「あー。じゃあ、この饅頭とお茶を二つずつ」
「はい。かしこまりまし……カフッ」
 少女の口から赤い液体が飛び出る。苦しそうに呻き、涙も流しているようだ。俺はどうすればいいのかがわからずに固まっていたら、リリィが小さく、笑ったように言葉に出した。
「……面白い」
 その呟きを聞いて、「あら? ばれちゃいましたか」と笑って「ざくろジュースです!」と笑顔で俺に告げた。多分、これは一種のサプライズで、この店が開店してからずっとやっているんだろう。常連っぽいお客は拍手をしているくらいだ。
 しかし、これは定番……というわけではないみたいで、店のおく……おそらく、厨房の方から凄い走ってくるような音が聞こえてくる。
「またそれか! やっちゃいけないって言ってるでしょ!!」
「キャン! 痛いよ、伊純ちゃーん」
「まったく、羽純? 初心者の前でそれやっちゃいけませんって何度も言ってるでしょう! ほら、謝りなさい」
「何事も経験ですよ、お客様」
 二人は、同じ声で、同じ顔。見た目は小学生くらいの……。
「ドッペルゲンガー?」
『双子です』
 少女達は揃って言うと、オーダーを厨房のほうへと知らせに言った。特別なシュークリームって、何なんだろう?
「……なぁ、リリィ」
「何?」
「これから、俺も一緒に行動する」
「うむ。理解した」
 それだけ言うと、静かにお饅頭を待っていた。こう見るとまるで忠犬のようで面白い。やわらかそうなほっぺたを突付いてあげたくなる。
「……何をしてる」
 突っつきたいと思っていたら、自然と突っついていた。柔らかい女の子らしいほっぺの感触が指にわずかに残る。ぷにぷにした感触が和菓子で言うなら大福のようで、次第につつく手にも力が入る。
「お前が今、世間的になんていうかを教えてやろう。……ロリコンだ」
「お前、自分でそういうか?」
「私は、どんなに甘く見ても中学生に見えるのが関の山だろう。事実がどうであれな」
 そんな風に言いつつもリリィは抵抗した様子もない。それでも、兄妹に見えないことも無いと俺は感じるが、いずれにせよ“シスコン”という風に見えているのは否定が出来ない。
「どちらにせよお前は異常性癖の持ち主に見えるわけだ」
「やれやれ。勘弁してくれよ」
「それを回避する方法は、私に何かを奢ることだ」
「むしろ性癖を金で買おうとしてる亡者に見えるんじゃないか?」
「勘違いしているようだが、愛は金で買えるものだ。金で買えないものなんて、消えてなくなったものだけだ」
 それは、単に命の事を指した言い方にも聞こえた。命を奪うのは、金で買える。あまり現実的には思えないが殺し屋という職業も、リリィみたいな死神みたいなのよりはよっぽどいておかしくないだろう。
 失ってしまったもので、願いも、命も、きっとお金では買えない。まだある願いはお金で多少なら解決できるかもしれない。それは、環境であり、人員であり、自身に対する何かで。でも、もう叶わないと決まってしまった願いは誰に叶える事も出来ない。
 ……それを、捻じ曲げて叶えるのが願いの結晶。そう、考えてしまうと叶えたい願いと言うのは多いのかもしれない。俺自身が、強い願いはないからどうとでも言える事かもしれないが……。
「お前は、叶えたい願いという物が無いのか?」
「俺は……リリィを護りたいって思ってる。リリィの気持ちを、命を」
「そうか。ならば最初に言っておく。止めはしない、ただ、諦めた方が賢明だ」
「ここにリリィはいるんだ。諦めるには早いだろ?」
「……ふむ。面白い意見だ」
 諦めることが、賢明と言うのは理解していたつもりだ。リリィは、俺に守られるほど弱くは無いだろうし、願いの結晶を狩る過程で色々な世界、願い、思いを見てきたんだろう。俺と、経験もまるで違う。
 ただ、俺は出会った。死神のように死んだ目をして、死者のように人生の全てを諦めていて、死生者のように自分の生に執着している少女に。
 俺は、リリィに死んだ目をしていて欲しくない。今みたいに、笑っていて欲しいと思っている。仕事になると、あんなに冷たくて、背筋が冷えて、人の形をしたものを殺すのに何の抵抗も無いなんてそんなのは嫌だ。
 俺は、リリィに希望を与えていたい。これからどんな荊道が待っていても、どれだけ傷ついても、前を向いて、前へと進めるようになって欲しい。俺は、きっと添え木のように隣に立つことは出来ない。だから、せめて足元を照らす小さな光になっていたい。
 俺は、リリィに生きていて欲しい。ただ、ずっと生きていて欲しい。ただ純粋な小さな願い。
「ならば、その面白い意見を活用させてもらおう」
「活用……?」
「うむ」
「……何に、かは教えてくれないのな」
「特別言う必要も感じられないのでな」
 俺は諦めた。聞きたいという小さな願いも、どうせ不可能だと割り切る。目の前の少女が悪いことを考えているようだったら止めるべきかもしれないが、どちらかと言うと今からいたずらをするぞと宣言されているようにしか感じられないからだ。
 本当、何をするんだろうな……。
 喫茶みつばで色々食べたお陰で少しは腹も満たされたのか、少し機嫌の良いリリィに着いていく。何処へ向かっているかは分からないが、少なくとも俺達の家ではない。まぁ、リリィが意味の無い事をするとは思えないし、何かしらの理由があって俺を連れまわしているんだろう。
「……ここだ」
 そこは、何も無い路地裏で。これから何が起きるのか、普通なら気が付かない位だろうが、残念ながら俺はそこまで鈍くないのかこれから何が起きるのかは簡単に分かってしまう。
 俺にとっては、二回目だけど初めての“願いの結晶”を、ちゃんと見ることになる。一度目で見て、確かめろという事なんだろうか? 俺がこれから見るのは、死であって、絶望であって、希望の終わり。
「あら。こんな所でどうかなされたのですか?」
 リリィの視線の先から現れたのは、高貴そうな女性だった。手には日傘を持った、20代前半に見える人。願いの結晶だって、頭で分かっていても、俺には人に見える。こんな風に、人と同じ風に街を歩いていても……誰も気づかない。この女性を見て、人じゃないなんて思う人はいるんだろうか? いや、いないだろう。
「お前は喋る必要は無い。今から、お前はその命を断たれるだけだ」
 初めて、その人が人じゃないと思ったのは次の瞬間だった。リリィのその言葉に眉一つ動かさず、浮かべた笑みを崩さなかった。驚きも、悲しみも、恐れも感じない。ましてや、嘘だと疑うような呆れも感じない。
 真実だと分かった上で。
「あらあら」
 そんな斜め上の反応。リリィはこちらをちらりと見てから、女の方へと歩み寄る。女の人は抵抗なんてしないようにも見えたが、近づいてきた瞬間に……いや、リリィが間合いに入った瞬間に傘でリリィの頭部を殴打しようとする。
「甘いな。そんな振りじゃ小学生も捕らえられまい」
 見た目は小学生じゃないか。まぁ、確かにそんなに振りは早くないし、単調。俺でも簡単に避けることが出来るだろう。
 刹那、リリィの腕が女の胸を貫く。そこに血は無くて、そこに表情は無くて。まるで、肉食獣が草食獣を食べるかのような絶対的な摂理のような、一言で言うなら“狩り”だ。
 リリィは人を殺したとも思わない。人を助けたとも思わない。自分に吸い寄って来た蚊を殺すよりも単調に、女を殺めた。
「……帰るぞ」
「……そうだな。今日、晩飯には何が食いたい?」
「何でも良い」
 リリィは、出会った頃のような無表情で、喫茶店に寄ったときのような笑顔を一度も見せないでその場を去った。気がついたときには、女の姿は消えていて。
 この願いの結晶はどんな願いが固まったものなんだろうか? 俺には知ることが出来ない。前回の女は、女になりたいとかいう願いだった。今回の願いも、そのくらいに下らない物だと気分的には助かる。
 でも、やっぱり願いなんだ。どんなにふざけた願いでも、本気で思っている願い。叶わなくても、夢を追い続けることが出来るんだろうか? もし、夢を追うことも出来なくなるなら狩る方も、狩られる方も辛い。
 叶うことが無くても、夢を追い続けることが出来るなら……そこには希望があると思う。
「はぁ。カレーでも作るか」
 当面の願いは腹を満たすことに決まりだ。簡単に叶えることが出来る願い。目の前にあることから解決していかないと、俺はこんなおかしな世界から目をそむけてしまいそうで。
 リリィは俺の家に行っているのだろうか?
 リリィは、何で俺を連れてきてくれたんだろうか?
 俺が、願ったからか? そう、本人に告げたからか? 止めるとは言われていない。でも、諦めろといわれた。正直、リリィが何を考えているかが分からない。俺なんかが、リリィを理解できるとは思わないけど……。
 いつか、本音を話してくれるといいなと願う。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Cuthope2

閲覧数:62

投稿日:2013/08/28 01:24:18

文字数:3,673文字

カテゴリ:小説

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