることになる。レンが望んでいるのはそんなことじゃないでしょう?」
「ちゃんとフードで顔は隠すわ。だから、お願い。」
リンはそう言うと、強い瞳でルカの瞳を見つめた。
ファーバルディ、あなたの家系って本当に強情ね。
ルカは諦めたように吐息を漏らすと、こう言った。
「分かったわ、リン。でも約束して。必ずフードで顔を隠すこと。そして、決して取り乱さないこと。この二つを守れないなら、私は魔術をかけてでもあなたを連行するわ。」
「分かっているわ。ありがとう、ルカ。」
ルカの言葉を聞いたリンは、深刻な瞳でそう言った。
悪ノ娘 小説版 (VOCALOID楽曲二次創作) 26
第二十六弾です。
補足説明です。
メイコがリンとレンの入れ替わりに気づきながらもそれを無視した、という構想は作品を書き始めた当初より予定していました。
そもそもメイコに親(アキテーヌ伯爵)の仇という目的だけで反乱を起こして欲しくなかったので、最後は分かっていながらリンを見逃すという話の展開にしたかったのです。(だからこそグミに説得されるときに、黄の国の国民を救うという目的が必要だったのですが。)
作品の初めにメイコとレンが剣の訓練をするという話を入れたのはその為の伏線の一つです。レンとメイコは師弟関係→共に緑の国へ進軍→師弟対決→最後はメイコがレンの望みをかなえる、という流れを面白いと思っていただければ幸いです。
また、話は大分戻りますが、緑の国にレンが攻めた時、レンとミクで対決をするという構図も当初からありました。リンの望みをかなえるためにミクを殺す、というだけではなく、ひとたび戦争になった以上、愛する人とも戦わなければならないという、戦争の悲劇さを少しでも感じて頂ければ幸いです。(その為にレンがある程度以上の戦闘力を持っていなければならなかったことも、メイコとの師弟関係を組んだ一つの理由です。)
また、リンがどのように悪ノ娘に変化していったのかも僕が書きたかったテーマです。ほんの少し我儘だっただけの少女が、ミクとカイトの仲を知ったことで悪ノ娘へと転がり落ちてゆく。アキテーヌ伯爵の処刑をきっかけに、処刑に対して抵抗を無くし、最後は国民からの略奪を始める、という流れにも興味を持って頂ければ嬉しいです。
長いこと書いてきたこの作品ももう少しで終わりです。
次回の投降は今週末になると思いますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
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ほら、おばあさんもジェ...☆ ネバーランドが終わるまで
那薇
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ファントムP
「彼らに勝てるはずがない」
そのカジノには、双子の天才ギャンブラーがいた。
彼らは、絶対に負けることがない。
だから、彼らは天才と言われていた。
そして、天才の彼らとの勝負で賭けるモノ。
それはお金ではない。
彼らとの勝負で賭けるのは、『自分の大事なモノ全て』。
だから、負けたらもうおしまい。
それ...イカサマ⇔カジノ【自己解釈】
ゆるりー
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