この日久しぶりに洋服や生活必需品以外で1万円以上するものを買った。その買ったものというのは、背は180センチ位で細身、青い髪に悪意の全くなさそうな草食動物みたいな顔、青いマフラーに真夏だと言うのに白を基調とするコートを着ていて澄んだ目でこちらが何か言うのを待っている青年、ボーカロイドのKAITOだ。
私、二宮ゆきのはこの春大学に進学したばかりの大学1年。一応生物学的には女。一人暮らし。大学に入ってから始めたバイトの貯金をはたいて彼を買ったのだ。
「マスター。えっと、自己紹介させていただいてもいいですか?」
私が結構苦学生には痛い出費にこれからの節約計画をかんがえながらぼーっとしていたらKAITOがおずおずと口を開いてきた。
「ん?ああ、ごめんね。あなたをこの家に上げてから一回も口利いてなかった。自己紹介、聞きたいな。聞かせてちょうだい」
私はあわてて笑顔を作ると、目の前の彼になるべく優しい声で許可した。するとぱあっと明るい笑顔で
「ありがとうございます。僕はクリプトン社のボーカロイド KAITOです。この名前は商品名なのでそのままカイトでも別の名前を付けて下さっても構いません!特技は歌です。好きなものはアイス。特にガリ○リくんは一回に30個以上は食べれます」
と自慢げに私に自己紹介してきた。
歌よりアイスを一回に30個食べられるほうがすごいと思ったからそっちを特技にした方がすごいって言われるよって言いたかったけど、こんな純粋そうな子に言ったら何か泣かれそうだからやめといた。
「マスター、次はマスターがお願いします」
「へ?何を?」
にこにこにこ~と私に何かを促してきたカイト。だがよく意味が分からずに聞き返してしまった。
「何って、やだな。自己紹介ですよ。一応名前はアマゾンで注文のされたときに聞いたから知っているけどパーソナルデータとか全然知りません。僕は今からマスターの曲を歌わなきゃいけないんだから得意なジャンルの曲とか好きなアーティストとかも教えていただきたいです」
すごくやる気のある目の彼。私はその迫力に半ば押されそうになりながら自己紹介を始めることにした。
「私は、二宮ゆきの。大学1年生です。好きなものは音楽鑑賞。特に映画音楽とか古い洋楽とか好きかな」
「洋楽ですか…。僕、あんまり英語得意じゃないけどがんばります!!」
その純粋な反応に私は心が痛んだ。なぜなら私は曲なんて作れないし、DTMなんてものもいじったことのないずぶの素人。なぜボカロであるカイトを買おうと思ったかというと実はもう一つの趣味。動画鑑賞が関係していた。
動画サイトで毎日のように日本中、いや世界中から投稿されるボカロの動画。その中で私が一番好きなのはトークロイドと呼ばれるものだった。トークロイド。略してトクロは本来歌を歌わせることを目的にしたボカロを喋らせているものだ。なかでも漫才や寸劇風の動画などは私のお気に入りだった。せっかくの大学時代をこのまま、つまらなくしていいのか。という自問自答をしながら日々すごしていた時、思いついたのが自分もボカロでトクロの動画を作ろうということだ。
だから、歌わせる気はさらさらなくて…。
「えーーーー!!」
カイトはそれを聞いて声をあげてしまった。
「ごめんね。あなた歌うのを楽しみに家に来たのにね…。私が嫌な主人なら言ってちょうだい?すぐにあなたを元の場所に返すから」
「何言ってるんですか!!そんなことないです。帰るなんてとんでもない!!すごいですよ!だってマスター」
「ゆきのでいいよ」
「ありがとうございます!だってゆきのさんは全く知識もないのに新しいことを始めようと思ったんでしょう?それってすごく勇気の要ることですよ。なのにただの動画の視聴者じゃなくて自分が発信元になろうってやる気だすなんてすごい!僕感動しました!こんなに感動したのはガリガ○くんで連続2回のあたりが出て以来ですよ!!!」
と、感動のためか涙を流しながら力説しているボカロ。アイスの連続あたりと同レベルの感動ってちょっと微妙だけど彼にとってすごいことだと言うことが伝わってきた。
「あ、ありがとう…。それじゃ、これからよろしくね。たはは…、実はまだあなたに喋らせるネタできてないんだけど、ごめんね」
「大丈夫です!!何時までも待ちます。なんならこれからこの部屋の家事炊事全部僕がします!その分の時間を創作にまわしてください!!」
と自分の胸をドンとたたいて力強くカイトは言った。
実は私は他人に期待されることが嫌いだ。
過去の経験から他人の期待に答えられなかったときの挫折感に恐怖を感じていたからだ。だけどなぜか彼の期待は限りなく希望に近くて。そう、マシンであるはずのカイトの目がキラキラと輝いているように彼の期待もとても綺麗で、それに答えてあげたいという純粋さがあり、期待され希望をもたれることは全然イヤじゃなかった。
こうして私と彼の共同生活が始まったのだ。
つづく?
あとがき
よくある日常の中にカイト兄さんを飛び込ませようとしたらやまなし、おちなし、いみなし。な話になってしまいました。
つづきをもし書くとすれば日常的な同居物のラブコメ展開。でも多分続けられない。
こんなので本当に申し訳ありません。ここまでお読みくださりありがとうございました。
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