【 摩 天 楼 】1


しっとりとした闇夜が、静かな空気を包む。

天高く聳え立つ石造りの城。

その最上階の中庭にアーチ型の白い建物がこじんまりとしてあった。

細く開けた窓からの生温かい微風が、ぐっすりと眠るイリスの頬を撫でる。


「……アリシア…」


ほんのりと甘い香りがして、目を覚ます。

イリスは重たい瞼を擦りながら、身を起こした。

まだ暗い辺りを見回しながら、月明かりが差し込む窓を見やる。

窓をあんなに大きく開いて寝ていただろうか。

疑問に思いながら、ふとひんやりとする感覚がして、イリスは口元を指でなぞった。

(また…桜の花びらだ…)

* * *


「つまらないなぁ。どうして僕は此処から出られないの」


澄んだ水色の空に白くうっすらと浮かぶ、惑星達を見上げて思う。

見上げている空はほんの一部。

壁に囲まれたこの小さな中庭からでは、空も切り取った絵のように小さい。


「この間読んだ本では、空っていうのはとても大きいものだそうじゃないか」


退屈そうに足をバタつかせながら、イリスは白いチェアに腰を掛けて目の前のテーブルに紅茶の用意をする男を見上げた。

男は面倒臭そうに、顔にかかったグレーの前髪を払いながらイリスを横目で見やる。


「イリス…仕方ないだろ、何度も説明したじゃないか。君が此処から出られない理由。
わかってて何度も聞くのはやめてくれよ。」


「違うよ、アルベルト。僕は出られない理由を聞いてるんじゃない。
空の話をしてるんだよ。大空って言葉があるぐらいだから、もっと大きいものなんでしょ?」


アルベルトと呼ばれたグレーの髪の男は、イリスの言葉に少し驚いた顔をした。


「イリスって本当に外を見たことがないんだな。空が大きいかって…
大きいなんてもんじゃないよ。地平線の果てまで遮るものがなければ、どこまでもずっと続いているもんなんだよ」


へぇ…と、イリスは感嘆の息を漏らした。城の窓からもイリスは外を見たことがないのだ。

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摩天楼

閲覧数:66

投稿日:2012/03/14 20:56:19

文字数:851文字

カテゴリ:小説

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