そっとカイトの部屋の扉を開けると、薄暗い部屋からかすかな寝息が聞こえた。
真ん中に置いてあるベッドに、毛布に包まったレンがいる。ベッドの上に腰掛け、そっとその髪を撫でると、リン同様、頬には少し涙のあとが残っているのが分かった。
「…メイコ姉…?」
目を覚ましたレンが、ぼんやりした顔で私の名前を呼んだ。寝起きがリンとそっくりだ。
「…少しは落ち着いた?」
「ん…」
目をこすりながら、レンは体をベッドに起こす。そして伺うように私の顔を覗き込んだ。
「…リン、怒ってた?」
「わんわん泣いてたわ」
やっぱり、とレンはため息をついて、がしがしと頭をかく。
「…今回のことは、あんたの言葉足らずね」
「……」
「『お前と歌うのがイヤなんだよ』なんて、言うべきじゃないわ」
「…分かってるよ」
「うん、なら良し」
「…ごめん」
「私に謝ってどうするの」
「…うん」
ぽん、と頭を撫でる。髪質もリンとそっくりで、金色の髪が指をするりと抜けていく。
すると、ぽつりとレンが呟いた。
「…でも、あの歌をリンと一緒に歌うのはイヤだったんだ」
「……」
「…でもマスターは『2人で歌わないと意味がない』って…」
「……」
「…リンが死ぬ歌を、リンと一緒に歌うのは俺には無理だよ」
「…レン」
目に涙を溜めたレンをぎゅっと抱きしめる。嗚咽をこらえるように喉を詰まらせる弟に、我慢しなくていいわよ、と囁くと、ようやく堰が切れたように泣き始めた。
私たちはボーカロイドだ。
マスターから与えられた曲に命を吹き込み、それをたくさんの人に届けるのが使命。
…しかし、そこに気持ちが加わらなければそれは「歌」にはならない。この曲だって、無理やりレンに歌わせたとしても誰の心にも届かないだろう。
それは、きっとマスターも分かっているはずだ。
「ただいま」
突然パッと部屋が明るくなった。
驚いて振り返ると、そこにはカイトの姿があった。いつの間に戻ってきたのか、手には白い紙の束を持っている。
「…レン、マスターからお届けもの」
そう言うと、カイトはその紙の束を放り投げた。ベッドの上でレンがキャッチし、恐る恐るそれを覗き込む。
それは、新しい楽譜だった。 自動的に、頭の中で音符を追う。流れてきたのは、最初の曲と同じくらい、綺麗な旋律。 歌詞を指で追っていたレンが、その動きを止めた。やがてその口から紡がれる歌詞に、私は耳を傾ける。
『やさしいうた うたっていてね こどくなセカイにつつまれても ずっとそばにいるよ わすれないでね あなたはいつもひとりじゃないよ』
ああ。これは、アンサーソングなんだなとすぐに気がついた。
きっと、リンが歌うための。
残される者への愛情が溢れた、包み込むような優しさの歌。
絶望の先には希望があるのだと、信じさせてくれるような、そんな歌だ。
あの曲が影なら、この曲は光だ。
影があって初めて、この曲は生きてくる。
――そして、もちろんその逆も。
レンはぎゅっと唇を噛み、食い入るように楽譜を見つめている。そこに込められたマスターの気持ちごと受け取るように。
「…仲直り、してこなくていいの?」
「リンは、ミクの部屋よ」
「……」
私たちの顔を交互に見つめてから、レンは楽譜を握り締めて部屋を飛び出した。
まったく、手のかかる弟妹だ。
残された私たちは、顔を見合わせて笑った。
「それにしても、見事な解決策だったわね」
その後、リンとレンは恥ずかしそうに手を繋いで姿を見せた。
ミク曰く、「リンちゃんが『死ぬわけないじゃない、私たちはずっと一緒なんだからっ!』って叫んで抱き合って仲直りだよ」ということらしい。(その後顔を真っ赤にした二人から口を塞がれていた)
元々マスターはあの2曲を二人に歌わせるつもりだったらしい。レンがレコーディングをすっぽかしたことに関しては怒っていないけど、ペナルティとして猫耳魔法少年の電波ソングを歌わせてやると宣言していたそうだ。
食事のあと、食器を洗いながらくすくすと笑っていると、カイトがじっと私を見つめる。
「なによ?」
「…めーちゃん、あれ俺と歌えってマスターに言われたら、すぐ歌える?」
「うん」
「えー、ほんとに?」
「だって、歌うのが仕事じゃないの」
「そうだけどさぁ」
ぶつぶつと唇を尖らせるカイトの横顔を見て、私はつい吹き出してしまう。レンといい、カイトといい、仕方ない弟たちだ。そう言うと、食器を拭いていたカイトの手がぴたりと止まった。
「…俺も、弟?」
「?そうよ?レンもあんたも可愛い弟」
何を今更、と笑うと、すっと背後にカイトが移動する。
振り返ろうとすると、腰元にカイトの腕が伸び、ぎゅっと体を抱きしめられた。
「ちょっと、洗い物出来な…」
「俺は、レンと同じでめーちゃんの弟でしかないの?」
耳元で囁かれた低い声に、どきんと胸が跳ねる。囁くだけでなく、軽く耳朶を噛まれて悲鳴を上げそうになってしまった。いきなり耳はやめてって言ってるのに、聞きゃしない。
「じゃあ、めーちゃんは」
するりと胸元にカイトの手が侵入する。普段はヘタレなくせに、こんな時だけカイトの右手は強引だ。
「ちょ、どこ触って…」
「めーちゃんは、レンともこんなことするの?」
大きな手が、遠慮なしに私の体を這う。強引に、でも優しく。この手はずるい。いつも私から拒否権を奪う。
「ねぇ、答えて、めーちゃん」
「…っしないわよ…」
「本当に?」
「…しないって…わかってるくせにっ…」
「…今日、ベッドの上でめーちゃんがレンと抱き合ってるの見たときの俺の気持ち、分かる?」
左手が、わざとゆっくりした手つきで胸元のジッパーを降ろす。露になった黒いインナーの下で、カイトの手がうごめいているのが分かる。
「ちょっ…やぁっ…」
「…だから、メイコの口から聞きたいんだ。俺だけだって」
久しぶりの呼び捨てに、また胸が跳ねた。
翻弄されてる。それは十分分かっていたが、自分の体が言うことを聞かない。何度となく夜を繰り返しても、この手に抗う術が見つからないのだ。憎たらしいほどに。
洗い物の水音がやけに大きく部屋に響く。よかった。そうじゃなければ、妹弟たちに、声が聞こえてしまう。
「めーちゃん、俺を見て」
くるりと体の向きを変えさせられ、カイトと向き合う。
まっすぐに私を見つめるカイトの瞳の中には、私が写っていた。
「めーちゃん、好きだよ」
「……」
「弟じゃなくて、一人の男として、俺はめーちゃんが好きなんだ」
「……」
「だからめーちゃんも、姉じゃなくて、一人の女として俺のこと愛して」
「……」
「…めーちゃん?」
「…分かってるわよ、そんなこと」
視線をそらすと、ふっとカイトが微笑んだ。いつもベッドで見せる、勝者の笑み。
ああもう。この顔を見たら、白旗を揚げるしかないのだ。
ああ、洗い物、残ってたのに。
…あとで責任とって、カイトにやらせればいいかしら。
弟のくせに。ヘタレのくせに。変態のくせに。
たくさん言ってやりたいことはあるけれど、その言葉は、全部カイトの唇に吸い込まれていった。
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元々は歌手を目指す人々が、防音されている為入居する事が多かったただの寮。
現在は『クリプトン』と『インター・ネット』の2プロダクションが運営し、所属ボーカロイドを住ませている為、ボカロ寮と呼ばれる。
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架月 翔
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ご意見・ご感想
kmsaiko
ご意見・ご感想
初めまして(・ω・)/
読ませていただきました。キャラ設定がいいですね!!物語も読みやすくて(>∀<)
レン君もリンちゃんもお互いが大好きなんだなぁって伝わりました!
最後は素敵な年長組(*´`*)
ブクマさせていただきます!
では、夜分遅くに失礼しましたm(_ _)m
2010/01/01 02:15:24
キョン子
メッセージありがとうございます!!
まさかこんな自己満足な作品にメッセージをいただけるなんて思ってもいなかったので、すごく嬉しいです!!
カイメイ好き、というかめーちゃん好きなので、これからもめーちゃんが愛されている創作をしていきたいですv
駄文で申し訳ないですが、よろしければまた読んでやってください。
ありがとうございました!
2010/01/02 00:20:28