リンを抱き寄せたまま不死の王はカイトの方を向く。

《そこの人間よ。先程は脅かせてすまなんだな……》

「い、いいえ……。たいした事では……いや、確かに恐ろしかったです」

《リンやルカのように特殊な人間はともかく、普通の”人”と接触するのは
100年ぶりである。密に国王や元老院とは接触はしていたがな。
……、そもそも、このような機会でお主と話をしていること事態が
なにか運命のような気もするのは私の考えすぎかのう?》

「わたしは、本当に只の凡人でして……」

《リンとの接触、ルカの予知、それらの事柄がお主と絡み合うのであれば
それを見届ける余興に付き合いたいのも山々じゃが、わしにはもう時間が
無い。わしは更なる深層の世界に身を投じなければならなくなってしまってな》

「じじい……。また迷宮を掘り下げるのか?」
リンはローブから顔を離した。

《そういう事になる。世界の心理を追う者の宿命》

「どうも生きている間には会えそうもないな……」

《お主等人間は、本当に短い命だからな。それなのに
しつこく、執拗に、世代を代え、時を乗り越え
わしの前に現れる。人間の方が余程……魔物じゃよ》

「そんなスケールのデカイ皮肉を言われてもな」

《ははは、全くじゃな。……、さて時間も終わりのようじゃ。
ルカよ、幸せになるのだよ。美しく育ったお前を一目見れて
良かったよ》

「私は、優しいおじ様が大好きなの」

《……その一言。
この顔に眼球があれば、涙を浮かべたであろう。
皮膚や血管があれば、頬を赤らめただろう。
全く……何を言ってるのだろうな、わしは……》

リンはリッチから離れ、ルカと最後の抱擁をさせて
瞑想室から出ようとした時だった。

《人間よ、ここに》

「ふへ……?」

「不死の王がお呼びじゃ。騎士殿」

「は、はい……」
最初ほどの恐怖感は無かったが、やはり
怖くないといえば嘘である。
胸を張ろうにも震えて腰が引けてしまう。
カイトはリッチの元にどうにかたどり着いた。

《何かの縁かもな、お主と出会うという事は。
故に、お主にこれを》

リッチは骨の指から、青い石の指輪を外し
カイトに渡した。

「こ、これは?」

《骸骨の戦士達はこの指輪の主に従う。
これで、ルカを守ってほしい。奴等はなかなか勇敢じゃ。
きっと役立つであろう。普段は木箱にでも詰め込めておけば
コンパクトなのじゃ》

「あ、魔法のアイテム!私にくれよ」

《あほう!お前はわしの書斎から数冊、魔導書をくすねただろう》
リンはばつの悪そうな表情を浮かべた。

「あ、はい……ありがとうございます」
震える手でカイトは冷たく重い指輪を眺めた。

「今宵、図書館の騎士殿は骸骨騎士団に名を変えるか?」
リンがカイトを冷やかす。

「ふぇ~~、ど、どうしましょう?」
慌てるカイト。骸骨騎士団という響きが気に入ったのか
ルカが呟く。

「ちょっとカッコ良いかも……」
「ルカ……。お前ちょっと変な趣味があるな……」
リンは少しばかりルカの趣味に心配の表情を浮かべた。

《うむ、ではお前達よ、そろそろ下がるが良い。
わしもそろそろ自分の寝床に戻ろう。
それと、わしの他にも来ている悪魔殿にもよろしくと伝えてもらおうか》

「……ミクの事じゃな。分かった」

リン達三人は部屋を出て
ルカは瞑想室の扉を閉めて鍵をかける。

「ふむ、気配が無くなったな」
「おじ様、かなり無理をなさったのでは……」
「自分の結界外だと、かなり物質的身体に負担をかける。
まあ、お前の為なら、体の崩壊も厭わないだろうが」
「おじ様……」
「―――ひょっとしたら、あの爺は
お前の遥かな御先祖様なのかもな」

ルカは胸に手を当てて頷いた。

「……、さてと、次の仕事にかかろうか。どうも嫌な気配がするので
時間も無いし早めに手を打つとしよう。カイトや―――」

「はい」

「私のローブと杖を持ってきてくれ。クロークに預けてあるから
屋敷の者に言えばすぐ用意できるだろう。その間、私はここで
魔法のリーディングをしておる。エントランスで落ち合おう」

「分かりました」

「ルカもカイトと一緒にお戻り」

「リンおばあちゃま。一人で大丈夫?」

「私を誰だと思ってる。安心せい。一人の方が
リーディングに集中できるのでな」

カイトとルカが廊下を急ぎ足で戻るのを確認すると
リンは脇に抱えていた魔法書を床に置いて開く。
皮の背表紙は何度か訂そうされ直してるようで
然程、古いようには見えないが中の紙のページは
黄色く変色してボロボロだ。
その中のとある一頁を探ると、リンはゆっくりと
文字を指でなぞる。

「……さて。あと何回、私の体は魔法に耐えられるのだろうかな……」

幾度も行使した魔法。

体は小さいが途方も無い生命力、精神力で
数々の奇跡を起こした偉大なる魔法使い。

しかしその力は決して無限では無い。

数々の魔法戦で傷ついた体は自然治癒では
決して直らず、体の外も中も傷だらけ。
四肢や背中には魔法力を結線させるための
魔導回路の焼印(ブランディング)が施されているが
その焼印は幾度も膨大な魔力を通した為に
付近を膿腐らせていた。

リンは疼く痛みも気にせず文字を指と目で追い
魔法書に書かれた文字は鈍く白く光り指でなぞった
文字が形を変えて幾何学的な図形のような形になる。

「我は魔を導く者、エレクトロダイバーなり。
古の偉大なその力を一時、我に預けたもう。
電気の精霊、エミッタ、ベイス、コレクタよ
我に従い魔導回路を結線せよ」

本に浮かぶ図形は次々と形を変え、本は
小さな雷のような放電に包まれリンの指に吸い込まれてゆく。

額には汗が浮かばせ
呼吸を整えるとゆっくり立ち上がり
カイトが待つエントランスに向かった。


屋敷のエントランスには既にカイトとルカ
そして二人のメイド、アルの部下が待機していた。

「さて、アルはどうしている?」
リンの耳元でアルの部下が囁く。

「ふむ、ミクの情報どおりのようだな。急ごうか」

ドレスの上からメイド達に手伝ってもらいながらローブを羽織る。
ローブは黒く染められた分厚い馬の皮で作られており
裾はボロボロで、かなり年季が入っている。
両腕に黄銅鉱で作られたリングをいくつも嵌めて
単眼の黒眼鏡をかけた。

右に骸骨、左に水晶を飾る身の丈程の杖を持つ。

「おばあちゃまの魔導師姿、カッコイイですわ」
「ルカ……やはりセンスがちょっと心配だな……」

玄関の大きな両開きの扉を開かせて、リンは外に出るとカイトが駆け寄った。

「リン様、あ、あの……、ついてゆきます」

「あ~?危ないし、正直……邪魔なのだが……」
「いえ、リン様の行動を見届けるのが私の務めでして……」

「う~~ん……。仕方が無い。私の腰につかまれ」

カイトはリンの腰につかまるとルカに合図をした。

「あ~~!」
ルカは突然指を刺して後を向くとメイドやアルの部下達も
後を振り向く。

しかし指差す方向には特に変わった事もなく
メイド達がルカの方を向くのだが愛想笑いをしてごまかしている。

正面の扉の外には既に、カイトとリンの姿は無かった。





夜空は湿った空気で、満月が浮かび
その上空をひとつの影が飛んでいた。

「うわぁぁぁぁ~~!」
「だから言ったろ?危ないと」

上空に浮かぶリンに必死でつかまるカイト。
その軌道は弧を描き地面に向かう。

落ちる水鳥の羽のようにゆっくりと着地をすると
何故か顔を赤くしてリンは顔カイトの頭を杖で叩く。

「あた!」

「この無礼者!お主!私の胸を掴みすぎだ!」

「ひゃぁ!申し訳ございません!」
あわててカイトは手をリンの胸から離す。
腰に手を回していたはずなのだがいつの間にか
胸のあたりまで手を回していたらしい。

「まったく……。まあよい。あともうひとつ飛ぶ―――」

リンは言葉を終えぬ間にカイトに腰をつかませて空を飛ぶ。

「こ、この空を飛ぶ力は魔法なのですか?」

「そうだな。魔法を行使するための副産物ともいえる。
今の私は”電撃爆破”を行使する為に強大な魔力を体内に
宿しているのを利用しているのだが、
この力は船の航海に使われる羅針盤の原理と一緒でな」

「羅針盤」

「そう、すなわち”磁力”。私の魔法の力は地核の磁場を
利用し反発させ体を浮遊させているのだ」

「磁石の力……」
カイトはいまひとつ理解できていない顔を浮かべていた。

『リニアフロート。鉱山物質を使った原始的な方法よ』

リンの杖の先についている水晶玉に緑色の髪を両脇で結んだ
美しい少女がカイトに向かって言った。

「おや、ミクかい。ご苦労だったね」

『ホント、こき使ってくれるわね。もういいでしょ?』

「最近見かけないとおもったらこんな所に……」

『えへへ、カイトじゃない。お久しぶり』

「うまく目標を誘導してくれたようだな。後はもう大丈夫だ」

『それで、やっぱり使っちゃうの?”電撃爆破”』

「仕方が無い。騒ぎが起こらないようにするには一撃で
倒すしかない」

『……ふ~~ん。ちょっとグロい事になりそー。まあいいか。
あんた、残酷な殺し方、好きだもんね』

リンとカイトは緩やかに地面に降りた。

「残酷……」
カイトは不穏な表情を浮べた。幾度かリンの魔法を
見る機会があったのだが攻撃魔法はまだ見た事が無い。

水晶の中の少女、ミクがカイトに説明をする。

『電撃爆破はよくある雷ドカ~~ン、とかじゃなくて
内部から高熱を発生させるの。体内の原子を超振動させて……
って、この時代じゃチンプンカンプンかな?』

「またこの悪魔は訳のわからぬ事を」
カイトはミクの説明を何度も聞いているのだが
聞く事、言う事、いつも聞きなれぬ単語と意味に
困惑している。

上空の月が雲に射しかかる。
『……雲が出てきたわね。月が隠れたら私はもう
姿を出せないからね。じゃあ、後はよろしくね』

杖の水晶に居たミクはスッと消えた。

「騒がしいヤツだが、何かと使える”悪魔”だからな」

下は森。なるべく木の少ないところを選び
リンはゆっくりと地面に降り立つ。

リンの腰にしっかりとしがみついていたカイトは
ほっと溜息をつくものの足腰が強ばりうまく立てない。

「力を抜け。ゆっくり深呼吸しろ。」
リンの言う通りにカイトは体の力を抜き深呼吸した。

「ひとつ忠告がある。よいか?」

「……はい」

「私が呪文を唱えだしたら少なくとも20フィートは
離れてくれ。そして目を瞑るのだ。見ようとはするな。
そうすればお前の命と眼球の無事を保障しよう」

「眼球……ですか?」

「一瞬の閃光が人の網膜を焼いて濁らせてしまうからな」

カイトはゴクリと溜飲を下げる。

「さて、ここからは走るぞ。アル達が上手く牽制している
今が絶好の機会だからな」

リンはカイトの手を掴み立ち上がらせる。
自分の手が汗でびしょびしょに濡れているのに
初めて気がついた。一方、リンの手はカイトより
ふたまわりも小さいのに、力強く、そして冷たかった。



森の奥。高い木々。
男の叫び声が聞こえる。
明らかに何らかの敵を牽制している声だ。

ずん!
地響きが響く。

木の陰にはアルの部下である兵士が腕を抑えしゃがみ込んでいた。
リンは兵士の元に駆け寄り怪我を見て声をかける。

「大丈夫。骨が折れているだけだ。後で手当てをしてやる」

そしてリンは地響きと牽制の声の方を向き、叫んだ。

「アル!無事か!」

「リン様!かなりの強敵です!こいつ何者ですか?!」

リンはつかつかとその方向に向かう。
カイトも数歩、遅れてついてゆく。

アルと6人の兵士は槍を構え、その先の敵を威嚇する。
残念ながら槍を持ってしてもその敵には効果が無い。

暗闇で全貌は見えないが明らかに兵士達の倍以上の身の丈。
丸太のような足、灰色の肌、巨大な手には
先ほどの地響きの正体であろう人の身の丈ほどもある
巨大な錆びた斧。

闇の中で口の中の赤だけがやけに生々しく
そして巨大な一つ目がギロリとリン達を睨む。

「サイクロプス。古代の巨人族だ」

巨大な斧を持ち上げ、サイクロプスは咆哮し
その場の空気を震わせた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

図書館の騎士 5

すこし乱文気味ですが一度投稿しておこうかと。

前回(4)の続きです。

閲覧数:114

投稿日:2013/08/14 21:05:26

文字数:5,072文字

カテゴリ:小説

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