3
「待ってよ~」
どんどん歩くアルタイルを、レティシアが追いかける。
アルタイルが立ち止まった。
「遅い!」
平日のため、人通りも少なくなった、隣村へ続く道であった。
明るい日差しが、森の中へ続く小道にさんさんとさしている。
「ごめん~」
レティシアが弱弱しくへらっと笑った。その表情を見るとアルタイルはわけも分からず怒鳴りつけたくなる。
「そんな重たいものたくさんつけているからだろ! 革の鎧も、鉄のかぶとも、いまどきそんな格好した奴はいないぞ!」
「ん、でも……このほうが、怖くないんだよ?」
アルタイルは、どきりと立ち止まる。
たしかに、アルタイルはいまどきのルディ退治の主流である、軽装だ。チームで、すばやく動き、相手をしとめる。
対してレティシアの格好は、古めかしいながらも、がっちりと急所を守った格好だ。自らの身は自らで守る、個人戦向きである。しかもレティシアの場合、それらをつけていても重さを感じさせないくらいに、動くことができる。
実際、軽装で、置き去りにされて、怖い思いをしたのはアルタイルだ。理はレティシアの側にある。
「私、怖がりなんだ……つけていたほうが、爪とか、牙とか、怖がらないで、よく動けるようになるから」
「もういい!」
これ以上、自分の無知、無力を思い知らされたくなかった。
アルタイルは、ゼルになることに関しては、人一倍努力した自信があった。
成果を出したことのない彼を支えているのは、努力をした、その自負だけだった。
セルの訓練校を卒業した者は、大半は三ヶ月以内にサリを結成し、最初のルディを退治し、ゼルと呼ばれるようになる。しかし、アルタイルは、訓練校を卒業して、もう一年と半年も、ゼルになれずにいた。
理由は、単純だ。アルタイルが、弱いのだ。
剣もやっと扱える程度。魔法もやっと自分の命が守れる程度。そんなアルタイルと共にサリを組み、命に関わるルディ退治に行こうという者がいるはずも無かった。
「俺は、誰よりも、剣だって魔法だって練習している!」
その自尊心が、実力を伴えば、よかったのだが。
いつまでも半人前の自分が、哀れみの目で見られているような焦り。それがアルタイルから正常な判断力を奪った。アルタイルは、実力に合わないルディ退治を決行してしまったのだ。
「俺ならやれる! 誰よりも長く、剣も魔法も勉強しているんだから!」
親の財力と期待に応えて、幼いうちからルディ退治を目指してきた、同じ境遇の少年数人が、アルタイルの熱に同調し、行動を共にした。
実は、アルタイルは、魔法と剣の免許の取得にも、ほかの者の数倍の時間を要していた。
そのことが、自分は優秀なゼルになると信じていた彼の自尊心を傷つけ、そして、彼自身の心をあせりとなって攻め立てていた。
笑われたくない。バカにされたくない。退治を行う村も、わざわざ知り合いのいない遠くの村を選んだ。アルタイルとその仲間は、見知らぬ者たちに対して見栄を張りつづけ、長いセル時代に磨き上げた、自らを虚飾するための演技力で重なる不安を押さえつけた。
そして、軽装と高価な身なりを実力と勘違いしたこの村のルディ対策課の役人は、ボンボンの寄席集まりであるアルタイルたちのグループを、ルディの住処へと案内してしまったのだ。
やっとの思いで上った初舞台。しかしアルタイルたちは、命を脅かされる圧倒的な恐怖という、もっとも過酷な形で現実を知った。
敵意をむき出しにしたルディが姿を表した瞬間、アルタイルの仲間は、あっという間にその場を逃げ去った。
アルタイルを見捨たことは、彼らの実力からすれば、正しい判断だったのかもしれない。
この時になってやっとアルタイルは、自分の集めたサリは、所詮、虚栄のために寄り集まった、その場限りの個人の群れだということを思い知ったのだ。
レティシアの到着があと一瞬でも遅ければ、取り返しのつかない教訓になるところであった。
アルタイルは、洞窟の中の出来事を、これ以上蒸し返されたくなかった。
「……ねえ、今日のルディは、大きかったね。私も実は、恐かったんだ」
初めてルディと出会い、腰を抜かしていたアルタイルを気遣ってか、レティシアは、困ったような笑顔で、アルタイルに話しかける。
「ハッ! 闇打ちのレティにも、恐いということがあるのかよ」
「ルディは実際に出会うまで、どんな強さか分からないから。私はいつも恐いよ? 命のやり取りでしょう? やっぱり死ぬのは嫌だし……」
数々のルディを退治してきた有名なレティシアが、ためらいもせず、新人の自分に向かってルディは恐いと打ち明ける。虚勢を張っていたアルタイルは、恥ずかしくなった。
「わかってるよ、そんなこと」
虚勢を張るのがくだらないことはアルタイルにも分かっている。しかし、アルタイルには、その感覚がなじみすぎで、現実を直視するやり方が分からなかった。結果を出せなくて虚勢を張る。そして失敗する。悔しくて恥ずかしくて、また虚勢を張る。その繰り返しだ。アルタイルは、そんな自分がもどかしい。いらいらする。しかし、出口がわからない。
首が重い。アルタイルの首には、先ほど彼が主張してもぎ取った、報酬の白い宝石が下がっている。これを受け取るべき人はほかにいたのに。
「おい!」
「はい?」
アルタイルは、首から、宝石の入った袋を外した。
「これやる!」
「え?」
正当な報酬なのに、不思議そうな顔をする彼女に、アルタイルは無性に腹が立った。
「お前が持て! この『風の加護』の魔法の力で頭を守ってもらえば、そんな、鍋みたいなダサい兜なんかかぶらなくてすむだろう! っていうか、もう戦いは終わっただろう? 脱げ!」
一瞬、ぽかんとたたずんだレティシアの姿があまりにも無防備なので、アルタイルは思わず、起きてるか? と聞くところだった。
「ああ、よく分かったね。いいでしょう? この兜、鍋なんだよ?」
レティシアがあごで結んでいた布を解いて、兜を脱いだ。ひっくりかえすと、確かに鍋だ。取っ手の輪に、布を通してあごで結んで固定していたのだ。
「マジ、鍋だったのかよ……」
日差しの中、アルタイルが、くらりとめまいに襲われたのは、おそらく暑さのせいだけではない。
「ありがとう。……わあ、涼しい」
え、とアルタイルは思った。なぜ? 『風の加護』は、手順を踏まないと発動しないのに。
レティシアの、汗で濡れて張り付いた髪が、優しい風に撫でられていく。 レティシアの短い髪は、光と風を受けて、薄紅色の花のように輝いた。
明らかに、さっきまで吹いていた自然の風とは違う。レティシアに、出会ったことを、この魔法の宝石が、喜んでいる。
「こんなところでも、才能の差かよ……」
次の瞬間、アルタイルの視界がぶれた。汗が目に入ったのかと思ったが、そのまま体が傾いだことで、おかしいことに気が付いた。
「あっ……」
レティシアの心配する言葉を、最後まで聞くことなく、アルタイルは気を失った。
* *
薄闇の中で、アルタイルは目を覚ました。
「ここは……」
湿った木の匂い。遠くから聞こえる喧騒。背に当たる、硬めのマットの感触。
「宿、か」
どこの町だろう。それとも、ルディ退治をしたあの村に戻ったのか?ぼんやりとした青い闇に目が慣れてくると、側に自分の装備が一式そろえて置いてあるのが見えた。
「ん……」
額に触れると、濡らした布が載せられていた。何か小さな硬いものが中に入っている。
「これは、風の加護?」
ルディ退治の報酬。レティシア・バーベナの持ち物。
「レティ?」
がばっと起きあがったアルタイルの視界に、白い背中が飛び込んできた。
「えっ! 起きてたの!」
アルトの声が振り返る。
「な、な、なんでここで着替えてんだよ!」
「ご、ごめん! 別室を取ると、宿代が高いから……」
あたふたとシャツを着ようとしたレティシアは、慌ててズボンを落としてしまう。
ひゃあ、という声にならない悲鳴をレティシアが上げた。アルタイルは、がばっとシーツを頭からかぶった。
「は、早く着ちまえよ!」
「わ、う、うん……」
目がすっかり慣れてしまった闇の中で、衣擦れの音がやけに響く。
アルタイルは、しっかりと見てしまった。レティシアは、尻尾を持っていた。しかも、珍しいことに、南の外洋のような、鮮やかな群青色をしていた。きらめく鱗に包まれたそれは、トカゲ族の証だった。そういえば、髪も薄紅色だった、と思い出す。明るい色が体に残るのは、トカゲ族の特徴であった。
「あ、あの……」
「終わったのかよ」
不機嫌に答えたアルタイルに、レティシアが竦む気配がする。
「うん……ごめん」
なぜ、こいつは、俺にあやまるんだ。掛布をのけて起き上がりながら、アルタイルはますます不機嫌になる。これが自分なら、看病してやったんだ、ありがたく思え、くらい、言ってのけるだろう。
「お前、トカゲ族だったのな」
はっ、と、レティシアが息を飲んだ。その反応も、アルタイルの癪に障った。
「すごい色してんのな。あんな色見たのは、トカゲ族の中でも初めてだ」
意地悪く聞こえるように言ってやると、レティシアの視線が、アルタイルから右下の床へと泳いだ。何か言いかけて止まるように、口が半分開いて止まる。
「その尻尾、いじめられるんじゃね?
ルディがいる時代に生まれてよかったな。あんたほどルディ殺しの才能があれば、少しくらい変なところがあったって、尊敬してもらえるだろ」
その瞬間、レティシアがぐっと唇を噛んだ。
図星かよ!
アルタイルは、もどかしさといらだちにグアッと焼けた腹を思わず抑え込む。
しばらくの沈黙ののち、レティシアが口を開いた。震えた声が響く。
「……水、貰ってくるね」
うつむいたまま、レティシアは、先ほどまでアルタイルの額に乗っていた布を拾い上げた。起き上がった瞬間に、床に落ちてしまっていたのだ。
「これ。代えの布を持ってくるから、悪いけどしばらく、このままつけてて」
風の加護をつつんで、再びアルタイルに渡した。ひやりと冷たい感触を、受け取った。アルタイルの指が、レティシアのさらりとした手のひらに、一瞬だけ触れた。
「あ、おい……!」
アルタイルが呼び止める前に、レティシアは部屋を出て行ってしまった。
「ち……くしょ……!」
アルタイルはやけっぱちで布をつかむ。その心地よい冷たさを顔に押し当てて、ばたりと寝台に寝転ぶ。
「何だよ! でかい図体して、これしきのことで、泣くなよなぁ……!」
凄腕のくせして、弱弱しい微笑み。群青の尻尾。実用的な知識は豊富なくせに、アルタイルの八つ当たりには何一つ言い返せない。
『風の加護』を水で包むと、こんな風に物を冷やすのか。
魔法を必死で勉強してきたアルタイルも知らなかったことだ。
経験から得たのであろう、知識。その経験を得た裏には、どんなに壮絶な人生があったのだろう。
そして、彼女は、その困難を生き延び、経験という糧にすることができた。それだけの腕と才能を持ち合わせたのだ。
「くそ……泣きたいのは、こっちだよ……」
力の差。悔しくて、吐きそうだった。ルディ退治で生きていくための、自分の現実を目の当たりにしたアルタイルは、熱に任せて暴れまわりたくなった。
* *
いつの間にか眠ってしまったらしい。
そういえば、レティシアは、まだ帰らないのか?アルタイルは、ふと、不安になった。おかしい。額の布は変えられた気配はない。
「くっそ……後味悪いな!」
でかい図体して、まだ自分に言われたことを気にして泣いていたりするのだろうか。
「あの、バカが」
アルタイルは部屋を出た。どうやらこの部屋は二階のようだ。廊下の端の階段を下りていくと、そこは食堂になっている。
「レティシア……?」
夜は酒場となるらしいそのフロアで、レティシアは、すぐに見つかった。
「へえ、あんたがレティシア・バーベナか」
「もっとおっかない姉ちゃんだと思っていたよ」
なんだ。楽しんでいるんじゃないか。
レティシアはテーブルの一角に、ゼルと思わしき男たちに挟まれて座らされ、困ったような微笑を浮かべていた。
心配した自分が馬鹿馬鹿しくなり、アルタイルは二階に戻ろうとした。その前に、厨房で水でも貰っておこうか。夜、喉が渇いたら面倒だ。
階段を下りて、レティシアのテーブルには背を向けて、水を貰おうと厨房に声をかけようとしたそのとき。
「なあ。今夜、つきあえよ」
レティシアのテーブルから聞こえた男の声に、アルタイルは振り返る。
男の、狼族をしめす尻尾が、いやらしく左右に揺れていた。
「あ、あの、私、戻らなきゃ……」
体をよじるレティシアだったが、まるで男に擦り寄ったみたいになってしまう。戸惑いが、はためにもはっきりと伝わってきた。
「お、いいねぇ。感想を頼むぜ! 噂のレティシア・バーベナのお相手を勤めました、とな」
誘った男の、レティシアをはさんだ反対側の男が、仲間を鼓舞する。こちらは鷲族だ。酔った勢いなのか、背中の羽も飛び立ちそうな勢いでばさばさと羽ばたいて、上機嫌だ。
「本当に、駄目なんです! あの、連れが病気で……」
「いいっていいって。ゼルになったばかりの坊やだろ? 血をみてバタン、なんて、看病するようなもんじゃねぇよ。それに、まんざらじゃないんだろ? 俺たちの酒の席についたってことは、よ」
そのとき、レティシアが、はっと不自然なタイミングで体をこわばらせた。
「……レティシア・バーベナは、トカゲだぞ」
何をされたのか、アルタイルにはすぐ想像が付いた。
レティシアのトカゲ族の証、尻尾は、普段はズボンに隠されて見えない。
「あのバカ。なんで、振り切らないんだ」
早く捨てていっちまえよ! そんなくだらない奴ら!
しかし、レティシアは動かない。
アルタイルの苛立ちが限界を超えた。
足をどん、と一度踏み鳴らして、きびすを返す。
つづく!
【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 3
オリジナルの3です。
⇒ボカロ話ご希望の方は、よろしければ味見に以下をどうぞ……
☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
http://piapro.jp/content/6f4rk3t8o50e936v
☆夢みることりを挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた 全5回
http://piapro.jp/content/ix5n1whrkvpqg8qz
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想