ある公爵の話1
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男は深く椅子に座り込み、長い指に己の長い髪を絡める。
膝に緑の眼の女がやわらかい体を寄せてきて、わずかに唇を綻ばせた。
すると次に赤い爪に彩られた細い指が男の座る椅子にしなだれかかり、細いながら扇情的な姿態の女を男が見やれば、自身の手から髪が絡め取られ反対方向に目を向ける。
華奢な長い髪の女が頬笑み、男の髪に口付けをしていた。
そして、空になった手を取り、手の甲に頬を押し付けてきたのはゆるい巻き毛の少女だった。
「――…お前の眼の色はとても美しい」
上目遣いの少女に男が眼を伏せて言えば、少女は嬉しそうに微笑んだ。
男はひっそりと笑い、その笑んだ形の唇で、
「…だが、その色ではない」
呟きながら男は思索する。
来週はあの侯爵の領地へ狩りに出掛けよう。まだあの地には己が見ていない女がいる。
ヴェノマニア公の存在は、とにかく青天の霹靂だった。
かろうじてこの国の王室に名を連ねていた彼の父親が流行病で亡くなり、何かしらの画策を経て彼は公爵位を継いだ。さほどの所領もなく、社交界にも現れない無名の男だった。はずの男だった。だが、その日から彼の噂は国中を駆け巡った。
いわく、魅入られるような悪魔的な美貌をしている。
大概の美しい男など見慣れていた国中の淑女が公に夢中になった。群がり、争い、たちまちにヴェノマニア公は荒淫で名を馳せることになる。
公は見る者の理性を溶かすような美貌をなぜか隠匿するように屋敷に籠った。それがさらに公の価値を上げ、公に心奪われた女たちは屋敷を訪ねたまま帰らなくなった。
妻や娘を迎えに来た者もいたが、その者たちはことごとく追い返された。むしろ迎えに来た者が女であれば、同じように公の元に留まった。
女たちに侍られる公は異様であった。吝嗇家の少なくないこの国でも数も質も圧倒的に占領しすぎていた。
そうして、ひそやかに更なる噂が囁かれるようになる。
ヴェノマニア公は悪魔なのではないか、と。
「――……おいで」
男は新たに屋敷を訪ねてきた女に手を差し伸べた。
整った美貌に薄く笑みを捌かせながら、
「お前の、住む地方にはお前のような眼の色の淑女はもういないのか?」
男が尋ねると、女は己だけだと誇らしげに笑った。それに男は女を腕の中に抱き締める。
「…、そうか」
久方ぶりに屋敷を出たというのに、また見付からなかったか。
男の溜め息は女には聞こえなかったらしい。男の胸に擦り寄ってくる。
男は女の頭越しに、女の後方の廊下に気に入りの女たちが立っているのを見た。
彼女たちはそれぞれに嫉妬の表情を浮かべていた。男はそれを見ながら、新しい女に口付けをする。
のぼせた女は嬉しげに頬を染めた。
そして、肌蹴させながら押し倒せば、柱に隠れ、あるいは隣室で聞き耳を立てていた屋敷中のあまたの女たちが、妬心に身を焼く。
女の肌に身を埋めながら、男は虚ろに汗を滲ませる。
冷えた眼で、彫像の影に隠れるゆるい巻き毛の少女を見た。
「……これくらいの年頃だ」
男は今抱いている女ではなく、少女に語りかける。
少女は男の視線を我が物にし、微笑んだ。だが、
「…お前が僕を疎んじて蔑んでいた頃に、一人だけ遠巻きに見ていた娘がいただろう…?まだ思い出さないか」
と男が続け、細い顔が嫉妬に歪む。
男が記憶する少女の過去の顔と、それは大差ない。
屋敷に一枚もない男の肖像画を焼こうと言ったのは、少女だった。「あんなものいらないじゃない」と可憐な唇がさえずり、その時も醜かった男には己を嘲り笑った少女の顔が重なって見えた。
「…ッ、」
自業自得でもあるが過去の傷を巧妙にくすぐられ、男は黙る。
そのまま無言で目の前の女の乳房に顔を埋めた。
家僕を一掃した屋敷を保たせているのはくしくも男に群がった女たちだった。男は屋敷の地下室で女たちと戯れ合うようでいて、そこに縛られているようでもある。
細い腰を抱きながら、まだ弱々しい女の喘ぎ声に男は心を慰撫させることにした。
やわい肌を撫で下ろし、過敏に震える唇を塞ぎ、
「…っ…ふ、……っ」
情欲のまま蹂躙しているようで女たちに貪られているようだと思った。だが、かつての現実にもう二度と戻れないのは男も同じだった。
続く
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「ヴェノマニア公の狂気」
作詞:悪ノP
作曲:悪ノP
編曲:悪ノP
唄:神威がくぽ
コーラス:巡音ルカ・初音ミク・GUMI・MEIKO・KAITO・KAIKO
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