「あ!! この衣! 蓮君のだ!!」
水面近くになって、海渡が叫んだ。
巨大な岩に、金襴の刺繍の施された布(きれ)が、引っかかっていたのだ。こんなに、豪華な刺繍のものは、そうそうはないし、だいたい、今日の蓮の衣装も、持ち物も、海渡は、ありありと思いだせる。
「こっち側は、剣で、切ったんだね。蓮君の血だ」
布には、確かに、血痕が付いていた。
「その後に、この岩か何かに、引っかかって、破けたんだろう」
硬い表情で、海渡が言った。心情には、荒れ狂うものがあろうが、その口調は、極めて、冷静だった。
その布を、海渡が、ぎゅっと、握り締めて、そっと、懐に仕舞い込んだときだった。
水飛沫とともに、大きな鳩が舞い込んできたのは。
そして、その鳩の上で、緑色の髪を二つに結んだ少女が、きっと、こちらを睨んでいた。
これが、まさに、鈴の予想と、蓮の嫌な予感が当たった瞬間だったのだ。
「貴方たち、水の男(おのこ)ね」
そう言ったきり、こちらを睨んだまま、何も、言わなくなった少女に、やれやれと、海渡は思った。
随分と、気位が高そうだ。こういう相手の機嫌を損ねると、厄介だ。頭は良さそうだが、まだ、若い。海九央(ミクオ)と同じ年くらいだろう。それこそ、髪の色や目の色も、一緒だし。そんなことを思って、ふと、髪留めに、目がいった。
それは、海の中でも、きらきらと輝く、金色の鈴だった。
「僕は、水の国の神子付きの守り手なんだけど、水の国よりも、その神子である蓮君と、その蓮君が大切に想う、そちらの国の姫神子の味方であろうと思っている。君は、誰の味方なのかな?」
蓮の話を思い出し、辻褄を認識して、海渡は、天鳩(ミク)というのであろう、風の乙女に、そう話しかけた。
「私は、その姫神子の鈴の味方よ…………でも、貴方たちの国の神子の味方をするかは、まだ、決めていないわ」
最初、高らかだった声は、尻すぼみに、小さく、鋭くなっていった。最も、それは、耳の良い海渡だから、判断できる、微妙なものだったが。
年若くして、守り手となった彼女は、随分と、いろんなものと戦いながら、彼女の姫神子を、一番にして、守ってきたのだろう。その苦労は、海渡にも、想像できた。
だからこそ、鈴が全てを投げ出してまで、大切に想う存在に、戸惑っているのだろう。
内情を察して、海渡が口を開いた時だった。
「め、女神だ……」
唐突に、吐息混じりの声がさえぎった。
「目が水で浄(あら)われたように、世界が、きらきらと輝いて見える。何てことだろう……こんなこと、初めてだ」
「み、海九央?」
唐突に、ぼそぼそと、早口で喋り始めたのは、そう。確かに、海九央だった。いまだかつて見たことがないほど、瞳をきらきらと輝かせ、頬を紅潮させてなどいたが。
「名前を! ぜひ、名前と、年齢と、趣味と、好きなものと嫌いなものを教えて!」
あっけにとられる海渡の前で、海九央は、やおら、天鳩の近くに、翔けると、矢継ぎ早に、そう尋ねた。
「え? あ………天鳩。十六歳……趣味は、歌と舞。好きなのは、鈴と風。それから、鈴(すず)。嫌いなのは、鈴の敵と、理のない者」
さすがの天鳩も、圧倒されたのか、毒気が抜けたのか、意外と、押しに弱いのか、うろたえながらも、素直に、そう答えていった。
「天鳩!? こ、これは……何てことだろう!! 神が鳩に葱を背負わせて、贈ってくれているようだ」
海九央が、間違った諺(ことわざ)を交えながら、小声で、叫んだ。最も、そんな状態なのに、海九央は、全身が、生き生きと輝いていた。それ自体は、本当に、神の祝福でも、降って来たように、きらきらと輝いていた。
「奇遇だね。僕は、海九央。やっぱり、十六歳。僕も、歌を歌うのも、舞を舞うのも、大好きなんだ。今度、一緒に、歌ったり、舞ったりしよう」
たった今さっきの発言をなかったように、海九央は、空恐ろしいほど、爽やかな笑みで、信じられないほど、社交的に、語り始めた。
きっと、澪音なら、「嘘付け!」と、怒鳴るところだろうが、海渡は、苦笑しながら、見守った。
「え? あ、ええ。機会があれば」
天鳩が、ほとんど、反射的に、そう答えた。たぶん、友好的な態度を取られると、無下にできないのだろう。そういうところからすると、根はお人好しで、情に脆いのかもしれない。だからこそ、あんな風に、気を張って、攻撃的な態度になるのかもしれなかった。
「うん。絶対に、機会を作ろうね。そのためにも、神子蓮と、姫鈴を追おう。ほら、もう、彼ら、こんなところに行っている」
にこやかに、そう言ってから、海九央は、真剣な顔で、相棒の水母(くらげ)、観取(みどり)を覗きながら、そう言った。
「え!? わかるの!?」
海九央の言葉に、天鳩が、顔を輝かせて、海九央と観取を見た。
「うん。これで、天鳩にも、見えるでしょ。ほら」
そう言って、海九央が、天鳩の前に、軽く、観取を押した。
天鳩が、期待と不安の入れ混じった顔で、観取を覗き込む。海渡も、その後ろから、観取を覗き込んだ。
そこには、海と空に分かれて、鈴月と月蓮に乗って、何か、楽しそうに、語り合う、蓮と鈴の姿が映っていた。
「鈴。良かった……思ったよりも、元気そうだわ」
鈴の姿を見て、安心したのか、天鳩の顔に、初めて、笑みが浮かんだ。ふわりとした、春風のように、たおやかな微笑みだった。
その微笑みを見て、海九央は、さらに、硬く、誓うのだった。
「蓮君も、治したのかな? 怪我してないや」
衣の破けた、蓮の脇腹を見て、海渡も、ほっとして、言った。海渡の見たことのない表情で、鈴と笑う蓮の顔。それから、初めて、見る鈴の顔。
本当に、蓮と、よく似ている。玉でも、割ったようだ。この子と、これから、蓮は生きていくのだ。
じーんと、安堵のような、淋しいような、嬉しいような、複雑な感情が、胸を染み渡っていった。
それが治まってから、海渡は、二人のいる場所と、この場所、それから、天鳩の大きな鳩を見て、計算した。
「ただ……水龍も、風鳥も、僕たちの相棒よりも、速いからねぇ。この距離じゃ、追いつくのは、ちょっと、難しそうだね」
「何よ!! やってみなければ、わからないじゃない!」
「そうだよ、海渡! 弱気になっちゃ、追いつけるモノも、追いつけないよ」
計算した、思わしくない結果を伝えると、予想通り、天鳩がむきになって、そう言って、さらに、海九央が、澪音が聞いたら、沸騰して、怒りそうなことを、優等生のような、きらきらした顔で、言い放った。
「確かに、そうかもしれないね。じゃあ、頑張って、追おうか」
さぁ、焚き付けた結果、どれだけ、早く翔けれるだろうか? 苦笑いとともに、そう言いながら、海渡は、そんなことを、もう、計算し始めていた。
双子の月鏡 ~蓮の夢~ 十五
ミク初登場です。それにしても、この話の天鳩は、ツンデレですね。最も、鈴には、デレ全開ですし、海九央には、押されまくっていますが。
大々的に、海九央の人生が変わりました。ますます、変な人って感じで、すみません。
海九央は、完全なる、戦闘系よりも、補佐系です。偵察や隠密は、得意分野ですし、戦闘での、的確な分析と指揮にも、熱くなりやすいところのある澪音は、随分、助けられています。
武器は、いわゆる、ワンドです。澪音いわく、もとは、海草だそうです。伸縮自在で、千切って、投げたり、分裂したり、爆発したりと、如意棒以上に、ありえない活用法があります。
前衛戦タイプではありませんが、天鳩のためなら、いくらでも、戦うでしょう。そして、(天鳩にばれないように)どんな、えげつない手を使っても、必ず、勝つでしょう。もう一度、言っておきますが、これでも、すごく、ミクオ、好きです。
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ご意見・ご感想
和沙
ご意見・ご感想
しんりょさまへ
こんばんは。読んで頂きまして、ありがとうございます。
めまぐるしい展開に、ドキドキしたとのこと、うれしいです。
ちなみに、この間、誤解させるような書き方をしてしまいました。
すみません。中秋の名月は、九月十五日です。
そんなわけで、最低でも、九月十四日までに、上げたいと思っています。
このところ、頑張っているので、何とか、上がりそうです。
毎日楽しみにしているとのこと、本当に、ものすごく嬉しいです。
ありがとうございます。
海渡のかっこよさと素敵さに、びっくりしたとのこと、良かったです。
やっぱり、人様のもの(会社のものを人様のものと表現するのも、変かもしれませんが)
を使うときには、そのキャラの良さを出せるように、気を使います。
最も、空回りしたりしていますが……(大汗)
2008/09/09 19:55:13
しんりょ。
ご意見・ご感想
***和沙さまへ
こんばんわ、今回もお邪魔します(ペコ)
今日も話読ませていただきました!!!
めまぐるしい展開にドキドキしまくりでした////
蓮君が本当に鈴ちゃんの殺さなきゃいけないのかとハラハラしておりましたが
・・・良かったです///本当に良かったです!!!
この展開には瞬きができず…目が乾きそうです、あぅ。(笑)
なんだか、締め切りがあるみたいですが…頑張ってください!!
毎日楽しみにしております!!!
追伸。
海渡さんのカッコよさと素敵さには流石にびっくりしました(酷!)
2008/09/09 03:08:50