【¢ity】メインストリート。


「…それでさ、レンは、『絶対に俺のじゃない!!』って言い張るんだよねー」

磨き込まれた木製のカウンターに肘を突き、差し出されたグラスを呷る。中身は何の変哲もない水なのだが、リンがやると、いやに様になっている。柄が悪そう、という点において。

ショットバーのような内装の店。高い天井ではレトロな形状の羽根が回転している。窓はなく、昼間でも薄暗い店の中で、くすんだランプだけが唯一の光源であった。

軋む床の感触。埃の積もった調度。擦り切れたような音を奏でるクラッシック・レコード。リアリティのない世界で、妙に現実味を帯びた空間。それが、この店に踏み入れたレンの第一印象である。

リンの前に立つのは長身の、青い髪の男だった。室内だというのに、髪色と同じマフラーをしている。他に人の気配は見られないから、この男が店の主人なのだろう。人のよさそうな柔和な笑みを浮かべ、リンの話に相槌を打ってはいるが、離れた場所から眺めていたレンにはその瞳が一切笑っていないことが容易く見て取れた。だからといって、これといった敵意のようなものは微塵も感じられなかったが。

言うなれば、精巧に造られたアンティークドールのように人間味を感じさせない。それだけのことなのだ。

「…ねぇ、レン。アンタも何か言いなさいよ」

いつの間にか「アンタ」呼ばわりが定着していた。道すがら強要された自己紹介で、自分の方が少しばかり誕生日が早い(といっても十数分の差なのだが)からというだけで、リンの中でレンは義弟ポジションに収まってしまったのだ。

「何か、って言われても…」

言うべきことは全てリンが言ってしまったようだし、そもそも相手の素性も解らない状況で、何を話せというのだ。

『…ああ、そうか、自己紹介がまだだったね』

右耳のインカム――既に若干その存在を忘れつつあったのだが――が不意に例の機械音声を発して、面食らったように辺りを見回す。何しろ、機械音声というのはデフォルトで女声と決まっている。要するに、違和感がありすぎた。いくらなんでも、まさか目の前の男が話し掛けてきた、とは思うまい。

「レン、何やってるのよ。KAITOは目の前に居るじゃない」

「はい?か、かいと…?てか、声……が、え、えぇっ?」

『ごめんごめん。驚かせちゃったかな?実は、僕は喋れないんでね。代わりに、君たちのインカムに直接メッセージを送信して、再生してもらってるんだ』

「は、はぁ…」

『僕はKAITO。“情報屋”のカテゴライズを受けたプログラム因子だよ』

口許だけでにこ、と笑って、手を差し出してくる。リンといいこのKAITOといい、ゲーム世界の人間は、妙にスキンシップを好む。拒む必要もないので、大人しく手を差し出したが。

「俺は、レン。よろしく」

『レン君か。いい名前だね』

機械音声で、さらりとそんなことを言う。もしかすると、こいつ、天然誑しなんじゃないかな、と下世話なことが脳裏を過ぎった。

『一介のプログラム因子に、誑しも何もないと思うよ』

「な、ちょ、おい!!お前、他人の思考を勝手に読んでんじゃねぇーよ!!」

『いくら僕でもそんなことまで出来ないって。ただ、君の顔にそう書いてあったからね』

それから、解りやすいのはいいことだよ、とフォローとも哀れみともつかぬ言葉を投げ掛けたのだった。


***


プログラム因子。文字通り、元からプログラムに組み込まれている人間、人格。

ゲーム世界の意思によって造られ、意思によって損なわれる存在。

全ては、サバイバーのために。


そう…。俺は、君たちなしでは存在することさえ許されないんだ。


カウンターに置かれたままの二つのグラス。その横で、青白い光を帯びたサバイブ。摘み上げて、それを口へと運んだ。無機質な味。思考の片隅に埋め込まれたサバイブカウンターに、申し訳程度の数字が追加される。そしてそれはまた、時間と共に、刻々と削り取られていくのだ。


いつか、この数字がゼロになってしまったら…。



取り上げたグラスから、ぽたり、と水が滴り落ちる。

口許を歪めるだけの小細工も放棄してしまった今、KAITOの顔には何の表情も窺えない。


そうなってしまったら、俺は……


そのとき、入り口のドアに吊るされたベルの音が鳴り響いた。客が来たようだ。慌てて営業用スマイルを取り繕い、KAITOが顔を上げた目の前に立っていたのは。

「久しぶりだね、義兄さん。ちょっと…邪魔するよ」


緑の髪の―――

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ラノベ化企画】サイバー・サバイバー【3】

プログラム因子。人間のカタチをした道具。
いつかサバイブが尽き果てたとき、その成れの果ては―

***

どうも。
伏線に定評のあるやましぃです。

今回は新キャラ―KAITOの登場です!!
柔和な笑みとは裏腹な、影のある青年…
萌えですね。

そして、「緑」がでました。
幼馴染かどうかは…
また先のお話で^^

***


SPECIAL THANKS


SHIRANOさん
http://piapro.jp/t/d2yz

閲覧数:191

投稿日:2011/08/01 00:03:15

文字数:1,898文字

カテゴリ:小説

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  • 瓶底眼鏡

    瓶底眼鏡

    ご意見・ご感想

    お邪魔です!!

    サバイブを失ったプログラム因子のなれの果て、それがモンスターという訳なのでしょうか……

    緑の人物はミクかミクオか……ともかくこの人物が重要なファクターなのは間違いないですね!!

    2011/07/10 13:04:34

    • 人鳥飛鳥@やましぃ

      人鳥飛鳥@やましぃ

      こんばんわ^^

      ほう、なかなかいい線いってますね!!←
      ですが、プログラム因子⇒サバイブ0⇒モンスター、と単純にはいかないんですね、これが。
      何故かって?
      だって、そんなのツマンナイじゃないですか!!(何キャラ;
      (展開読まれて悔しいからもう一ひねりしてやる、とか思ったわけじゃないですよ、別に;)

      まぁ、そういうわけですから、是非是非愉しみにしていてください!!

      2011/07/10 21:15:31

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