貴方に会わなければ、はじまらなかったのに…

第一話【ハジマリの合図】

5月中旬。
その日の空はいつも以上に晴天で、いつも以上に心地良かった。
4月にピンク色の花を咲かせた桜の木は今では立派に緑の葉を付け、枝には3羽、綺麗な鳴き声を響かせた鳥がいる。
私はベランダの手すりから顔を出し5月の陽気に浸っていた。が・・・

「ミク~英語の宿題やった!?谷垣の奴が、"初音がでとらんぞ!"ってすごい怒鳴ってたよ!」

え、英語?・・・えいご、えいご・・・

ああーっ!!

どっこい忘れてた!

「グミちゃん、それってまだ間に合うかな!?」

「・・・期限は過ぎてるけど」

「期限過ぎてる!?うわぁ、谷垣にめちゃくちゃ怒鳴られるよ~どうしよう・・・出そうか、出さないか…」

「提出しないよりかはマシでしょ!ほら、行った行った!」

少々乱暴っ気があるグミに背中を押され、私は渋々ながらも猛スピードで廊下を駆け抜けた。

時々、人にぶつかりそうにはなったけど私の足は止めることを知らなかった…





「・・・失礼しました」

重い戸を開けて私は静かに英語科準備室を出る。
あの後私は30分にも渡る説教を受け、30分中11回も頭を下げた。

その内の3回は廊下を走ったことなのだが…

あぁ、谷垣のせいで私の心はもう、完全にブルーだよ~・・・

ベランダでぽっかぽかの陽気に当たっていた気持ちいヒトトキを返せ!ハゲの馬鹿!

「あ、いたいた。ほら、ミク。次は音楽だよ」

「え、あぁ・・・そっか」

途方もなく歩いていると、いつの間にか目の前にはグミの姿が。
グミはニヤニヤしながら、私の頭をポンポンと叩き、私の音楽の教科書とファイルを渡した。

「説教ながかったね~昼休み潰れちゃって!」

ムッ。
大体、アンタのせいだよ!

「・・・今、アンタのせいだって思わなかった?」

「思ってないよ・・・」

「ふーん、ならいいけど。」

また人の思考読んだな。
グミの無駄能力の一つだ。
こんなことができれば、もっと世界の役に立つようなことすればいいのに。

「あぁ、気分が上がらないよ」

「まぁ、せいぜい、30分ってとこでしょ?元気出しなって。次はミクの好きな音楽なんだから」

「なんで時間もわかんのよぉ・・・大体、いくら好きな音楽でも気分がブルーだったら楽しくないよ」

私がうな垂れていると、突然背中の方にパシンッと痛みが。
顔を上げると、そこにはグミが爽やかに笑っていた。

・・・元気だせってことか。



「すっかり忘れてた」

私は音楽室へ着くなり、今日の音楽の授業が大切な時間であることを思い出した。

そう、それは・・・


「新しい先生、どんな人だろうね?」

新しい先生・・・。
今日から音楽の先生が新しくなる。

以前の先生は、産休と同時にやめて今度は先生ではなく、お母さんになるのだという。
まだ、2週間という短い期間ではあったが、それでも私はいい先生だと感じた。

笑顔が素敵な先生・・・とでもいっておこう。

私は静かに時計を眺めた。
・・・あと1分。
あと1分でチャイムはなる。
気分はブルーだが、私の大好きな音楽が始まるんだ。
私の自慢の歌声を響かせることができるんだ…

あ、そうだ!

チャイムと同時、又は、チャイムが鳴り終わってすぐに教室に入ってきたら、その新しい先生とやら良い先生とみなそう。うん。
え、それだけでいいの?と思う人もいるかもしれないが、そこはあえてつっこまないでほしい。
そう、何故ならっ

チャイムに遅れぬ先生に悪い先生はいない。・・・からだ。

さあ、あと10秒でチャイムは鳴る!
10、9、8、7、6、5、4、3、2、いっ


「わあ!いててっ・・・危うくドアにぶつかりそうだったよ」


私が扉の方を向いた瞬間、学校中にチャイムが響いた。

そのチャイムは私にとっては何故か、これから始まる物語の合図に聴こえた。


そう、

もし私たちが会っていなければ

私も、貴方も…

ずっと穏やかな日常の下にいたのかもしれない。


続く…

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【貴方に花を 私に唄を】ハジマリの合図【一話】


「新しい先生、どんな人だろうね?」

第一話【ハジマリの合図】

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投稿日:2012/10/10 22:22:23

文字数:1,703文字

カテゴリ:小説

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