オリジナル小説 『夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~』番外編

アル・レティ後日譚 「踏み出すその先」


 ルディ事件の終幕から5年。
 レティシア・バーベナは、その身に引き受けた魔法からついに自由なった。
 薄紅の髪、青のしっぽ、そしてやわらかな微笑みを取り戻した彼女は、それから魔法を学び始めて、2年後の春のこの日、ついに修了の日を迎えた。

 「おめでとう。レティ」

 かつて共にルディを倒したアルタイル・イーゴリは、背もやや伸びて、今はレティと同じくらいに見える。
 かつては生意気で、度を越した強がりが専売特許だった彼も、今は年相応の落ち着きを得ている……と、彼自身は語っていた。

 「ありがとう、アルタイル」

 魔法の学校を卒業し、『魔法士』としての資格を手に入れたレティシアが、ふわりと笑った。
 アルタイルは、彼女が明るい風をまとうのを感じた。魔法に愛された彼女は、剣を振っていた頃よりも美しく、余裕をみせるようになったと思う。

 「よかったな。やっと、ヒトらしく生活できるな」

 「うん」

 少女時代は剣士として、そしてルディを倒した後は勇者として崇められてきたレティシアにとって、アルタイルの言葉は何よりも得難い祝福に思えた。

 微笑んだレティシアの背に風が吹き、薄紅色の短い髪が踊る。
 アルタイルはうつむく。
 胸を刺すのは、ずっと気にかかっていた痛み。

「これからどうすんだよ、お前」

 レティシアは、やっと人として生きられる。
 普通の、大人の女性として。

「結婚、したりなんかするのか。セディンあたりとさぁ」

 アルタイルはからかうつもりだったのだ。
 ところが、その言葉を口にしたとたん、ズシリと体に重みがのしかかった。
 おかしい、とアルタイルは思う。
 なんで俺は、こんなに……こんなに、嫌な気持ちになるんだ、と。
 レティシアの、恩ある彼女の幸せを、一番に祝ってやるつもりだったのに。

「……セディンの奴、張り切っているぜ?」

 視線をはずしながら、力をこめて声を張る。
 思ったように明るい声にならない。

「レティみたいな鈍くさいやつと一緒になろうなんて人なんか、めったにいないんだからさ。
 とっととつかまえておけよ……」

 なぜだ、とアルタイルは思う。
 これではまるで、羽を突っ張らせて強引にレティをサリに巻き込んだ少年の頃のようだ。

「俺もやーっと相棒から解放されると思うと、いやー……実に清々するね! 」

 すがすがしいほどに。
 心はからっぽになるんだ。

 突然、アルタイルを自覚が襲った。
 俺は。 ……レティがいなくなると、さびしいんだ? 

 ぐっと目頭が熱く灼けた。ハッとこぼれそうになった感情に覚めたように顔を上げると、レティシアが、目を丸くしてアルタイルを見ていた。

 アルタイルは、反射的に視線を振り切った。

「アル?」

「バカ、いいんだよ! ほら、あるだろ! 花嫁を送り出すような父親みたいな、さ! 
 行っちまえよ、レティ! 俺は、……俺は、ただのサリだ!
 怪物ルディに襲われまくる時代は終わったんだから、もうどうでもいいんだよ! 
 俺は俺で、楽しくやるさ……」

 と。ふわっと、アルタイルの小柄な体がレティシアのやわらかな肢体に抱きしめられた。
 アルタイルの声が詰まる。
 口の中で熱をかみ殺す。
 かすかに、塩の味がした。

「アル。アルは、私の大事な仲間で、大事な、サリ、だった」

 アルタイルはうなずいた。

「でも、もうルディは出ない。私たちが終わらせた。
 ……アルとだから出来たんだよ。アルは、私の、大事な成長点だった」

 アルタイルの体が、肯定を伝えてきた。

「じゃあ、アル。 今の私にとって、貴方はどういう人だと思う?」

 アルタイルは答えない。
 わかっている。ただの友人だ。

「答えたくない」

 答えたくない。
 解っている。自分はただの友人だ。
 でも、アルタイルはただの友人ではいたくなかった。
 サリとしてでも何でもいい、どんな理由でもいい、レティシアにとって特別な存在でいたかったのだ……。

 気づいてしまった。

「気づかなけりゃよかったな。人といれば、情が移る。
 レティがさ、悪いんだよ。お前が、俺を変えたんだ」

 こんなに、情にもろくて、強い心の持ち主に。
 弱ければあきらめもしただろうが、強くなったせいで、その心は力のかぎり、レティシアを、望む者を求め続ける。

「アル」

 レティシアが、アルタイルに向かった。

「私も、変わったよ」

 アルタイルが見上げると、レティシアが、なんと、やわらかく笑っていた。

「アル。あのとき、アルが、私をサリに誘ってくれたね。
 生活と運命を共にする、サリに」

 サリ、という言葉はこんなに美しかっただろうか。
 アルタイルは、返事も忘れてレティシアを見つめる。

「今度は、私がアルを誘うよ。アル。あなたは、私の大事なサリ。
 これからも、運命と生活を共にしてくれる? 

 アルタイル・イーゴリ。

 私が好きなのは、貴方」



 これは夢だ、とアルタイルは思った。



「お、俺は……もう、怪物ルディは全滅したんだ。怪物退治のパートナー、サリとして一緒になんて、いられない」

 レティシアが、アルタイルの手を取った。そのまま包み込む。

「サリとして、じゃない。本当の相棒になって、って言っているんだよ? 」

 カッ、とアルタイルは顔を上げた。

「だからって、そんなの……! 
 俺は、鷲族で、レティはトカゲ族で、種族も違うし、それから……」

 レティシアが、ふっと笑った。

「たった、それだけ?

 長年のつきあいの、かつてともに命を賭けたサリの、たっての願いを断る理由は? 」


 はっ、とアルタイルはわななく。
 自分がレティシアを怪物退治の相棒、サリに求めたとき、色々理由をつけて断ろうとしたレティシアを、アルタイルは同じ言い方で封じたのだ。

『たったそれだけかよ? 命の恩人様のたっての願いを断るのは?』

 あれから、長い時が過ぎた。めぐりめぐって自分に戻ってきた言葉に、アルタイルは声を失わせたままだ。

「アル。神殿で、ルディを、見たよね。狼のしっぽ、鷲の翼、トカゲの特徴の派手な色の髪を持った、三種族入り混じった姿。
 彼が生まれたということは……彼の誕生を望んだふたりが、いるということだよね。

 二種族のふたりが子供を産んで、そしてその子が、さらに別の種族に恋をした……

 たがいに人の姿をして生まれるんだもの、しっぽや羽みたいな体の違いは、じつは些細なことなのかもしれない。……違うかな?」

 アルタイルは、うなずく。
 自分は、レティシアがアルタイルとは違うトカゲ族だからといって、嫌いにはならなかった。

 むしろ、強く、強く、一緒にいたいと思った。
 純粋に、ひたすらに惹かれた。

「レティ。俺も、」

「でもね。ルディが昔忌み嫌われたように、私がいじめられてきたように、姿形の違うことは、すごく……簡単に、不幸の要素になる。私たちにとっても、私たちの、未来にとっても」

 レティシアの言葉が、地に浸みる。

「だから、アルが、嫌なら、私は、……無理に、とは言わない」

 アルタイルは、拳を握りこむ。
 レティシアは、本気で自分の思いを、抑え込むつもりだ。それも、アルタイルのために。

 アルタイルは、改めてレティシアの強靭な精神力を目の当たりにした。
 冷静な状況認識と、その覚悟。

 かつて巨大な怪物と戦った、レティシア・バーベナがそこにいた。

 そして今、目の前に示されたレティシアの強烈な思いが、アルタイルに火をつけた。


「……反則すぎる。レティ。
 あんたは、いつだってそうだ。そうやって、正しいことばっかり。」


 アルタイルは、ぐいと顔を上げ、握った拳を開いた。
 そして、自分の手を取っていたレティシアの手に、もう片方の手を力強く重ねた。

「逃げ道ふさぎ過ぎると、嫌われるぞ」

 アルタイルはにやりと笑い、ぱっと手を放した。ポケットを探って何かを取り出しレティシアに差し出した。

 思わず受け取る形に手を開いたレティシア。
 その白い手のひらに、ぽとりと銀の鎖が落ちた。

「これ……」

 レティシアが視線を起こすと、アルタイルは一瞬目をそらした。だがすぐに、彼は強気に口を開く。

「もらっとけ! てか、やる! 卒業記念もとい……ええい、何でもいい! ハーニィになんか貸すなよ! 」

 それは、細い銀の鎖に繋がれた、桃色の石のペンダントだった。
 レティシアの髪の色と同じ石。
 陽を浴びてきらりと光るその形は、涙型というよりも、初夏を彩る花びらのようだ。

「セディンにはライバル宣言しておく! 
 レティ! 俺からそう簡単に逃げられると思うなよ!
 
 お前は俺のサリで、俺はお前の相棒なんだからな!」

 アルタイルは、あらためてレティシアの手を真正面から握った。
 そして、それでも足りないと思ったのか、そのままぐいとレティシアを抱きしめた。

 鷲族の羽があったら、こういうときの艶っぽい動かし方もあったのだが、アルタイルに羽はない。
 レティシアを守って失った。
 それが、アルタイルの誇りだ。

「アル。……ありがとう」

 ふ、と温かいものがアルタイルの唇に触れた。
 はじめての、生身のレティシアが。


「礼なんか、言ってんじゃねーよ」


 アルタイルはレティシアを見上げる。


「これからもずっと一緒にいるんだからさ。
 気楽にやろうぜ。

 ……いつもどおりにさ」


 アルタイルが強い笑みを見せる。レティシアにとって、まっすぐなその力は、いつだって何よりも輝く彼女の太陽だった。

「アル。太陽みたいだね」

 そう言うと、アルタイルは、少し困った顔をして告げる。

「なに、恥ずかしいこと言ってんだよ」

 そして、彼は、照れながらもニヤリと笑う。

「レティ、やっぱり、剣士より魔法士の方が似合ってるな。
 そういう、キラッキラな、やんなっちゃうくらい綺麗な言葉がさ。
 
 ……似合ってるよ」


 アルタイルの渡したペンダントが、レティシアの胸元で揺れる。
 アルタイルはレティシアの手をとったまま、ぐんぐんと歩き出した。
 レティシアもすぐに歩調を合わせる。
 ふたりして風を切ってゆくその姿は、手を取り合って走って行くように見えるだろう。
 かなり恥ずかしい光景だなとアルタイルは思ったが、それでもいいやと思えた。

「俺の心の影にも、そういうキラッキラな光をやんなっちゃうくらい当てたくせにさ! 

 いいよ!レティ!俺の命を救ったことを後悔するくらい、一生、付き合ってやる!」

 アルタイルが。
 心の底から笑っていることに、レティシアは目を見開いた。

「アル……!」

 皮肉な笑みしか見せなかった彼に、その表情を与えたのが自分だとしたら、それは何と素敵なめぐりあわせなのだろう! 

 アルタイル・イーゴリ。
 翼を失った鷲族と、

 レティシア・バーベナ。
 魔法を手にした薄紅色の髪のトカゲ族。

 ふたりの紡ぐ未来はきっと、

 夢と勇気、憧れ、希望、

 ……嫌になるくらい綺麗な光が満ちあふれているに、違いなかった。




 完

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語 番外編 「踏み出すその先」

うっかり番外編をあげてしまいました。
本編は以下↓

☆【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 全34回 
表紙 http://piapro.jp/content/tpbvhzoe5b6s6kem


閲覧数:111

投稿日:2010/03/21 23:11:36

文字数:4,718文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • レイジ

    レイジ

    ご意見・ご感想

    先程はコメントありがとうございました!

    いいですね・・。ハッピーエンドって・・。
    羨ましい限りです。

    自分の書いている『ハルジオン』がいよいよダークファンタジーの領域に突入してきたので、明るい話成分のいい補給になりました☆

    それでは次回作を期待しております☆

    2010/03/22 18:22:41

    • wanita

      wanita

      レイジさま

      いつもありがとうございます!
      ハッピーエンド、好きなんです。
      アーメン終止、というんでしょうか、短調の曲の最後の和音だけ、ふわっと長調で終わるような、そんなやわらかい着地が、好みなのかもしれません。
      楽しんで書ける範囲内ですね☆

      ハルジオン、なんだか読むのに緊張してきました。時代と運命が動くまっさかりですよね。
      執筆者としても緊張の続くあたりだと思います。がんばってください!
      次回作は、いい曲をみつけましたので、最後まで一気に書いてUPしようと思います。4月なかばになると思いますが、また楽しんで頂けたら幸いです!

      2010/03/25 08:51:16

クリップボードにコピーしました