思い返してみると、この任務も終局に向かっていることに気がついた。
いや、向かっているというより目前なのだ。
俺が既にピアシステムを制御不能にするワームをマザーコンピューターに挿入したことで、あとどれくらいかは分らないが、時間が経てばシステムは完全に分解され、停止し、テロリストの兵器は一切使い物にならなくなる。
だが、俺とワラだけが奴らに捕らえられ、このストラトスフィアに乗せられてしまった。全ての装備を奪われて。
脱出しなければ。このストラトスフィアが墜ちる前に。
そうすれば俺達の勝利だ。
俺はテッドが言っていた、ワラの寝かされている部屋に足を踏み入れた。
その中は細長く、そして照明がなく薄暗い無機質な部屋だった。
並べられた二つのベッドの一つに、ワラの体が横たわっている。
両手両足を黒いワイヤーで縛られ、ベッドにも拘束されている彼女は、スーツこそ脱がされてはいないが、当然装備も、意識もなかった。
「ワラ・・・・・・ワラ!」
呼び掛けても反応がない。
このままこんな状態の彼女と脱出できるのかと一瞬思ったが、それよりも彼女を縛るワイヤーを外すのが先だ。
俺はワイヤーのホックを外し、ベッドから彼女を抱き起す。
「おい、ワラ!!」
再び彼女の名を呼び掛けると、ワラはゆっくりと瞼を開いていった。どうにか意識を取り戻したようだ。
「うん・・・・・・?」
「大丈夫か。」
すると彼女は大きく目を見開き、気づいたように周囲を見回した。
「どこなの、ここ・・・・・・あたし、どうなったの?!」
彼女は明らかに動揺しており、軽いパニック状態になっていた。
「落ちつくんだ。ここは、どうやらストラトスフィアの内部らしい。」
「え?」
「俺と君だけが奴らに捕らえられた。だから、すぐにここから脱出しよう。そろそろあのワームが効き始めるかもしれないから、そうすれば俺達の勝利だ。」
俺の言葉だけでは納得できないのか、彼女は茫然としたままだ。
「ところで、さぁ・・・・・・。」
「なんだ?」
「なんで、何も着てないの・・・・・・?」
彼女の視線が、俺の顔からゆっくり下降して行く。
「あっ・・・・・・!」
その瞬間、ワラが小さな悲鳴を上げて俺から顔を逸らした。
「どうした。」
「あのさ・・・・・・装備とか、スーツとか、どうしたの?」
ワラの声が震えている。何か悪いものでも見たのだろうか。
「敵に奪われてしまった・・・・・・だが、なんとか拘束からは逃れることができた。脱出はできる。」
「そ、その恰好で?」
ワラは顔を背けながらも俺の体を指差した。
言われてみれば最もだ。ストラトスフィアでも、例の基地であっても、警備が厳重なのは当然だ。
そんなところを何の装備も持たずに進む事は困難だ。
「確かに装備がないのは心細いが・・・・・・システムが完全に停止してしまったら、俺達はストラトスフィアごと墜落するはめになる。そうなる前に、なんとか脱出しないと。」
「わ、分ったよ、分ったから、せめて・・・・・・。」
俺がせかすと、ワラは震える手つきでベッドの隣にあったテーブルからタオルを取ると、俺の腰に巻き付け、俺の下半身をタオルで隠した。
「なんだ?」
「だって・・・・・・いくらなんでも、そんな恰好のままじゃいかんでしょ。」
彼女言っていることが、よくわからない。
「まぁいい、とにかく脱出しよう。この部屋を出ると、俺が捕まっていた尋問室がある。その先は一本道らしい。さあ、行こう。」
「う、うん・・・・・・。」
ワラはベッドから降り立ったが、明らかに不安定な歩き方だ。
恐らくあの時の爆発で手足を傷つけたのか、それとも奴らに何か細工を施されたのだろうか。
「ワラ、まさか、手足がうまく動かないのか?」
「うん・・・・・・ちょっと調子が悪いみたい。だから・・・・・・。」
弱々しい声と共に、ワラが俺の手を握った。
「連れてって。外まで。」
「ああ。」
俺はワラの手を引きながら、静かに尋問室に戻り、さらにその先の扉を抜けると、テッドに言われた通りの一本道を歩き始めた。
幸い、監視カメラや兵士、アンドロイド等の警備はない。
ワラと暫く歩き続けたその時、突然ナノマシン無線機が通信をキャッチした。
だが、博士でもセリカでもない、どこかで見覚えのある周波数だった。
141.61。これは・・・・・・。
『おはようございます。PLGです。』
聞き間違えるはずもない。
それは、あの研究所以来システムを奴らに奪われたことで完全に沈黙していた、あのPLG100-GSだった。
「PLG?!何故お前が!」
『本日は、ストラトスフィアにご搭乗いただきまして、誠に、ありがとうございます。本機は、残り一時間で、水面都上空を通過いたします。お下りのお客様は、お忘れ物のないようご注意ください。』
PLGは俺の言葉に答えることなく、機械的に喋り、無線を閉じてしまった。
「どうしたの?」
余りにも唐突な無線に狼狽する俺を見て、ワラが首をかしげた。
普通は傍受できるはずだが、施設で彼女が操られた時、俺がナノマシン抑制剤を注入したせいで、今彼女の体内にあるナノマシンは全て機能停止している。
「研究所の作戦で、俺をサポートしていたAIだ。どういうわけか、こんな時に無線が入ってきた。」
「故障じゃないの?」
なんと言いうか、ワラは深くものを考えない性格なのか、単純かつ信憑性のある答えを出してくれた。
「・・・・・・そうかもしれんな。あのワームがそろそろ効き始めているかもしれん。」
そうしているうちに、物々しい重厚な扉の前に辿りついていた。
頭上のプレートには、Sハンガー、と記されている。
「ここからは警備が厳しそうだ。ワラ、準備はいいか。」
「うん・・・・・・。」
静かに扉の前へ歩み寄ると、扉は自動的にスライドされ、その先には広大な空間が広がっていた。
パワードアーマースーツに身を包み、アサルトライフル手にした兵士数人が徘徊している。
ここには何か巨大な兵器が格納されていたようだが、そこにはもはや何もなく、円筒形の空間が奥まで続いているだけだった。
だが見通しは悪く移動できる場所も限られており、コンテナなどが遮断物として利用できそうだ。
ここを抜ければ、恐らくミクオと合流できる。
そうとなれば、装備と安全な脱出法を用意してくれているはずだ。
「ワラ。行くぞ。」
「うん・・・・・・。」
俺はワラの手を引きながら、Sハンガーに足を踏み入れた。
その時、またあの周波数から無線が届いた。
『デル!今すぐピアプロから退会するんだ!』
「何て言った?!」
突然何を言い出したのかと思えば、全く理解できない言葉が耳に飛び込んできた。
ピアプロ?退会?
『もう投稿数169になりますよ!いい加減やめたらどうですか!?』
「だから何を言ってるんだ!!」
PLGの奇怪な発言に俺が怒鳴りつけると、逃げるように無線が閉じてしまった。
やはり、ワームが作用し始めている影響だろう。
早く脱出しなければ、いずれストラトスフィアそのものにまで影響を及ぼすだろう。
俺は引き続き、ワラの手を引きながら、必死に兵士たちの目を欺き奥へ奥へと進んでいくが、またもやPLGからの無線が届いた。
『しかし、ずいぶん長い間ピアプロにいるな。他にすることはないのか。全く・・・。』
俺の意志に関わらず、PLGは勝手に無線を開き、俺に奇妙な発言を浴びせ続けた。
『巻き舌宇宙で有名な紫ミミズの剥製はハラキリ岩の上で音叉が生まばたきするといいらしいぞ。要ハサミだ。61!』
とか、
『まさか君は不正な手段でインチキなスコアを出そうとはしていないだろうな?それは最悪の行為だぞ。まったく・・・・・・。』
とか、
『川西能勢口、絹延橋、滝山、鴬の森、皷滝、多田、平野、一の鳥居、畦野、山下笹部、光風台、ときわ台、妙見口。』
とか、
『只今、留守にしております。御用の方はピーという発信音の後にメッセージをどうぞ。ピー。』
など留まることを知らない。
当然ワラには何も聞こえておらず、必死に気配を押し殺し、俺の手を握っている。
絶え間なく頭の中に響き渡るPLGの言葉のせいで俺の集中力は続くはずもなかった。
次の瞬間には、目の前に敵の兵士が立っていた。
「ッ!!」
俺はワラから手を離すと腰に巻いていたタオルを兵士の顔面に叩きつけ、殴り飛ばした。
だが、その姿を数人の兵士が目撃し、すぐさまハンガー内にサイレンが響き渡った。
「敵を発見!応援を送れ!!」
兵士達が銃を構え、紅いレーザーポインターが俺とワラに照射される。
「ワラ!走るぞ!!」
「え、ちょ、ちょっとぉ?!?」
俺はワラの体を抱きかかえると、そのままハンガーの通路を駆け出した。
一糸纏わぬ、生まれたままの姿で。
何発もの銃弾が俺の体をかすめて行くが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
そしてまたもやPLGからの無線が。
『私は前世でアメリカシロヒトリだったんだ。あの頃は楽しかった。君の前世はなんだ?』
喧しいわ。てめーにも俺に前世なんぞあるか。
心の中で反論しながら走り続けると、目前に外へ抜けるためのドアが見えたがその前に一人の兵士が立ちはだかった。
「動くな!!」
「どけぇーーーッ!!!」
立ち止まるわけには、行かない!
俺は銃を持つ兵士に一瞬も臆することなく突進し、ワラを抱きかかえたまま蹴り飛ばし、続けて開け放たれたドアの中に飛び込んだ。
すると背後で自動的にドアが閉まり、ロックされ、誰も俺達を追跡するものはいなかった。
そこは薄暗く、そして異様に狭く細長い通路の中で、通路の中というよりもパイプの中といったほうが納得できる。
俺はワラの体を床に下ろした。
「大丈夫か?」
「もー・・・・・・いきなりはなしらないでよぉ!」
「はは・・・・・・すまない。」
とはいえ、背後のドアも自動ロックがかかり、一先ず安全地帯に入ることができたといえるだろう。
あとは、ミクオを見つけ出さなければ。
その時、背後から何者かの足音が近づいてきた。
俺は思わず身構えだが、その足音の主は、俺が待ち望んでいた人物のものだった。
巨大なコンテナを持つ、緑髪の少年。
「その恰好でよく来れましたね。」
「・・・・・・ミクオ!」
SUCCESSOR's OF JIHAD第七十六話「ストリーキング・ミッション」
【追記】
タグありがとうございます。
ですよね。私だったら先ず服の調達から始めます。
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