四時間目はとても眠くなる。お昼休みをはさんだ後は、授業を受けるみんなの背中は丸い。
とくに、国語は嫌いだ。国語担当の坂本の声は間延びしてて、もったりしてる。あんな声で教科書を朗読されたら眠くなるに決まってる。
最前列の西野は、寝たら気付かれると思ってるからがんばって揺れてる体をしっかりさせようとしてるけど逆に目立ってるし、窓際の列なんてみんな気持ち良さそうな顔して半分寝てる。
俺の席は後ろの方だから、寝てても気付かれなさそうだ。昨日も暗くなるまで部活をやってたせいか、あんまり寝てない。授業もあと二十分で終わるし、かまわないだろう。時計の秒針のリズムがより一層眠気を誘う。
「ねえ」
後ろの席の武谷にかるく肩を叩かれる。坂本が黒板にチョークを走らせてるのを確認しながら、上半身を後ろに向けた。完全に体は眠気に負けそうになっている。
「なに」
「今日何の日か知ってる?」
「はあ? ……知らねえ」
「キスの日なんだって」
「なんで?」
「え? 知らないわよ」
「だからあんなに昼休みぎゃあぎゃあ騒いでたのか」
「そんなうるさくない」
「なんでそれを俺に言うの?」
「なんでって……」
武谷の表情がぎくっとしたように崩れた。
高校生になってまで、好きな子をいじめたいという心理が働くとは思わなかった。
武谷と俺は、一応、恋人だ。
別に周りに主張はしていないが、武谷の友人には話が通っているらしい。やけに今日の昼休み女子会みたいにテンション上げてご飯食べてると思ったら、そんなメルヘンなことで盛り上がってたのか。
シャープペンシルを握る彼女の手を見る。細く、白い柔らかい指。
一年生の学園祭。打ち上げの一次会のあと、俺は武谷を引っ張ってみんなと離れた場所で告白をした。秋のすこし寒いときで、掴んだ手のひんやとりとした感触。
冬の下校のとき、寝坊して手袋を忘れた俺のために片方を貸してくれて、手を繋いだ。春休みに映画デートをして公開初日の映画館は、おなじ目的の人で溢れていたから、はぐれないように手を繋いだ。夏の花火大会にかわいくしようと浴衣を着てきた武谷の足元は、不慣れな下駄で鼻緒が擦れて大変だった。ごめんねって笑う武谷は、かわいかったから、転ばないように手を繋いだ。
もうそろそろ、二人で大学の話の話をするころだ。
「べつに、なんでも、ない」
ふにゃりと申し訳無さそうに笑った。武谷がこの顔をするときは、いつも不安なときだ。
「なあ」
「こら、川島。なに後ろ向いてるんだ! 先生が読んだ次の段落、読んでみろ」
「……はーい」
「あ、ごめん、私のせいで」
「いいよ。ごめん、次どこ。教科書見せて」
武谷は頷いて、前屈みになり教科書を寄越した。その隙に、彼女の頬にキスをした。
ちなみに、教科書を忘れたわけではない。
びっくりした顔で指差された段落を確認すると、体をひねって前を向き、立ち上がる。ああ、文章を読んでてもやっぱり国語は嫌いだ。眠くなってくる。
ちょうど読み終わると、授業終了のチャイムが鳴る。寝ていたやつらの肩が跳ねた。
寝損ねた。俺はひとつあくびをすると、腰を下ろす。
武谷が後ろから執拗にくるぶしら辺を蹴ってくる。地味に痛いからやめてほしい。
後ろを見なくても、なんとなく顔は想像出来る。初めてキスしたときみたいに、顔を真っ赤にしてるんだろう。俺の彼女はかわいいから、意地悪したくなるんだ。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想