「これから、貴方たちを、あちらに送るわ。あちらは、今、ちょうど、満月が灯る頃よ」
 ひとしきり、歌って、舞って、座り込んで、杯を傾けて、しばらく、寛いだ後、命炬が、何気ない調子で、そう言った。
「ええっ!? だって、私たちが、ここに来て、まだ、一日も経ってないよ!!」
 その言葉の意味を認識して、目を丸くして、鈴が叫んだ。
「そうだ! つまり、こちらとあちらでは、時の進み方が違うんだ!」
 楽歩のところで、あの月の満ち欠けの円を見たときに、感じた違和感を思い出して、蓮は叫んだ。
「よくわかったわね。そう。こちらの時のほうが、ゆっくりなの」
 満足そうに、命炬は微笑んで、そう言った。彼女と命灯は、あれだけ、歌って、舞ったというのに、結局、一度も、息を乱すことは無かった。
「あちらに行けば、満ちに満ちた、全ての月の光が、貴方たちを目指すわ。凄い重圧だけど、歌い続けるのよ。そして、月の光を、操って、貴方たちから、はなして、織り合わせるの」
 歌うように、命炬は、そう語った。
「織り合わす?」
「ええ。光を織り合わせて、形を持たせるの」
 蓮と鈴は、顔を見合わせあって、光を思い描いた。あの光を、織り合せて、形を持たせる。布でも、織るように。
「貴方たちが扱う、水や風と変わらないわよ。光を扱うなんて。すぐに、慣れるわ。だって、貴方たちは、満月のつがい、双子の月鏡でしょ?」
『うん』
 二人は、手を繋いで、頷いた。その顔には、同じ微笑みが浮かんでいた。
「まぁ、ぱっと、行って、ぱっと、すませちゃえよ。そしたら、今度こそ、ぱぁっと宴だ! 宴!」
 蓮の肩を、バンッと叩いて、紅燈がおもしろがるように言った。
「貴方が、宴を楽しみたいだけでしょう? どうか、お気をつけ下さい。ご武運をお祈りしています」
 炉理明子は、紅燈を睨んで、そう言うと、蓮と鈴に、そう言って、深々と、お辞儀した。
「二人なら、きっと、大丈夫。うまくいくよ。君たちは、“満月のつがい”だから」
 命炬の隣で、炎の玉を投げて、命灯は、そう言った。
『ありがとう。みんな』
 もっと、言いたいことがあるような気がするけれど、二人の口からは、そんな言葉しか、でてこなかった。
 それ以上、出そうとすると、かわりに、目から、出てきてしまいそうだった。
「準備は良い?」
 手を、ぎゅっと、強く握って、頷いた。二人は、微笑んでいたけれど、目は、凛と、何もかもを、うつしていた。

  暗闇の向こう 果ての無
  秘の宮 暗がり かき分けて
  満月の光 集う場所
  火女神命炬の名において
  三つ目の月 誘わん
 蓮と鈴の歌に混じって、命炬の歌が聞こえてくる。
そして、その歌声が、一際、高らかになったとき、空間が、音が、悲鳴を上げたような音が響き渡り、突如、蓮と鈴を、叩き潰すような圧力が襲い掛かってきた。
 三つ目の月は、さらに、大きな光の中に浮かんでいた。
 天の月と、水の月の間で。満ちに満ちた光を、一心に受けて。
 潰されないように、抱き合って、蓮と鈴は、歌った。
 予想以上の圧力と、熱さだった。お互いの存在がなければ、最初のそれで、弾けていただろう。
 抱き合う力が、ぎゅっと、強くなる。でも、負けるわけにはいかない。二人で、一緒に、生きていくためなのだ。
 蓮は、鈴を想い、鈴は、蓮を想って、歌った。
 この旅の道のり。その前の夢の中の逢瀬。一緒に歌ったり、舞ったり、心を合わせてきた、たくさんの人たち。たくさんの試練。
 二人だから、ここまで、来れた。二人だから、ここまで、あいあわせて、生きてきた。そして、これからも、あいあわせて、生きようと思う。
 溶かされそうな光の中、蓮と鈴は、声を重ね、笑みを重ねた。
 蓮と鈴は、そのうちに、力が、少し、弱くなるときがあることが、わかってきた。
 風が吹いて、雲がかかったり、波が強くなったりすれば、二人に、届く、月の光は、弱くなり、まだ、身体の自由が利きそうだった。
 蓮と鈴は、頷き合って、手を大きく、羽ばたくように、動かした。
 すると、光のふたさしが、ほどけるように、揺らめいた。
二人は、その光を織り合せて、降ろした。
 弱くなるときを見て、蓮と鈴は、月の光をはなしては、その光と織り合せていった。
 だんだんと、二人に向かう、圧力が、光が弱くなって、蓮と鈴は、歌いながら、舞い出した。
 蓮と鈴が歌うごとに、舞うごとに、光は、織り合わさって、身体が、どんどん、軽くなってゆく。
 光の中で、蓮と鈴も、また、満ちに、満ちて、あいあわさっていた。
 このまま、一つに、とけ合って、本当に、月になってしまいそうだった。


 金色の光に、くすぐられて、目を開くと、蓮と鈴は、そこにいた。
 金色に輝く、その場所に。
 蓮と鈴は、驚いて、辺りを見回した。
 金色に輝く大地が広がっている。
 あの夢の大地が。
 そして、天と水の中に、満月が、静かに、うつしあっていた。
「俺たち……月の光を織り合せて、この大地を、創ったって言うことか……」
 蓮は、夢の大地を眺めて、鈴を見て、まだ、夢の中にいるかのように、呟いた。
「うん。私たち、夢の中で、先取りさせてもらっていたんだよ。ほら、私も、蓮も、息していられるよ」
 そう言って、鈴が泣き出した。涙を輝かせた、その笑顔は、あんまりにも、しあわせそうで、視界が潤んだ。
「本当だ。これで、一緒に、生きていけるな」
「うん」
 鈴が、頷いて、蓮の背中に回した手に、ぎゅっと、力を込めた。
 天と水に、別たれて、それでも、映しあう、双子の月を見て、蓮と鈴は微笑んだ。
 もう二度と、双子の月は、寄り添えないかもしれない。でも、双子の月鏡である蓮と鈴が、一緒にいるのだから、うつされた双子の月も、一緒にいるのと同じなのだ。
 微笑み合う蓮と鈴は、ふと、遠くから、聴こえる声に、顔を上げた。
 海から、空から、どうしてか、懐かしく感じる姿が、一心に、こちらに向かって、飛んでいた。
 蓮と鈴は、片方の手を、何度も、何度も、大きく振った。
 そんな二人を、双子の月が、うつしだしていた。


 こうして、双子の月の光から、国を生み出した、月の神子と、月の姫神子は、水の国の男と、空の国の乙女を従えて、長く、その国を、治めた。
 そして、その国の、新しい子らが、また、新しい子らを生み出した頃の、一年で、一番、月満ちる夜に、そろって、月へと帰った。

 このことは、“崩御(ほうぎょ)された”という風に、解釈されているが、双子の月鏡である彼らなのだから、本当に、月に帰って、水の月に行ったり、空の月に行ったりと、二人で、戯れているのかもしれない。
 でも、もう、すべては、遠い、夢のようなもの。
 そう。水の中に、咲き誇る蓮が、そっと、見たような……

                              終

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

双子の月鏡 ~蓮の夢~ 終章

長かったですが、完成しました。
何とか、かんとか、中秋の名月に、間に合いました。良かったです。
まぁ、タイトルでわかるとおり、本当は、鈴視点の鈴の夢も、作るつもりだったのですが、このように長いので、(実は、原稿用紙で、223枚あります)最初の方の空の国の鈴の日常だけ、書こうかなぁと思っています。
あと、この話、結構、切なかったり、大変だったりなので、国ができて、平和にしている蓮と鈴を、外伝で、書きたいと思います。
とりあえず、完成して、本当に、良かったです。

閲覧数:430

投稿日:2008/09/15 03:12:01

文字数:2,844文字

カテゴリ:その他

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  • 和沙

    和沙

    ご意見・ご感想

    しんりょさまへ

    最後まで、読んで頂きまして、本当に、ありがとうございます。
    こんな長いもの読んで頂いて、コメントまで、頂いて、ものすごく、
    励みになりました。
    本当にありがとうございます。
    はい。蓮と鈴は、やっぱり、結局のところ、神様のうちなので、未来
    永劫、どんな姿になっても、戯れていますvv

    普通なら、“すず”と読むところを、何の迷いもなく、“りん”と読
    む蓮君が書きたくなって、書きました。
    でも、蓮と鈴は、何のてらいも無く、いちゃつくので、片思い(だと
    思い込んでいる)中の楽歩には、少々、目の毒だったり……です。
    がくぽ×廻子、ときめきましたか……?(どきどきどきどき)
    それは、嬉しいです。
    ありえないもの書いてしまった感満載なので、そう言って頂けると、
    心から、助かります。
    楽歩と廻子のこれからは、ちょっと、考えています。ようやっと、向
    き合うことに決めた二人ですが、やっぱり、あんな感じです。
    でも、両想いだというだけで、凄く、しあわせなのです。

    命炬さんたちが、かっこよかったとのこと、よかったです。
    命炬と命灯は、合わせて、最強です。神様ですし。
    蓮君が、一番かっこよかったとのこと、蓮君が喜ぶと思います。
    海渡とか楽歩と比べて、複雑な思いをしたりする彼ですから。

    100枚くらいで、書く予定だったのですが、気付いたら、223枚
    になっていて、自分でも、びっくりしました。
    こんなに長いもの、読んで下さって、本当に、ありがとうございます。
    番外編は、趣味に走って、ほのぼのあり、かけあいありで、書こうと
    思っています。

    たくさん心配頂いて、ありがとうございます。
    蓮と鈴も、心から、感謝していると思います。
    長々と、お付き合い頂きまして、本当に、ありがとうございました。
    番外編も、頑張ります。

    2008/09/15 03:08:10

  • しんりょ。

    しんりょ。

    ご意見・ご感想

    **和沙さまへ

    お疲れまです!!!!最後までどうなってしまうのか本当にハラハラしておりましたが…
    よかった。2人とも…本当によかった、です///
    もう、いっそずっと戯れていて欲しいです。。。(笑)

    蓮君が「鈴」の文字を引いたときには…どっち?!って一緒になって思いました。
    でも・・・彼ならそれを引いてくださると思っていました!!
    そして、若干がくぽ×廻子にときめきました////
    なんだか穏やかな恋を育んで欲しいと思2人でした。

    命炬さんたちは・・・カッコよかったですねぇ。。。
    なんだか、誰よりもカッコよかった気さえ…いえ、蓮君が一番カッコよかったですよ!!

    す、すごいですねぇ・・・原稿用紙223枚って!!!
    番外も楽しそうですなvvv(●≧艸≦)
    平和に過ごしている皆さんもにぎやかに幸せに過ごしているのかな?

    誰に死ななくて、誰も傷つかなくて、本当によかった///
    素敵なお話本当にありがとうございました!!!
    そして、お疲れ様でした!!!

    2008/09/15 00:52:34

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