天気がいいとはお世辞にも言えない、曇り空の昼間。天の恵みを待ち侘びるようにざわめく木の葉。人々が生活する音色は、雨を恐れ、外ではなく家の中で響いている。赤ん坊の泣き声とそれをあやす母親の甘い子守唄。 子供が走り回る軽やかなステップ。 長い長い世間話のささやき。 幾多の世界を横目に歩く足取り、浮遊する思考回路。
 
シーマスの家へ辿り着き、植木鉢の中に隠してある合鍵を使って勝手に入る。 そのままリビングを突っ切り、半地下にある作業場へ行くと、不在だと思っていたシーマスが機械の修理をしているところだった。
 
「…いたなら鍵開けといてよ紛らわしい」
「最近物騒だからな、殺人犯とか勝手に入り込む女とか」
「そう思うならあんな場所に合鍵置かなきゃいいでしょ」
「他の場所は面倒だ。忘れるし」
 
工具を作業台に置き、肩に手をあてて首を回しながら作業を中断する。 パソコンの前の椅子に腰掛け、私には適当に座れと手をひらひらさせる仕草だけで言う。 適当に座れと言ったってロクに座るスペースも無いので、まだ修理されていない古いテレビに腰掛けた。
 
「リンとレンの所有者変更、国に報告しなきゃならないの。 元は清水谷のボーカロイドだから そう変な機能はついてないと思うけど、一応点検してくれる?」
「金取るぞ」
「わかってるよ。 あとそれから…カイトとめーちゃんも、一緒にお願い。余計な機能は取っ払っちゃって」
 
どうでもよさげだったシーマスがふと手を止めてしげしげと私の顔を覗き込んだ。 足をぶらぶらさせながら、揺れるつま先を見つめ、シーマスが抱いているであろう疑問に答える。
 
「…リンとレンの申請するついでに、カイトたちのことも新規登録するつもり」
「………。警察に見られてるだろ、登録前にカイトたちのことを。近所にだって知られている」
「そのへんは上手い事誤魔化すよ」
「流石にそこまで馬鹿じゃないだろ、国は」
「わかってる。でもしなきゃいけないことだと思ってる」
 
カイトとメイコは不正ボーカロイドとして隠されてきた。本来のボーカロイドには禁止されている機能も多く付加され、時にボーカロイドとしての役目よりも他の機能に重点を置かれたこともあっただろう。 今私が彼らの側にいるとしてもやっていることは大して変わらない。存在を隠し、歌わせてやる事も出来ていない。 ―――同じに成り下がりたくないのだ。彼らも存在しているのだということ、胸を張って言えるようになりたい。
 
「…ああ、私って馬鹿みたい」
「そうだな。ボーカロイドはただ歌うだけのアンドロイドだっつってたヤツが」
「世界の大半はそう思ってるよ。近づかなければわからないことだった」
 
考えれば考える程 意識が溶解するような気分になる。 捨て去った過去が元の形を取り戻そうと本体を引きずり込もうと触手を伸ばし、絡めとり、頑丈な蓋をこじ開ける。 今までは抵抗していたが―――カイトたちと出会い、ボーカロイドを身近に感じた時から、抵抗をやめた。 受け入れなければいけないことだと知った。
 
「…世界の大半が“そう”だったからといって、許されるなんて思っちゃいない。 私は、間違えた。間違えたまま、平気で侮辱するような真似をしていた。 …これは罪滅ぼしなのかもしれない」
「エゴだよ。勝手な自己満足だ。過去は変えられないし、ボーカロイドはお前程度のことなんざ眼中にねえだろうよ」
 
彼らは歌うことだけを愛し、声を響かせることだけに喜びを感じているのだから。 妬み僻み嫉み、恨み辛み憎しみ、人間が感じるようなものなど感じず、ただ自分が歌っているという幸せを真っ直ぐに受け取ることが出来る―――それがボーカロイドだ。 ならばシーマスの言う通りだ、私は最初から最後まで自分勝手な真似をし続けている。 ふっと自嘲の笑みを零すと、シーマスは私へ向けていた視線を何処か遠くへと投げ出し、平淡な声で呟いた。
 
「…だけど、やろうとしてる事ぁ間違えてないさ。 ただ履き違えるな。無闇矢鱈に抱え込むな。 単純な好意にいちいち裏打ちつけてる暇があるなら、アイスの一つでも買ってやれ」
 
まるでボーカロイドのように、よくわからない自分の心の裏側など考え込まず、ひたすら真っ直ぐに愛す事。 …邪だらけの私に出来るかどうかわからないが、確かに、それはとても大切なことだ。 今度は自嘲ではなく純粋に滲み出る笑みのまま、俯けていた視線を仰ぐように高く高く。
 
 
「―――それと、お酒かな。 ねえ、あの双子は何が好きだと思う?」
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 23

こんにちは、雨鳴です。
伏線を回収するつもりが少しずつ増えているというね。
毎回こうなるからどうしようもない。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:366

投稿日:2009/08/15 09:58:41

文字数:1,909文字

カテゴリ:小説

  • コメント5

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  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    じゃあ、ちょっと測ってみますねw

    ついでに、写真を見ていただいてありがとうございます^^
    襟裳岬行きましたw
    風、本当に強かったです^^;

    2009/08/16 17:52:03

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    さあ、一体どれだけの量になるやら(汗)
    未だかつて測ったことがないので…!
    とりあえず書いた本人が驚く量にはなりそうです。

    2009/08/16 17:26:40

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    伏線回収を諦めるって……www
    40話いってもいいと思いますよ!
    これ、A4にしたらどれぐらいになるんでしょうか?(私、基本的にA4サイズで測っているんでw

    2009/08/16 17:22:28

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    終わりに近づいていると宣言した後でよくよく数えてみたら40話くらいいきそうでした。
    毎回こうなるからどうしようもない。
    伏線回収は諦めて次々伏線増やそうかな、はは…(沈)

    2009/08/16 15:15:19

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