『みんな、俺たちのライブを聞きに来てくれてありがとう!今日は、盛り上がろうぜー!!』
「きゃぁぁぁああああ!!不破さぁぁああああん!!!!」
ライブが始まった。キッチンダンプズという四人組のアーティストだ。俺も死ぬ前に活躍を何度か耳にした記憶があるが、テレビに出ていなかったのであまり詳しくは知らない。
それより驚いたのはハクさんのキャラの豹変っぷりだ。普段のオドオドした雰囲気はどこへやら、全力でキッチンダンプズに向かって手を振っている。……う、うらやまくなんてないぞ。
因みにデルは、ハクさんの隣で腕を組んでつまらなそうにキッチンダンプズに目をやっている。せっかくハクさんに連れて来て貰ったと言うのに、なんだその面白く無さそうな表情は、全く。
(しかし、このアーティストの曲……意外と歌詞が深いな)
今流れている曲は、《クロネコシンガー》という名前で、一匹の黒猫が生涯をかけて歌い続けた歌が、それを聴いた人々の中に残り続ける、といった感じの内容なのだが、恐らくは「全力で頑張れば誰かがそれを見ていて、覚えていてくれる」というメッセージを込めているように感じられた。
(そういえば……)
そう思って曲に耳をすますうちに、俺は死ぬ前の己の姿に思いを馳せていた。
(そういえば、俺は、誇れる何かを残せたんだろうか?)
しばらく考え、出た答えは『NO』だった。
歯車のようにひたすら親の言うことに従い、それに嫌気が差したとグレてみて、それにも飽きたと言って逃げて。
結局やれと言われた事だけをやり、自分からは何もしようとしない、中が空洞のヒトガタでしかなかった。
『俺を誰だと思ってる!!』
脳内にさっきのチンピラの喚きが蘇る。生きた証残せなかったどころか、むしろああなる可能性の方が高かっただろう。
(生きてる時は好き勝手に生きれりゃそれが一番なんて格好付けてたが、こうして死んで生まれ変わってみると、俺って何のために生まれたのかわかんないな)
勿論他の人にはないセカンドチャンスが与えられただけで十分幸せなのはわかっている。だからこそ過去の事はあまり考えないようにして来たのだが、ここに来て未練ばかりが思い浮かぶ。
(両親やお世話になった人々にもう一度遭って、謝りたいなぁ。後、あの娘の墓参りにも行っておきたい……)
一度意識すると、望まずにはいられない。求めずにはいられない。今こうしているだけでは満足できない。今の己がどれだけ強欲か理解していながらも、意識するのを止める事はできなかった。
「……グ君?シグ君!」
「……はっ!?」
内側の世界に沈んでいた意識が、外側からの声によって現実に引き戻される。
正気に帰った瞳には、まだ好きなアーティストのライブが続いているというのに、こちらに心配そうな視線を向けるハクさんの姿が映った。
「どうしたの?もしかして、ライブ楽しくない……?」
「いえいえとんでもない!ただ少し考え事をしていただけですよ!!」
俺は慌てて首を振った。俺自身の心底どうでもいい悩みでハクさんを不安にさせてしまった。申し訳ない。
「全く、人に誘って貰ったってのに大層な態度だなぁ、テメエは」
俺とハクさんのやり取りを見ていたデルが見下したように言った。うるさい、お前にだけは言われたくないぞ。
「ともかく、俺は大丈夫なんで、ライブを楽しみましょう。無駄話してたらもったいないですよ」
「う、うん……もし嫌なら、言ってくれてもいいから」
ハクさんはまだ俺を気にしながらもライブに意識を向けた。
ハクさんの注意が自分から逸れたのを感じ、俺の口からため息が零れる。
(全く、何を考えているんだ俺は)
今の俺は人間ではなく語音シグという名のボーカロイドなのだ、こんな前とは姿も声も似て似つかないようなロボットが会いに行った所で、誰もそいつの事を信じないだろう。最悪、壊れたとでも見なされ廃棄処分されるかもしれないのだ。それに、第一、このままピアプロの外に出る機会があるとも思えない。
(結局、やっぱ気にするだけ無駄って訳だ。まあ、この結論に至る気はしてたけど)
「……おい」
「?」
俺が思考に一段落した所で、デル声をかけて来た。ケンカ声のトーンじゃないのは珍しい。
「一つ、聞きたい事があるんだが」
「なんだ?俺とハクさんの馴れ初めか?」
「ふざけんな死ね」
冗談を言ったら睨まれた。そこはかとなく殺意まで感じる。何もそこまで過剰に反応しなくても……と思わなくもないが、真面目な質問にふざけて返されたらまあイラつくか。
「はいはい。で、聞きたいのはなんなんだよ」
「適当に流しやがって……まあいい、話が進まん」
デルは明らかに俺の態度にイラつきを見せたものの、それを抑えて、言った。
「テメエが隠れオカマって話を聞いたんだが?」
「……」
(遂に来たか……!!)
さっきのチンピラも女装趣味とか口走っていたし、いい加減来る頃かとは思っていた。
だが、覚悟は出来ていても上手く誤解を解く方法が思いついていた訳では決してない。
(どうする……?)
どうせ後から蒸し返される事を考えると、この場で話で納得して貰うという選択肢を取りたい所なのだが、あいにくハクさんがいる。出来ればハクさんには俺にそういった類の疑いが掛けられている事すら知られたくない……既に手遅れかもしれない、という可能性は想像すらしない事にしている。
となれば、この場はなんとか誤魔化すしかない。こいつが俺に対し非常に疑り深いであろう事を考えると、かなりの苦戦が予想される上、極めて不自然な態度や話が長引き過ぎるのもアウト。ハクさんに気づかれてしまう。
それでも、なんとか切り抜けるしかない。
「……一から説明すると長くなるが、結論から言おう。俺は断じてそんなんじゃない」
「だが、自分から進んでメイド喫茶に女装して勤めたって話も聞いたぞ?」
俺の言葉に早速反論するデル。畜生、こんな所で雑音のデマの弊害を受ける羽目になるとは……。
今、例のアーティストがピアプロに来た記念のコラボということで歌っている初音ミクの曲が妙に耳につく。男性ボーカルなのに無理すんなと言ってやりたいが、それどころでもない。
「それは嘘だ。俺を貶めようとする策略だ」
「どんな策略だ。真面目に答えろ」
真面目に答えております。具体的には雑音とかいう奴が原因です。
と言って信じてくれるだろうか。駄目そうな気がする……いや諦めるな!頑張れ俺!!
「つまり、女装は強要されてだな……」
「うおりゃああああああ!!!!!!」
「ごふぉっ!!!?」
と、その時突如として荒々しい叫びが響き、俺の脳天に激しい痛みが走った……ってか痛てぇ!マジでヤバい!!これ割れた絶対!!割と冷静に状況説明してらんない位に痛い!!前も可笑しな痛さだったけどこれ本当何でできてんの!?
「おおおお……」
昏倒した俺が涙目で目線を上げると、そこには黒いネギっぽい形の棒を持ってこちらを見下ろす雑音の姿があった。格好は着替えたのか見慣れたツインテに戻っている。因みにこの角度からだと奴の可愛らしいパンツが丸見えだが嬉しくも何ともない。
「アンタ今ものすごく失礼な事考えなかった?」
「なぜわかった……って冗談だ冗談!ただお前の絶対領域ってなんなのかとぐほぁっ!!」
第二打、今度は腹にめり込みました。ヤバい、朝食った飯どころか内臓を吐き出しそうだ。
仏頂面の雑音は、まだ不満そうに黒ネギを弄びつつ文句を言い始めた。
「全く、あんたのせいで酷い目にあったわよ……。長々と拘束喰らうし、ビデオカメラは没収されるし……全部あんたがあそこで裏切ったからいけないのよ、全く」
「どこをどうとってもお前の自業自得だろーが!!それに別に裏切ってねーし!!」
俺は雑音にしごくもっともな反論を展開する。あくまでも野放しにしただけであって、一言たりとも「盗撮に荷担する」などと言った覚えはない。
「ふん……まあいいわ。これ以上騒ぐと迷惑そうだし。許してはあげないけど」
雑音は、何事かとこちらを見るギャラリーに目をやり、黒ネギを服の袖にしまった。なぜあのサイズが収納できるのかは謎だ。
「それはむしろ俺の台詞だ、と突っ込んでも無駄なんですよねはいはい。それよりお前、取り調べでボロとか出してないよな?」
「あったり前じゃない。私を誰だと思ってんのよ」
たかだかあの程度の取り調べ、ごまかしきれない訳ないじゃないとは雑音の弁。そう言えばストーカーのプロなんだっけか……てかストーカーのプロってなんだ。言い出した自分で言うのも難だが、いたら嫌だそんなの。
俺の内心には気付かず、雑音は尚も語る。
「まあ私にも、警備の人も顔なじみだから相変わらず深く追求されずに済むかと高をくくってた部分はあったんだけどね」
「顔を覚えられる程世話になってんのかよ……」
俺は頭を抱えたくなった。
こいつに振り回された警備員の方がうんざりした顔でため息をつくのが目に浮かぶようである。心の底から同情します。
しかし雑音は俺の言葉に首を振り言う。
「何言ってんの、ストーカーとしてこれくらい当然よ。でも、私が苦労の末打ち立てた信頼関係も、VDFに捕まっちゃ意味ないしねー、本当大変だったわよ隠し通すの」
「そうか、ところで俺は今お前に少しは反省しろと説教した方がいいのか、それとも良く言わなかったと誉めるべきなのかどっちだろうかな」
俺は半ば真剣に悩んだ。
ここまで徹底的に反省の色がないと本当にどうしてやったらいいかわからなくなる。
因みに、余談ではあるがピアプロは元々人間の構成する民間の警備会社を雇っていて、VDFが組織された現在では協力体制にある。とはいえ、派手で仕事の正確なVDFに、華のない彼らの印象は奪われ気味で、早く解雇すべきとの意見も出ている。他の仕事があるためメンバーが揃いづらく不安定な以上、彼らは日常の治安を保つ上で必要なのは確かなのだが……。
(……ん?)
俺と雑音の会話が一区切りついた所で、俺は自身にいたたまれない目線が向けられている事に気づいた。
「……」
「……ハ、ハクさん」
(し、しまった……)
己が犯した罪の重さを認識するため、俺は自分に一つの疑問を投じる。
さて、俺はどれだけライブを集中して聴いていただろうか?
因みにライブだが、現在はアンコールに応え『鬨の声』なる歌を歌っている所だ。これは即ちライブがほぼ終わっている事を意味する。
そして俺がまともに聴いた記憶のある曲は今流れている曲を含め二曲のみだ。
(……よし、死んで詫びるか)
「ちょっ、シグあんた何してんのよ!?」
手近な壁に頭を打ちつけようとしたらみんなに止められた。
「ハクさんに申し訳ない事をしてしまった……俺なんて死んだ方がましだ」
死人のような声で呟くと、すぐさま反論が帰ってきた。
「おい、それには同意見だがせめてハクに迷惑のかからない所でくたばれ」
「全くよ、あんたのせいで苦労するとか絶対にごめんだわ」
「そうだな……」
至極最もな意見を受け、俺はゆっくりと歩き出した。それをハクさんが慌てて止めに入る。
「ど、どこ行くの!?」
「とりあえず、人目に付かない場所に……あ、ハクさんいい場所知りませんか?」
「いや、シグ君しっかりして!!」
そういうと、ハクさんは力の無い俺の方を掴んで前後に揺さぶり始めたって待てぇぇぇぇえええ!!
「ふおあああぁああああ!!」
(胸が近い胸があああああああ!!)
俺は全力でハクさんの腕を振りほどき、荒く息をついた。危うく彼女の双丘に顔面をうずめてしまう所だった。そこにダイブしたら別の意味で昇天してしまう。……それに、後で間違いなくデルに抹殺されるだろう。今でも視線が痛いし。
俺の突然の反応にハクさんは心底驚いている様子だ。
「え、な、何!?」
「き、気にしないで下さい!何でもないんで!!」
「な、ならいいけど……」
若干引きながらも俺の勢いに押されハクさんは黙った。実際、自分も何を悩んでいたか覚えていない、というか気にしている余裕もない。今は赤面するのを抑えるので精一杯だ。
「……で、雑音、お前はライブに乱入してまで何しにきやがったんだ?」
俺とハクさんの間に気まずい沈黙が流れそうになった所で、デルが雑音に疑問を呈す。ナイスタイミング。
デルの質問を受け、あっそうだったと小声で呟きつつ、雑音は笑みを浮かべてこちらに向き直った。
「よくぞ聞いてくれたわね……さあみんな、お仕事よ」
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