「突然、人が少女になった。それは知ってるよ悟くん。とりあえずお店に行こっか」

彼女はそう言いながらこちらの言葉を待たずに背を向けて歩きだした。
晶さんは話を飛ばすことが多い、それまでの話の流れとは違うことをいきなり言い出したりする。
こちらの話した内容に受け答えをしないこともよくある。
でも人の話を聞いていないとかそういうのじゃない。
ジグソーパズルのピースを大胆に配置していくような感じで、終わってみれば１枚の絵になっているのだ。

彼女に追いつこうと歩幅を大きくとるように右足を前に出す。
この辺りは少し窮屈なくらいに家屋が密集していて、その中を走る道は曲がっていたりして幅も狭い。
人が普通に並んで歩くと道幅の半分はつかってしまう。
道の右端を歩いている彼女の左斜め前に出ようとしたところで、少し先にある十字路の交差点からシルバーのセダンが出てくるのが見えた。

「悟くん、さっきの歌を知ってる？」
「…さっきのっていうと」

乾いた空気を震わせるように前方から車のエンジン音が伝わってくる。
前部にボンネットがある４ドアの珍しくもない乗用車、こちらに向かってくるそれを気にしながら勢いをつけて彼女を追い越し右に寄った。

「今、市内放送で流れた曲のことだよ」

横を通り過ぎていくその車は国産メーカの高級モデルのセダンで、流れるような整ったデザインが優雅さを感じさせる。
それを運転しているのはたぶん少女だ、今の親父や未来に似た。
この距離では瞳の色はわからないしマスクをしているから顔もはっきりとはわからないが、だぶついたワイシャツを目立たせるその小柄な体やオレンジ色っぽいミディアムヘアを見てそう思った。

「俺、あの曲を知ってます、ボーカロイドの曲ですよね」
「うん。鏡音リンの曲だよね」

彼女は鏡音リンを知っていた。
それは驚くべきことじゃない、自分たちの世代ならば初音ミクなどのボーカロイドの曲を耳にしたことがあるだろう。
そしてその流れでこの名前を知ることは珍しいことじゃない。
でもこの有名ではない曲を知っている人はとても少ないはずだ。
鏡音リンの曲は今でも生み出され続けていてかなりの数になっている、サイトや掲示板などで話題にもあがったことがないこの曲にたどり着くのはとても低い確率だと思う。
実際に、動画投稿サイトに投稿されたこの曲の再生数はとても少なかったはずだ。