最後の記憶によると教会の中にいたはず。だが実際はゴーストタウンのような街にボロボロなウェディングドレスを身に纏った状態で私はそこにいた。
「おかしい…」
そう呟いてみても曇った空に吸い込まれるだけ。辺りを見渡すと、建物は崩れて元は何の建物なのか検討がつかない。私の体はそんな現実とは不釣り合いなほど綺麗なままだった。怪我をしていると言っても、せいぜい痣やら掠り傷くらいでどれも軽傷。
「良かった、大した傷はなくて…でも、ドレスが…」
冷たいコンクリートにへたり込んでいる自分の服装は、元の白色が伺えない程煤けて、ふわりと広がったスカートの裾は乱雑に破けて、ところどころ穴が開いていた。そんな有様の服をぼんやり眺めていると、一つ疑問点にぶつかった。
「何で、私ドレスなんて着てるんだろう。今日、何かあったの?」
自分がドレスを着ている理由とは。記憶を遡るが、記憶はドレスを着ている理由とは別の情報を囁いた。自分の名前はアリスということ。男の人ととの楽しい思い出。教会にいたことを教えてくれた。
粗削りな情報に何か違和感を覚える。大切なことを忘れている気がしてならない。特に「男の人」という箇所それを思い出せない自分に大分苛々するが、そうして思い出せるわけではない。そう自分に言い聞かせて込み上げてくる焦燥感を抑える。
このままへたり込んでいては何も得られない。なら、動かなければ。動けと結論が導くままに、自分が最後にいた場所(あくまで自分の記憶でだが)である教会に行ってみることにした。
異動している途中に何か思い出すか淡い期待をしていたが、距離が短いせいなのか、本当に何も思い出せなかったのか、今のところは何の進展もないまま教会に着いた。瓦礫を慣れないヒールで跨ぎながら中に入ると、真っ先に目に入ったのは褪色しかけて部分的に割れているステンドグラスが掲げられた大きな礼拝堂と思われるもの。礼拝の時に使うのであろう左右に並べられたベンチの間に敷かれた赤い絨毯を辿り、上手に向かうと上に繋がる階段があった。それを何も考えず登る、登る。
「…はあ…っは…この階段はどんだけ私を上に行かせたくないの!」
愚痴を吐きながら登ること五分。ここまで結構な段数を踏んできたはずだが一向に着かない。
「……本当に、ふ、っざっけんな!」
叫びながら顔を上げる。眼下にはこの教会に行くために歩いてきた道。その証拠に、この無駄に長いスカートが地面を引き摺られた跡が薄くではあるが残っている。
「…教会…間違え…た…のかな?」
〔残念ながらそうだよ〕
この状況ではどんな冗談でも不愉快に思える今、解析不可能な現象が我が身に降りかかっている。
「頭の中で声が聞こえているような気がするけどまさか!そんな事無いよね!きっと幻聴だ!」
〔幻聴じゃない!〕
「幻聴なんてファンタジーみたいなことが現実にあるわけ無い!」
〔いやぁ、それがねぇ、あるん――〕
「うるさい黙れ!あんた何なの?名前は?」
〔俺が教えなくてもじきに分かる〕
この煽るような口調。漂っているような軽い態度。ただでさえ分からない事だらけだというのに、更に未解明の現実がのさばられ癪に障る。
「…じき分かるって…あっそ、それが嘘だったら何か芸やってよ!」
〔アハハ!アリスはやっぱり面白いなぁ~俺の目に狂いは――〕
「俺の目に狂いは…って、ちょっと待って。私はあんたと初対面じゃないの?」
これに何を言っても無駄だ。開き直って空へ怒鳴る。それに呼応する彼の次の言葉にぎょっとし、慌てて説明を求める。
〔おっと口が滑っちまった。これ以上は言えねぇ。〕
「何で?」
〔決まりだからなあ。こればっかりは俺でもどうしようがない。〕
「納得いかない」
理不尽な怒りを零すと困ったように声が止んだ。だが、幻聴はすぐに息を吹き返す。
〔話聞いてる分だと、必要最低限のこと以外はすっぱり記憶喪失みたいだな。…よし、アリスの記憶を取り戻す手助け、記憶にかかわるキーワードを教える。だから、自分でそれを手がかりに思い出せ〕
少しでも自分の記憶を取り戻したい。だが、それはかつての自分の嫌なことも思い出すことになる。
それでも、だとしても、このすっきりしないものが収まるなら、それでもいいのかもしれない。
「ヒントにかかわる単語っていうのは気になるけど、そんなこと気にしてたらきりがない、『ハイこれがあなたの記憶ですよ』――っていうのはつまらないし。」
自分の中で一区切りを付けるように言葉をそこで切り、口を開いた。
「その話乗った。やってやろうじゃない!」
〔さすがアリスだね。そう言ってくれると思ってたよ。それじゃ、1つ目の単語。いきなりだが、『愛してた』〕
予想の遥か上をいく言葉に不意を突かれ、パニックになる
「い、い、いきなり愛してたなんて、そんな…反則だ!」
頭に浮かぶ単語を呪文のように並べてひたすら口を動かしていると、ありもしない情景が視得る。全身の力が抜けていく。
〔い、言ってるこっちの身にも…って、どうした?アリス。〕
頬に触れる硬い地面で自分が倒れたことを知る。瞬きを何度もしてみるが、映像は途絶えることは無い。映像は目に、音声は耳に、温度や質感は神経に直接流し込まれているようにリアル。情報を得るための材料は揃っている。だが何かが欠けている。決定的な何かが足りない事は分かるのだが、それが何なのかが分からない。
「分かってるのに分からないの!嫌だ厭だいやだ!」
〔分かりそうで分からない、か…間違えたかな?じゃあ、『愛してる』〕
全てを拒絶するように叫びだした私に干渉せず、追い打ちをかけるように別のニュアンスの言葉を吐いた。
「ああっ!い…!」
更に現実味を色濃くする映像。強烈になる感覚。私とどこかで見覚えがある顔。聞き覚えのある声。柔らかな手の平。ほんわりとした空気に包まれると同時に、消えて欲しかったすべての情報が黒に塗れた。

ライセンス

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時空を超えて・前半

ラヴリーPの『VOiCE』を基に書いた話。

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投稿日:2013/12/27 06:14:51

文字数:2,436文字

カテゴリ:小説

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