店を出て最初に口を開いたのはレンだった。
「美味しかったですね。あの飲み物」
機会があればまた飲みたいとしみじみ言われ、リンは思わず吹き出した。
「そんなに気に入るとは思わなかったよ。……また一緒に行きたいね」
残り数日か、それとも数時間か。自分に残された時間はあと僅かなのは分かっている。
それを誰よりも理解していたからこそ、リンは無理を承知で外出を願い出た。この事が原因で命が縮む結果になっても構わない。後悔を残したままこの世から旅立つ事はしたくなかった。
リンの言葉に何か思う事があったのか、レンは「知っていますか?」と前置きをして話し始めた。
「現在自分に関わりの深い人は、生まれる前からの繋がりがあるんですよ」
「生まれる前からの繋がり?」
リンは一度首を傾げてから続きを聞かせて欲しいと頼むと、レンは頬笑みを浮かべて語る。
自分の親兄弟。友人や恋人などの近しい者。そんな人間とは現在の人生だけでなく、以前の人生、つまり前世でも何かしらの関わりがあった者達である。共に過ごしたいと思っていたのに離れ離れになってしまった者。生まれて間もなく命を終えてしまった者。
また会いたい、一緒にいたい。その願いが強ければ生まれ変わった時に出会える確率が高くなる。
神が出来るのはただ魂を循環させる事だけ。命が生まれた後の事は、神が手出し出来る事は無い。
「……人間って、凄いんだね」
手を繋いでゆっくり足を進めながら、リンは心底感心した様子で深い息を吐く。良く考えてみれば、数え切れない命が行き交い、それと同じ数の出会いと別れがあるこの広い世界で、親しくなれる誰かと出会う事そのものが奇跡のようなものだ。
リンの言葉に頷き、レンは目を細める。
「生まれ変わって再会した人を見た事がありますよ」
大半は以前の人生の記憶など忘れてしまう。覚えていたとしても、前にも似たような事があった気がすると言う感覚程度のものだ。
まれに前世の記憶を持ったままの者もいるが、それは神がそうした訳では無く、その人間が起こした奇跡である。生命を司る神であっても、世界を統べる神でも、人の縁や絆、想いに秘められた力が起こす奇跡には敵わない。
「当の本人達はそんな凄い事をした自覚など全くありませんけどね」
あまりにも規模が大きすぎて理解出来ないのかもしれない。レンはそう言って話を締め括る。
「私とレンにも、そんな繋がりがあったのかな?」
リンの何気ない発言に、レンは少々間を置いてから返した。
「どうですかね……。今話したのはあくまで人間同士の話ですし」
人間と神でそんな関わりがあるのかは分からないとレンが小声で付け足すと、リンは目を細め、レンから顔を逸らして溜息をついた。
「夢が無いなぁ……。ここは『そうだと良い』って言った方が良いよ」
呆れた口調で言われ、レンは即座に言い返す。
「分からない事を分からないと言っただけですよ」
それに何か問題があるのだろうかとレンは呟く。神でも知らない事、分からない事は数多くあるのだ。
歩きながら考え込んでしまったレンを見て、本当に彼は真面目だなとリンは思う。神様だから実直なのは当たり前なのかもしれない。だけど、レンが話してくれた知り合いの青年死神のように、もう少しゆとりを持っても構わないのに。
「まあ、それがレンの良い所でもあるよね」
軽薄な性格のレンなんて想像出来ないし、あまり考えたくない。仮に今目の前に現れたとしても、強烈な違和感しかないだろう。
太陽が傾いて徐々に夕陽の朱に変わり、地面に差す影が長くなっていく。楽しい一日がもう少しで終わってしまう。
「何か寂しいな……」
いつもは部屋の窓から見ている夕陽を眺めて、リンはぽつんと言う。こうやってレンと一緒に出掛けられるのはきっと最初で最後。せめてもっとゆっくり時間が流れて欲しいのに、自然の摂理はそれを許さない。
寒空の下、話す事が見つからずお互い無言のまま歩く。帰り道を進んでいると、不意にリンが立ち止まった。
「……? さっきもこの辺りで止まりましたよね?」
今度はリンに合わせて足を止める事が出来たレンは訝しげに尋ねる。しかし返事は無く、リンはガラス張りに手を当てて何かを見ていた。
レンはリンの隣に立ってガラス張りの中を覗き込む。先程は位置の関係で良く見えなかったが、このガラス張りは装飾品や小物を扱う店の陳列窓らしく、指輪や腕輪などが並べられていた。
リンの視線を追った先に飾られていたのは、手の中に収まる程の大きさをした小さな銀の首飾り。レンにとっては見た事の無い不思議な形だったが、同じ台座に並んでいる事から推測すると、どうやらこれは二つ一組で売られている物らしい。レンが無言で陳列窓を眺めていると、隣からぶつぶつとした声が聞こえた。
「……ちょっと高いかな……、……どうしよう。でも……、んー……」
首飾りに目を奪われたまま、真剣そのものと言った表情のリンがああでもないこうでもないと悩んでいた。
もう少し値段が安い物は無いだろうかと、レンは首飾り周辺を探してみる。すると、リンが見ている首飾りと同じ物が置いてあるのを見つけた。こちらに置いてあるのは単品で売られているようで、一組になっている方に比べると値段も安くなっていた。
集中しているリンに気が付いてもらえるよう、レンは繋いでいる手を軽く引いて名前を呼ぶ。リンがこちらを向いたのを確認して、ガラス張りの一角を指差した。
「こちらはどうですか?」
リンはガラス張りから手を離し、レンが示した方へ視線を向ける。一度顔を小さく往復させて見比べてから、うーん、と悩ましげに目を細めて眉を寄せた。
「こっちもいい、けど、片方だけか……」
リンはレンに一言伝えてから繋いでいた手を離し、おもむろに財布を取り出して中身を確認し始めた。レンが見守る中、残っている小遣いと首飾りを交互に見て呻く。
「うぅ……。もうちょっとで二つの方買えるのに……」
ほんの少しで届かないもどかしさと悔しさが込められた声でリンは嘆く。
「それなら一つの方でも構わないのでは?」
リンの財布に幾ら残っているのかは不明だが、買えるのであればそちらを選んだ方が良い。レンなりに気を利かせた言葉だったが、リンは浮かない顔をして答えた。
「でもそっちは片方だけだし……。……二つの方が欲しいのよ」
何故そこまでこだわるのか理解できず、レンは目を細める。本当に人間は分からない事だらけだ。
ふと、自分は残り幾ら持っていただろうかと思い出して、レンは懐に入っていた自分の財布を取り出す。市場を歩き周ってはいたものの、使った金は休憩の際に飲んだホットココア代のみである。それはリンも同様で、あの店以外では金を使っていなかった。
残金を確認するとそれなりの額が残っている。他に使い道が無いのなら、せめてリンが喜んでくれるような使い方をしたい。
「足りない分は私が出しましょうか?」
即座にリンは首を横に振る。
「私が欲しいと思っている物にレンのお金出してもらうなんて悪いよ」
変な所で強情だと思いつつ、レンは自分がこの先金を持っていても仕方が無い事、この機会を逃したらこの首飾りは買えないだろうとリンを説得する。
「リンに後悔して欲しく無いんです。『あの時買っておけば良かった』って」
金を出すのはただの気まぐれと思ってくれて構わない。リンが後ろめたさを感じる必要は無い。レンがそう語ると、リンはしばらく考え込んだ後、そこまで言ってくれるならと呟き、とうとう折れた。
「ありがとう。レン」
そうと決まれば善は急げと、リンはレンと手を繋いで店に入り、外に飾ってある二つで一組の首飾りが欲しいと店員に頼む。
「運が良いですねお客さん。あのセット、最後の一つだったんですよ」
陳列窓から首飾りを持って来てくれた店員に礼を言い、リンとレンは二人で代金を支払って店の外に出る。
「レン。ありがとうね」
リンは首飾りが入った紙袋を手に感謝の言葉を述べる。満面の笑顔で言われたレンはどういたしましてと返し、紙袋を指差して尋ねる。
「何かの記号ですか? それ」
首飾りを見た時から気になっていた疑問をぶつけると、リンは紙袋から首飾りを取り出し、紙袋を店先に置いてあるごみ箱に捨てた。首飾りを右手と左手でそれぞれ持ち、「見た事無い?」 と言ってから簡単に説明する。
「ト音記号とヘ音記号って言うんだよ。音楽で使われる記号」
ほう、とレンは息を吐く。それならば自分が知らないのも納得だ。音楽は聞いた事はあるが、それを奏でるのに必要な楽譜は読んだ事が無い。
リンは手の平に首飾りを乗せたまま両手を差し出す。家に帰るまでは仕舞っておいた方が良い、レンがそう注意するよりも早くリンは切り出した。
「どっちが良い?」
「……は?」
言葉の意味が分からずレンは目を白黒させる。それはリン自身がどちらを付けた方が似合うと言う意味なのだろうか。ト音記号でもヘ音記号でも好きな方を付ければ良いと思うし、どちらでもリンに似合うだろう。
レンはその旨を伝えると、リンは言葉が足りなかった事を反省し、両手をさらに差し出した。
「レンが欲しい方を選んで」
今日の記念に何かを残したかった、レンにこうして贈りたかったからお金を出して貰うのに気が引けてしまった。リンは顔を小さく俯かせ、気まずさを隠せない雰囲気で話す。
どうして人間はそんな事に心を悩ませるのだろうか。首飾りを買うと言う結果が得られれば同じはず、しかもその金のほとんどはリンが出している。自分は足りない分をほんの少し補っただけだ。
尤も、そんな事を言ったらリンは怒り出すか、あるいは悲しい顔をさせてしまうだろう。それは自分の望む所では無いし、余計な事を言う必要も無い。今はリンの優しさと気遣いに感謝すれば良いだけの事だ。
自分が自然とそう考えられるようになった事に違和感を持たず、レンは微笑んで礼を言う。
「ありがとうございます。リン」
リンが左手に持っていたヘ音記号の首飾りを手に取り、付けてみて欲しいと頼むリンに促される形で身に付ける。
似合うかどうか別として、案外良い具合だ。気に入るとは多分このような感じなのだろう。
「似合うよ、かっこいい」
リンは笑顔でレンに言った後、ト音記号の首飾りを身に付ける。つられて笑みを浮かべたレンは自然と言葉を発した。
「リンも似合っていますよ」
まるで彼女の為に作られたのかと思う程に違和感が無い。先程まで身に付けていなかったのが嘘のようだ。
「他の誰よりも、レンにそう言ってもらえるのが嬉しいよ」
レンの手を握り、リンは夕陽のせいでは無い理由で赤くなった顔で答えた。
黒の死神と人間の少女のお話 6
ようやく首飾りの所まで到達。死神様はホットココアがお気に召したようです。
買い物の時、どっちがいいかなと悩むのも結構楽しかったりするんですよね。
イチャつきシーンは書いてて妙に恥ずかしい気分になる。何故。
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