夜も更けて気が付けば何人かは眠ってしまった。ソファで寝息を立てている菫に毛布を掛けると足音を立てないようにそっと2階に上がった。扉の前で見張る様に立っていた真壁がパチンと携帯を閉じて向き直った。

「緋織は?」
「ご心配無く、中で寝かし付けましたから。」

ポーカフェイスだと思ってたけど、緋織の事となると極端に表情に出る奴だ。怒りと言う悲しそうな顔をしていた。

「今のお前なら緋織から全部読み取ったんだろ?」
「ええ、本人は覚えてないみたいですけどね。」
「そうか…。」
「話して貰えますか?」
「ああ…。」


――1年前のあの日、迎えに遅れた侑俐を嘲笑う様に緋織が誰かに連れ去られた。一緒に居る筈の新人刑事は携帯で話をしていて緋織を見ては居なかったらしい。数時間後、靴のGPS反応から緋織は見付かったものの、血塗れでショック状態に陥っていたらしく、無論そんな緋織を見た侑俐も少なからず自分を責めていた。

「侑俐!…何があったんだ?緋織は無事なのか?」
「…れのせいだ…俺が…遅れたりしなければ…!」
「おい侑俐!お前がそんなんでどうする!」
「じゃあ見たんですか?!先輩緋織に会ったんですか…?それでも…しっかりしろって言うんですか…!」

侑俐との付き合いは長いから、こいつがどんな事でどう言う反応をするかも大体知っていた。だけどこの時明らかに侑俐はおかしかった。状況を聞いただけだった俺はそのまま緋織の病室へ足を運んだ。ノックをしても返事は無かった。

「…緋織?」

緋織は薄暗い病室のベッドにぼんやりとした様子で座っていた。俺の方を向いては居たが、どこか焦点の合ってないガラスの様な目をしていた。余りに無機質で背筋がさーっと寒くなった。

「…この人です…。」
「え?」
「この人です…間違いありません。この人です…おうちに帰らせて下さい、この人です…。」
「緋織?緋織?緋織?!」
「おうちに帰らせて下さい、この人です、おうちに帰らせて下さい、この人です、間違いありません…。」

うわ言みたいに何度も繰り返していた。肩をゆすっても、名前を呼んでもそれしか言わなかった。ゆっくりとドアの音がした。侑俐だった。

「…緋織に証言を強制したのか?こんなになるまでお前は止められなかったのか?!」
「すみません…!」

悔しさと遣る瀬無さで涙が込み上げた。

「おうちに帰らせて下さい…おうちに帰らせて下さい…おうちに帰らせて下さい…。」
「…緋織…もう大丈夫だよ…目を閉じて。」
「先輩…?」
「犯人は侑俐が捕まえてくれた、もう大丈夫だ。侑俐がお前を助けてくれた。だからもう眠って良い。」
「…侑俐さん…?大丈夫…?」
「もう大丈夫…おやすみ、緋織。」
「先輩…?何を…っ?!」
「お前も忘れろ、緋織はお前が助けた、そしてこれからもお前が守ってやれば良い、今までと何も変わらない。そうだな?侑俐。」
「…は…い…。」
「…おやすみ。」

カウンセラーとして、やってはいけない事だと解っていた。だけど見てられなかった。2人をこれ以上苦しめたくはなかった。


「――そこからはお前も知っている通りだ。」
「…安心しました。」
「え?」
「方法こそ間違っていたけど、2人を守ってくれた事は変わらないですから。」

そう言って軽く頭を下げると、真壁は部屋に戻って行った。

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いちごいちえとひめしあい-126.虚言-

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投稿日:2012/06/08 11:31:33

文字数:1,390文字

カテゴリ:小説

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