「ここも変わったなぁ」
セミが耳を塞ぎたくなるような大音量で鳴く中、白い満月の光だけが俺の足元を照らしていた。
「暑・・・早く行こう」
額から噴き出してくる汗を拭い、居酒屋に入った。
「よぉ」
「カイト!久しぶりー!!」
高校の頃のクラスメイトが集まって同窓会を開いていた。
「変わってないじゃーん!」
「お前らもな!」
「はいはいはいカイト君に問題でーす」
クラスで仲の良かった男友達が、手を挙げて俺に近づいてきた。
「今日は特別ゲストに来てもらってまーす!誰だと思う?誰だと思う?」
「はぁー?誰だよ」
「つれねえなぁ!この人でーす!!」
同級生が体を左に寄せると、長い亜麻色の髪をした女がいた。
「・・・リン?」
「・・・久しぶり」
ガキの頃、よく遊び相手をしていたリンがいた。
「なぁ?カイト!びっくりしただろ??」
そんな同級生の声も雑音と化す。
リンとはもう、18の時以来音信不通だった。
あれから何年も経った今、小さい頃のリンの面影はほとんど無かった。
「・・・今まで何の仕事してたんだ?」
「んー?普通にOL。上司ムカつくわぁ・・・」
リンはジョッキのに並々と注がれたビールを一気に飲み干す。
『リンも飲むー!!』
子供の頃、リンは俺の飲んでいた炭酸飲料を欲しがって、一生懸命背伸びをしながらやっとの思いでコップを奪い取ったことを思い出した。
「びりびりするから、リンはまだ飲めないと思うよ」
「飲めるもん!」
そう言って一口飲んだ後、リンは顔を歪ませておいしい、と言ったんだ。
(あのリンが、ビール・・・)
人って成長するんだな・・・
そんな事をしみじみ思う俺は、年を取ったのか?
「あーおいしい」
リンは口についたビールの泡をナプキンで拭き、ふぅっとため息をついた。
「明日仕事だ・・・やだなぁ」
「俺もだよ」
昔と変わらず、嫌なことがあるとぶすくれて、もう何も言わなくなるリンを見るとほっとする。
「何で仕事しなきゃお金もらえないんだろう・・・」
『何で勉強しなきゃいけないんだろう・・・』
学生時代のリンの言葉を思い出す。
「変わってねえな」
「え?」
リンが不思議そうに俺を見る。
「いや、変わってないなって。俺もお前も」
その首をかしげる仕草も、不思議そうに俺を見る目すら変わっていない。
「そんな事無いよーカイト変わったじゃん」
「俺?どこが?」
「えー?自分で気づかないのー?」
リンは俺の手と自分の手を比べた。
「ほら」
俺の指に自分の指を絡める。
「あたしの手とカイトの手、こんなに大きさ違う。カイトの手、ごつい」
「ごついって何だよ」
クスッとリンは笑う。
「あたしちょっと外行く」
リンは席を立った。
「じゃ、俺も」
俺もリンと一緒に外へ出た。
「店の中も暑いけど、外も暑いねぇ・・・」
リンはうんざりしたように月を見上げた。
「カイト、ライター持ってる?」
「あ?持ってるけど」
「貸して」
ポケットからライターを取り出し、リンに差し出した。
リンはライターでタバコに火をつけ、何の躊躇もなく吸った。
「お前、タバコ吸ってんの?」
「え?あ、うん」
白い煙を吐きながらリンは言った。
「・・・女のタバコはモテねぇぞ」
「ははッ、モテるためにやってんじゃないし」
リンはまた静かにタバコを吸った。
「吸わなきゃやってらんないの。あの時のカイトみたいに」
『お酒とタバコは二十歳から!!』
15の時、リンが俺がタバコを吸うたびに言っていた言葉。
「これなきゃ俺はやってけないの」
「煙、嫌~い!」
鼻と口を手で覆って、もう片方の手でリンは煙を払っていた。
「思い出した?」
「・・・・・」
何だか、夢を見ているような気分だ。
リンが口に含んでいたタバコの先には、リンの赤い口紅がついていた。
リンは白い煙を吐き、タバコを落として靴で踏み潰した。
寒い冬に、『今日も寒いね』なんて言って白い息を吐いて、水を含んでぐちゃぐちゃになった雪を面白がって踏んでいたリンが。
今は愚痴をタバコの白い煙にのせて、そのタバコを踏み潰している。
二度と戻らない幼い記憶を、憎らしいほど綺麗な星空に映し出した―
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