8.
「お嬢様。危惧した通りの事態にございます。第七話は文庫本換算で約十二ページ、つまりは今までで一番の文章量を費やしているというのに、なに一つとして話が進んでおりません。わたくしといたしましては、今後のことが心配で心配で仕方ありません」
「なにを言っているの。こいつが洗いざらい話すと言っているのだから、ずいぶん進んだわよ。ねぇ、初音さん?」
「え? あ、はい。よくわからないですけど、巡音先輩の言う通りだと思います!」
初音さんの同意には、残念ながらまったく説得力がなかった。
「たったそれだけのために毎回一話分も使うようでは、一体何話で完結するつもりなのでございますか。もしも誰かに『先が思いやられる』と陰口をたたかれていたとしても、わたくしには否定のしようがないのでございます」
そんなことを言われても、実際にこれだけかかってしまったのだから仕方がない。それに、グミはその原因の片棒を担いでいるのだから、そもそもグミが言っていい指摘ではないのだ。そこまで言うのなら、この第八話で完結させて見せようか。……うん。どうやら調子に乗りすぎたようだ。どう考えても八話で完結なんて無理だ。八話で完結させるためには、今までの流れを全部無視して、この変態を殺すしかなくなくなってしまう。……いや、それはそれで今までの流れにのっとっているような気もするけれど。
ついでに、各話の収録後に毎回毎回口を酸っぱくしてグミに注意しているのだが、彼女の問題発言は一向に減らない。あ、今のオフレコで。
「拙者も、話に混ぜて欲しいでござる……」
……そうだった。無駄話をしている場合ではない。こいつの事情聴取をしなければ。
とりあえず、変態が洗いざらい話すと言ったので、結局三人とも部屋に残った。
「じゃあ、名前から吐いてもらいましょうか」
うむ、と尊大にうなずく変態。
「拙者の名は、るかと申す。職業は忍者でござる」
思わず、竹刀を振り下ろした。
「ぎゃん!」
竹刀で思いっきり殴られておいて、頬がゆるんでにやけているのが許せなくて、もう一度脳天目がけて竹刀をたたきつけた。こいつ、本気でご褒美だというのだろうか。ドMにもほどがある。
「あんっ」
声が艶っぽかったのが気に入らなくて、三発目を見舞った。
おかげで私の方が荒い息をつくハメになってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。冗談は止めて、本当の名前を言いなさい」
「じょ、冗談ではござらん! るか、というのは五年前に拙者が襲名した由緒正しき名でござ……げふっ」
「巡音先輩、無理しないで下さい。竹刀って慣れない人には意外に重いんですから……」
「そ、そこな美少女よ。心配するのはその巡音先輩ではなく、拙者の方でござるよ」
「なに言ってるんですか。巡音先輩を困らせているあなたがいけないんじゃないですか。ちゃんと巡音先輩に謝って下さい!」
「も、申し訳ないでござる……」
釈然としない、という表情だが、初音さんの気迫に負け、自称るかと名乗る変態は謝罪の言葉を告げる。
いやしかし、この変態の姿形が私に似ているというだけでも相当な屈辱だというのに、あまつさえ名前まで一緒だとは……。まるで、私の存在そのものを侮辱されているかのようだ。一体、私がなにをしたというのだろう。私のおばあさまが運営するこの巡音学園で、容姿端麗、品行方正、成績優秀を貫いてきた。なにも悪いことなどしていないというのに、おばあさまが名付けて下さったこのルカという名前が、こともあろうにこんな馬鹿と変態を地でいくおろか者と同じだなんて……。しかも職業が忍者ってなんだ忍者って。人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。そんなあやしげな響きの職業などあっていいわけがない。戦国時代じゃないんだから、現代で忍者なんてありえない。初めて見た時の紫とピンクの頭のおかしい色使いの装束は、言われてみれば色のトーンを黒にしてみれば忍者装束と言えなくもないような気がしないでもないと言ってもあながち否定できないような気がするようなしないような感じなのだが……。
いやしかし、名前が一緒なのはありえない。
職業が忍者なのもありえない。てゆうか職業として成立するはずがない。
「巡音先輩、落ち着いて下さい。こんなのと名前が同じでも、巡音先輩のすばらしさは変わりませんよ!」
「そうです。お嬢様、僭越ながら、初音嬢のおっしゃる通りでございます。お嬢様の偉大さは、お嬢様自身の行動と人徳、そしてもちろん胸の大きさと美しさによって培われたものにございます。たかが変態の一人や二人の姿がお嬢様に似ていたところで、その変態の名前がお嬢様と同じだったところで、お嬢様に対する皆の信頼が揺らぐことはありません。毛ほどの傷がつくことすらないでしょう」
「初音さん、グミ……」
二人の励ましに、思わず涙がこぼれた。
そんな私を前に、グミは拳を握りしめて熱く語り始めた。
「お嬢様、ここはむしろ、逆転の発想を持つべきです」
「逆転……?」
グミははい、と言いながら深くうなずく。
「たとえこの忍者るかの存在が皆に知られたとしても、むしろ、同じルカでもここまでひどい者がいることにより、お嬢様のすばらしさと胸の大きさがより際立つだけでございます。つまり、忍者るかの存在によって、お嬢様はより崇高な次元の存在へと昇華することが可能なのです!」
部屋のインテリアとして置いていたであろう、緑色のクッション状のスツールに、スカートがめくれるのも構わず足をかけて熱弁するグミ。レギンスを穿いているからスカートがめくれても大丈夫だけど、ちょっとは気をつけた方がいいと思う。どれだけ真剣な顔をしたところで、そのひげつきのメガネのせいで残念きわまりないのだし。
それはともかく、グミの熱弁に感動したのは事実だ。グミの言葉で、救われたとさえ思った。
「グミ……ありがとう。私、自分に対するプライドさえも投げ捨ててしまうところだったわ……」
「拙者、素直に話してもここまで虐げられてしまうのでござるか……」
もう一人のるかは、また泣きそうな顔になっていた。
「拙者も、先代からこの名前を襲名してからというもの、ろくな仕事にありつけておらんのでござる。現代には警備会社のSPとか他人のコンピューターに侵入するハッカーとか、拙者の仕事をことごとく奪っていく輩が多いのでござる。このままでは拙者は稼ぎが少なすぎて路頭に迷って……」
「あの、うるさいから私たちの誰かが許可するまでは黙ってくれないかしら」
「そうですよ。あなたは巡音先輩をとおぉーっても困らせてるんですから、余計なことは喋らないで反省しないといけないんですよ!」
変態は、怒り心頭で詰め寄ってくる初音さんの気迫に押されてたじたじになる……わけもなかった。なにせ、初音さんはグミから借りた「胸元に余裕のある」シャツを着ているのだ。中にキャミソールを着ているとはいえ、シャツの合間からは薄手の布越しに彼女のボディラインがはっきりとわかったに違いない。事実、奴は詰め寄る初音さんの胸元をもっとしっかり覗くため、精一杯に両目を見開いたのだ。鼻息荒い変態は、最悪という他なかった。
「ひっ、貧乳というのもすばらしいものでござるな!」
「きゃあぁぁぁ!」
変態の視線にようやく気付いた初音さんが、胸元を押さえて後ずさる。それと入れ替えに私は変態に近付き、竹刀で(少なくとも、私の主観においては)音速に匹敵するほどの速度で突きを放った。奴の腹部を深くえぐり取るかのようなそのすさまじい突きおかげで、その変態――自称るか――は奇妙な悲鳴をあげて、文字通り吹き飛んだ。
「ぎょべぇぇっ!」
「グミ」
「はっ」
「このクズを合法的に殺すにはどうしたらいいのかしら?」
私の問いに、しばし考え込むグミ。
「合法的に、となりますと……殺害後、正当防衛などの理由をつけて無罪を勝ち取る方法が一番よいかと思われます」
「そう、わかったわ」
私はグミの言葉にうなずいて、椅子に縛り付けられたまままたも転がっている自称るかに近付くと竹刀を構える。
「グミ、初音さん」
「はっ」
「はいっ!」
「二人とも証言してくれるわね。『巡音ルカは、寮内に忍び込んだ賊に襲われるも果敢に応戦し、死闘を演じた。結果、巡音ルカは辛くも勝利を収めるものの、相手は不幸にも命を落としていた。自身にも命の危険があったことを鑑みれば、あくまで正当防衛であり、過剰とは言えない』と――」
「もちろんです!」
「お嬢様のおっしゃることは、疑いようのない事実ですから、当然でございます」
「ちょっ、まままままま待つでござる! 拙者、殺されるほどの悪いことはしておらんのでござる。ええと、その……むしろいいことはいっぱいしているでござる! ……え? た、例えば? そ、そうでござるな。例えば……拙者はとても地球環境に気をつかっているでござる。なにせ、自宅を差し押さえられておる故、電気は一切使っておらんのでござる。これは節電のさらに上の段階とも言えるエコで、拙者が名付けるとしたらこれは……え、他には? ちょ、ちょっと待つでござ……ああいや、待たなくていいでござる! すぐに申し上げるのでござる。拙者、昨日は一週間ぶりに食事にありつけたのでござるが、その際、やってきた野良犬と半分こしたでござる。……あれ? お主達はなぜそのようにかわいそうなものを見る目をするのでござるか? そうでござるか。気にしなくていいのなら気にしないのでござる。あとは……ここに来る途中、道の隅に咲いていた小さな花を踏まないよう気をつけたでござる。他には、ええと、雨の日に喉の渇きをうるおしておったら……ん? もちろん雨で喉をうるおしておったのでござる。最近は川の水もそこまで綺麗ではござらんから、喉が渇いたら雨が降るのを待つのでござる。雨の日は水が飲み放題だし服も着たまま洗えるから、とてもエコな日でござる。それはともかく、話を続けてもよろしいでござるか? そうでござるか。では続けるでござる。えと、そう、雨の日に喉の渇きをうるおしておったら、一人の美幼女が泣きながら歩いていたのでござる。拙者、なんとかせねばならぬと思い、美幼女に話しかけて仲良くなり、家まで送り届けようとしたのでござる。途中なぜか誘拐犯と勘違いされ、必死に逃げ出したのでござるが……あの、なんでみんな泣いているのでござるか? 拙者、特に感動的な話をしたつもりはないのでござるぞ」
その自称忍者の自称るかの話を聞けば聞くほど、かわいそうでかわいそうでもう仕方がなくなってきてしまった。だが、騙されてはいけない。騙されてはいけないのだ。いくら自称るかがかわいそうな人生を送っていたとしても、変態であるという事実が揺らぐことはないのだから。
だが……そう、私自身の気持ちが先ほどとは変わってしまっているのは事実だ。それは認めよう。認めた上で、私は決断を下さなければならない。それはとても大変なことだ。
「るかさん。わかりました。これで十分です。私の気持ちは決まりました」
「おぉ、わかってもらえたでござるか! 拙者は――」
「私の、巡音法廷の判決は死刑です」
必死に自分の気持ちを押し殺して、できるだけ淡々と私は告げた。
なにかを言いかけていたるかは、私の言葉が信じられなかったのか、それ以上なにも言えなくなって固まっていた。
「お嬢様。いくらこの寮ですさまじい過ちを犯した張本人とはいえ、ホームレスで食事も水分もろくにとれない上、善意が勘違いされてしまうほどのかわいそうな人に対するその処置の理由を教えて頂けますか?」
グミの質問に、初音さんもぶんぶんとうなずく。
二人とも、私の回答に納得がいかなかったのだろう。
「彼女、るかは取り返しのつかない過ちを犯しました。それは二人とも了解しているわね?」
もちろん、とグミと初音さんはうなずく。
るかは、この巡音学園椿寮女子棟で風呂場に忍び込んだのち、私へと変装して脱衣室前に集まっていたみんなをびしょ濡れにした。その後、グミの部屋に侵入すると私の姿のままで初音さんを誘惑した。
それは間違いなく死に値する重罪である。だが、ここにきて私たちは、このるかがとても人間的とは言えない、とてもかわいそうな、残念な毎日を送っているという事実を知ってしまった。つまり、ここでただ彼女の罪を許してしまっただけでは、るかの悲惨な毎日がどうにかなるわけではないのだ。
グミや初音さんが考えるように、彼女の罪を許すことに私もさしたる異議はない。だが、それほど悲惨な彼女を救うには、それだけでは足りないのだ。
と、私はそういった思いをとうとうと二人に説明する。
二人が私の考えを理解するのに、そう時間はいらなかった。
「なるほど。つまり、このまま罪を許しただけでは彼女は救われない。つまり、現世の肉体から精神を解き放ってやらなければ、彼女自身の幸せが訪れない、ということなのですね」
「巡音先輩、まさか、そこまでこの人のことを思ってそんな決断をしていただなんて……。先輩はなんて気高い心を持っているんですか……!」
「二人とも、わかってくれて嬉しいわ」
「ま、待って欲しいでござる。拙者を救うと言っておるものの、やることは拙者を殺すことなのでござろう?」
「るかさん。結果が大事なのではありません。そこに至るまでの思考こそが重要なのです」
「いやいやいや、なにやらとても崇高な思考をしているようでござるが、拙者にとってはその崇高な思考よりも『殺される』という結果がなにより重要でござるぞ!」
「あなたにも、いつかわかる時がきます」
「死んでしまっては、わかる時など永遠に訪れないでござる!」
「……」
確かに。
るかの言葉に妙に納得してしまったものの、それはそれ、これはこれだ。彼女を救うために、彼女の心を解き放つために、私は改めて竹刀を構えた。
「さらばッ!」
「のぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
――ただいま、公共の場にふさわしくない、たいへん不適切な表現が繰り広げられておりますので、文章を変えてお送りしております。ご覧の皆様には多大なるご迷惑をおかけ致しまして、まことに申し訳ございません――
Japanese Ninja No.1 第8話 ※2次創作
第八話
またも文字数で引っかかりました。
なので、例によって続きは前のバージョンになります。
今度は7538文字、前回より多くなってるじゃんというツッコミはなしの方向でお願いします。
まあそんなわけで、主人公がルカで、忍者の方もるかです。
GeishaとNinjaで悩んだ挙げ句、「どっちもルカにすればいいじゃん!」という感じで落ち着きました。
いやしかし、忍者の方の名前を出すまで長かったなぁ……。
「AROUND THUNDER」
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