プロローグ 二年前
賑う道から離れた裏道に、一人の少女がいた。鮮やかな金髪と大きな白いリボンが目立ち、顔つきはどこか高貴な雰囲気がある。近くには不機嫌な顔をした男、向かい合って会話をしていた。
「……その事は謝ったでしょう。怪我をしているのなら病院まで案内しますよ?」
「謝るだけじゃすまねぇって言ってんだよ! 悪いと思ってんならさっさと金出せよ!」
一方的に言いがかりをつけている状況だった。道を歩いていたら人とぶつかり、それで怪我をしたからと金を要求される。こんな典型的な事が本当に起きるのかと、少女は半分呆れ半分感心していた。
この手の人間は、弱い相手には強気だけど、強い相手や誰かに見られていると知ると大人しくなるタイプだ。店が並んでいて、人の多い通りまで逃げれば大丈夫だろう。隙を見て走るか、不意打ちをするか、そんな事を考えていた。
追い詰めて脅しているが全く怯えず、毅然とした態度を崩さない相手に業を煮やして、男が腕を振り上げた。
「大の男が女の子相手に何をしている」
少女は走りだそうとした足を止め、その声の主を見た。短い茶髪の女性、所々汚れたマントの中から赤い鎧が見える。片手に荷物を持ったまま男の腕をひねりあげていた。荒事に慣れているのか、痛い、やめろと喚き散らす男に対して涼しい顔をしている。
「このまま折られたいか」
凄んだ声で言われ、男は一気に青ざめた顔を大きく振った。またやったらどうなるか解るなと一言加えられ、解放されると一目散に逃げ出した。
考えた通りの人間だったなと、それが道を曲がって見えなくなってから、大丈夫かと声をかける女性に頭を下げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「気にしなくていい、どこにでもいるのよ、あの手の奴は」
考えていた事は同じらしい、思わず吹き出して笑ってしまった。男を取り押さえている時は少し怖いと感じたが、そんな気持ちは無くなった。
「この近くに宿屋はある? できればお酒が飲める所」
「友達の家がそうです、案内しますよ。助けてくれたお礼です」
少女に好感を持った女性はそれなら、と頼むことにした。お礼がしたいと言うのなら、断る理由もない。
「私はメイコ、貴女は?」
少女は、メイコの顔を見上げてしっかりと答えた。
「リンです」
黄の国。この国はそう呼ばれていた。国民を第一に考える王による政策は、国の平和と、人々の安定した生活に繋がっていた。買い物をする親子、客の相手をする店主、会話に盛り上がる女性達、仕事に精を出す若者。当たり前の日常があった。
旅で世界各地へ行った、と言うメイコの話を、リンは物珍しく聞きながら、人が行き交う王都を歩いていた。通りがけに声をかけてくる人々に挨拶をしながら案内したのは、酒場と宿屋が一緒になった建物。
軽食などの飲食店も兼ねた店の玄関前の掃除をしている、長い髪を左側にまとめた少女に声をかけた。
「こんにちは、ネル」
「リンじゃない、こんにちは。その人は?」
ネルはリンの傍にいる人物を見てそう聞いた、見慣れない人が来るのはこの家では当たり前だ。ただ、いつも一人で行動しているリンが人を連れて来た事が気になった。人懐っこく、付き合いは悪くないが、誰かと一緒にいる所を見た事がない。
絡まれている所を助けてくれた旅の人、とメイコを紹介して、
「案内をしてきたの。ここは料理もおいしいし、お酒も種類が多いから、部屋は空いてる?」
「お客さん? いらっしゃい、部屋は空いてるよ。食事は一食分タダで」
思わぬ高待遇に、メイコはいいのか、と聞いたが
「構わないよ、リンを助けてくれた恩人だし。父さんと母さんも喜ぶよ」
リンは町の人々に随分好かれているらしい、案内されている間、親しく声をかける者も多かった。メイコが考えていると、鐘の音が耳に入った。思わず思考を止めて、ゆっくりと耳を傾けたくなるような、心地良い、優しい音色だった。
規則正しく響くその音を聞いて、リンは鐘を鳴らす教会と、その向こうに見える城に目を向けた。裏道での強盗未遂と道案内、いつもとは違う出来事が時間の感覚を忘れさせていた。
「ネル、またね。メイコさん、本当にありがとう」
挨拶と礼を言い、返事を待たずに二人に背中を向けて走り出した。
慌ただしく去って行ったリンを見送ったメイコとネルは、他の客で賑う飲食スペースで他愛のない話をしていた。
「リンはいい子ね。あの位の歳で、あんなに礼儀正しい子は滅多にいない」
「あれ? メイコさん聞いてない? リンは――」
休まず走り続け城に辿りついたリンは、上がった息を整えながら敷地内の馬小屋へと歩き、一頭の馬に話しかけた。
「ただいま、ジョセフィーヌ」
主の帰りを待っていたようにジョセフィーヌは低く鳴いた。話しかけながら愛馬の体を撫でる。しばらくそうしていると、ジョセフィーヌが急に驚いた様に動きを止めた。
理由を考える前に背後の嫌な気配に気づき、逃げよう、と思った時にはもう遅かった。
「こんな所で何をしているの、リン王女!」
城の敷地内全てに聞こえるのでは、と思う程の声で、『王女』を叱り飛ばす声が馬小屋の前で響き、近くにいた鳥が何羽か飛び去った。
場所は王女の私室、手の込んだ細工がされた家具が並んでいるが、執務用の机と椅子、本棚など必要最低限の物しか置いていない。天蓋つきのベッドが唯一、上流階級の人間が使う部屋だと思わせるが、一国の王女のとしてはかなり簡素だった。
自室に帰ってからリンは着替えをして、頭のリボンを外している。
「またお忍びで外出ですか」
桃色の髪を腰の位置まで伸ばした女性は、呆れたように溜息をついた。リンが市街へ出掛けるのは城の人間には当たり前になっているものの、さすがにあのまま説教をする訳にもいかず、ここまで移動したのだ。
「視察よ、ルカ」
「昔、迷子になって大泣きしていたのは誰ですか」
ベッドに腰掛けているリンは、ばつが悪そうに目をそらした。五、六歳の時の苦い思い出である。ネルと友達になったきっかけでもあるので全部が嫌な思い出ではないが、ルカに言われると居心地が悪い。
ルカは再び溜息をついた。毎回、王女としての勉強や仕事を全て終わらせてから外出するので、あまり強くも言えない。その『視察』のおかげで、王の仕事が助かっている事も多い。
だが、最近仕事の優秀な者が突然姿を消したり、一部の有力者達が何かを企んでいるのではないか、と言った噂があり、城内が少し不穏な空気になっている。もちろん、王はそれを見過ごしていないが、証拠を掴む事が出来ず、うかつに手が出せない状況だった。
「……どうしたの?」
リンはルカに話しかけるが、全く反応がない。立ち上がり、肩を叩いてもう一度話しかけると、ハッと顔を上げた。
心配そうな顔で自分を見上げるリンを見て、ルカは考えに没頭していた事に気が付いた。これ以上不安にさせる必要も無い。なんでもありません、と誤魔化す様に小さく首を振る。
「とにかく、無断で外出をするのは控えて下さい。……心配ですから」
「……はい」
厳しくも優しい注意に、リンは素直に頷いた。
「もうこんな時間ですか」
ルカの何気ない言葉に、リンは壁に掛けられた時計を見て、今日のおやつは何だったのかなとぼんやり考え、無断で外出した罰として今日は無いかな、とも思う。たまに忘れる日もあるが、いつもやっている事をやらないと、何となく変な感じがする。
その気持ちを知ってか知らずか、笑顔でルカは言った。
「今日のおやつはブリオッシュだそうですよ」
「そう。食べたかったな、ブリオッシュ」
「いらないのですか? ならそう伝えてきますね」
わざとらしく驚いた反応に何か引っかかったリンは、目を細めて聞いた。
「ちょっと待って、あるの? 今日のおやつ」
「無いとは一言も言っていません。……いらないとは残念ですね。王女の好物なので、料理長が張り切っていましたよ」
失礼します。とルカは要件を伝える為に早足で退室した。
颯爽とした去り方に呆気にとられていたリンは、言葉の意味に気付いて部屋を飛び出し、かなりの速さで離れていくルカの背中を見た。転ばない程度の速さで走る。
このままでは本当におやつが無しになる。それは阻止したい。
「待ちなさい、ルカ!」
城の長い廊下に、鈴の音の様な声が響いた。
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