―弥生某日・とある往来にて―
「あら、みく;美紅さんじゃないのさ。お早いこって」
「御機嫌よう、芽衣子さん。これから学友と待ち合わせなんです」
「こんな時間から!?感心するね、学徒ってのは朝に強い生き物なんだねぇ。素晴らしい」
「いえ、今日はたまたまです。というか、毎週この日は学僧の友人に頼みまして、座禅を組ませてもらってるんです」
「ますます感心だね。あたいには全然真似できそうもないよ。さすがは学徒を率いるりぃだぁ;先導者ってわけだ。どこぞの国には、一人で戦争をひっくり返した女ってのが居るそうだけど」
「それは興味深いですね、どこの国のお話ですか?帰りに図書館に寄ります」
「あたいが知るわけないだろう、そんな敷居の高そうな話。いつぞやのお客様がちらっとしてた話だよ。どこぞの会社の社長さんが金積んであたいを囲った挙句たっぷり愚痴までくれちゃってね。どうしてああも無粋な輩が増えたもんだかって、女将もまぁお冠になっちまって、あんときゃ大変だったよ」
「ふふ、お疲れ様です。しかして、めいこ;芽衣子さんこそお早いですね」
「あたいがそうお早い人じゃないってぇのはご存知だろうに。お天道様すら嫌みったらしい眩しさじゃないのさ。今晩は馴染みの客との結びだからまだいいけどさ、これで宴の相手なんぞしちゃいらんないってば」
「でしたらそんな生活やめたらいいのに。いよいよ暖かくなって、素晴らしい朝日ではありませんか」
「その朝日が嫌みったらしいんだよ。美紅さんくらいの年頃なら知ってておかしくない話、お好きな殿方はとことんお好きだからね。雲雀か烏か雄鶏か、何が鳴こうがあたいの知ったこっちゃないけどさ、夜明けの鳥のいななきを待ちわびる日が来ようなぞ、若ぇ頃にゃついぞ思いもしなかったよ」
「お好きって…やだ、芽衣子さん!」
「あらうぶ;初心ねぇ、真っ赤になっちゃって、可愛いったらないの。さすがは美紅さん。お美しい紅にお染まりで」
「非道いです、朝方から!それに私の名前は関係ありません!」
「そうかいね、近頃の男衆は見る目がないねぇ…あたいが男なら縄で括って持って帰りたいね。そいで縄目の痕から丹念に…はぁぁ、勘弁してくれよお嬢さん、あたいは疲れてんだから早う寝かしてくれよってんだ!」
「何を言ってるんですか、お恥ずかしい…恥を知りなさいっ」
「それでそれで美紅さんよ、実際男に誘われた話とかないのかい?」
「勿論ありませんよ。学徒たるもの、うつつを抜かして情事にかまける必要などありません!」
「『情事』って美紅さんよ、そこは色恋とでも言うんじゃないのかい?さては美紅さん、実はなかなかお好きなんじゃないのかい?」
「往来でなんてお話をなさるんですか!もう知りません!」
「あらあらら、お『情事』などとおこぼしになられまするは御姉様に御座りんす。何やわっちの知らぬる御伽話を明けの往来でおこぼしになられまする」
「えぇ?芽衣子さんたら、非道い…」
「やいやい、余所行き調えたのに泣くんじゃない、泣くんじゃないってのさ。美紅さんごめんよ、あたいが悪かったってば」
「…洋菓子」
「へ?」
「せんびきや;千疋屋の生洋菓子。桜の」
【三項目】二次創作小説『近代歌姫浪漫譚 千本桜 ~学徒が華ぞ咲きにける~』【胡蜂秋】
黒うさP『千本桜』の自己解釈・二次創作小説です。
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