『ブルの国』とは、この大陸の中央に位置する大国だ。
実質、この大陸の支配国と言っても過言ではない。
対して。
我らがリン王女が治める『ミラの国』は、大陸一美しい国と言われてはいるものの、ブルの国に比べれば小国で、権力もそこそこの末端勢力と言えよう。
そんなブルを治める、雲の上の存在『カイト王子』に謁見するべく、王女自ら馬車に乗り、ブルに赴くことになったのは昨夜の事。
そして、今朝方から揺られ続けること数時間――。
「ねえ、ブルはまだなのかしら?」
退屈で死にそう、といった面持ちで彼女は私に問いかける。
私はそれが可笑しくてたまらなかった。
「王女、先程昼食を食べたばかりでしょう?」
それを悟られないように、読んでいた本で顔を隠しながら答える。
「……それが、なにか?」
「昼食はあと一食分あります。そういうことです」
沈黙。
のち、溜め息。
「城のソファーを持って来ればよかったわ。この椅子じゃ硬すぎる」
傲慢。
「入らないですし、運ぶ手間がかかります」
「それをどうにかするのが、家来の務めではなくて?」
傲慢そのに。
「あーあ、そもそも遠くへ行くのに地を走るという発想がどうかと思うの。空を飛べばいいのに」
傲慢……いや、傲慢か?
ていうか、
「何故、王女自らがブルに赴かねばならないのです?」
私は本を閉じ、彼女をまじまじと見つめる。
そう。
そもそも私は、その理由を聞いていない。
ただ、語らないということは、語りたくない、あるいは語る必要が無いということだ。
その場合、基本的に私はそこに干渉しない。
リンはあらゆる孤独を背負う王女。彼女の中だけで完結するならば、それで彼女は満足する。
「……聞く?」
故に、それを侵すことが出来るのは彼女だけ。
「ええ、宜しければ」
そしてそこに至るのは私だけ。
「……ふぅ」
彼女はドレスの袖に手を入れる。そしてゴソゴソと何を取り出すのやらと思えば、出てきたのは青色の小さな箱だ。
それは簡素な造りだが、一目で単なる箱ではないと理解できた。
「……ブルの紋章……」
人の首から伸びる青龍が描かれた紋。カイト王子が首に巻くマフラーをイメージして作られた、かの国のエンブレムだ。
「あ、これそうなの?」
「知らなかったんですか!?」
「ええ、まあ……どうでもいいから」
昨日に引き続き、相変わらず世間知らずというか……もう、物事に無関心すぎる。
「昨日の夕刻よ。これを持って、ブルの国の使者が現れたのは――」
曰く。
現れた使者は開口一番、こう告げたらしい。
「貴方は選ばれた」
何の話か? 問うたのは大臣。
王女は不貞腐れた面で、その様子を眺めていた。
ここは私の勝手な主観である。ご容赦願いたい。
「ブルの国の王子、カイト様の姫君に、だ」
……え、何に?
あまりに唐突な言葉に、思わず王女も間抜け面。
ああ、何度も言うがここは私の勝手な主観である。どうか内密に。
「これがその証である」
そう言って取り出したのが、件の青い箱。
「――それでその『指輪』を?」
開いた箱の中身は、青い宝石が散々と輝く、神々しさすら感じられる指輪だった。
「あちらの風習で、『婚約指輪』というらしいの。指輪を渡し、愛を伝えることで結婚を約束するそうよ」
「へえ、それは初耳ですね」
とは言えど、指輪ひとつで愛は約束されるのか。
まあ、この王女に限ってはそんなことは有り得ないけど。
「とにかくそういう事だから、一度会ってみて決めようかと思って。悪い話でもないでしょう?」
ほらなあ。
しかし、確かに悪い話ではない。
はっきり言って政略結婚だろうと何であろうと、飲むべき話だ。それは我が国にとって相当の利益であり、かつ王女の支配を広げられることが出来る。
が、それはこの指輪が本物であった場合の話。
「どこからどうみても、本物でしょうね」
「いえ、指輪が、ではなくその使者のことです」
そもそも何故その使者を送り出し伝えたのか。鳩でも飛ばせば済む話だろうに。いや……もしくはこの指輪が、鳩では送り出せないほどの代物なのであろうか。
「……あれこれ考えても、脳が歳を取るだけよ」
王女が小窓から外を見つめ、遠まわしに「飽きた」と言う。
何だか少し呆れているように感じる。
「脳は働かせないと逆に衰えてしまうんですよ?」
私はその横顔の意味がいまいち理解できず、そんな屁理屈を言うしか出来なかった。
その後。
夕刻になり宿場町に着くまで、馬車の中は重い沈黙に満たされていた。
「ブルの国?」
「宿場町です。……いやしかし、この光景は驚きますね」
ミラの国からブルの国への貿易が発達し始めた頃に作られたというこの宿場町には、ミラやブルからの貿易商は勿論、ありとあらゆる国の旅人や商人達が休息の為に訪れる。
その為か、もうすっかり日が落ちて来ているにも関わらず、様々な露店がずらりと横一列に並ぶ露店街と化しているようだ。
ゆっくりと走る馬車の中から、王女と二人でそれを見つめる。
やがて馬車が止まった。
御者が降りてきて小窓から私を呼びつけたので、王女に一礼してから外に出る。
「どうした?」
降りてみると、そこは噴水のある広場だった。
馬車はその広場の端、あまり目立たない場所に止められている。
「いえ、ここから先はお二人で行かれたほうがよいかと思いまして」
「あー……この馬車だと大仰過ぎるか?」
「ええ、この辺りはあまり治安が良いと言うわけでもありませんので」
ふと馬車を見つめる。王女は相変わらず退屈そうだ。
ああ、ちょうどいい。
「分かったよ。宿はあそこか?」
私は広場の東に見える大きな建物を指差した。
こういう場所には決まって皇族や貴族専用の宿があるものだ。
「はい、受付の者には文で申し付けてあります。
では私は馬車を置いてまいります。くれぐれもお気をつけて」
「余計な心配だ」
それだけ言って、私は馬車の戸を開けた。
「王女、歩きますよ」
「あらそうなの? じゃあ、少し寄り道したいわ! 色々見たいものがあるの」
さっきまで退屈そうだった顔が、一気に明るくなる。
「いえ、あまり外におられては――」
「ええ、承知しました」
御者が不安そうに告げるのを遮り、私――僕は、とびきりの笑顔で答えた。
王女は差し出した僕の手を取って、いそいそと馬車から降りてくる。
「そんなに急がなくてもよかっただろう?」
馬車を見送り、小声で言った。
「だって、本当に退屈だったんだもの。
――ところでこの手は、いつまで繋いでくれるのかな?」
王女が悪戯に笑いながら、繋がれた手を僕に見せつける。
さっき離そうとしたのに、離してはくれなかったのだが。
「……それはもう」
まあ、そういう事なんだろう。
「王女が望むまで」
―悪ノ召使―【自己解釈小説】Ⅱ
悪ノ召使自己解釈小説二本目! 漢字多いな。
誰も読んでないのを良い事に、前回からかなり間が空いてしまいました。
まあ、誰も読んでないしいいけど。←
新着から見つけて読んで下さる事を祈ってます……。
一応。
ブル=ブルー。KAITOといえば。
ミラ=ミラー。『鏡』音。
多々フリーダムですが、なるべく原作準拠です。
ので、この後の展開としてはミクが出てきます。が、この辺かなりフリーダム、いいのかな。
ではでは。
読んでくださった方々へ、ありがとうございます(・∀・)!!
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