16


 やがて、アルタイルは、立ち上がった。
 立ち上がったばかりの、少女の手を引いた。

「レティを、迎えにいこうな」

 少女が、アルタイルの手を、握り返した。

「ゆっくり歩いていけばいい。朝には村の外に着く。いざというときに情に弱いあいつが、俺たちをそうそう捨てられるわけがないんだ。」

 アルタイルは、確信していた。

「レティは、俺とサリを組むくらいバカな奴だ。ルディに荒らされ放題に荒らされて、問題も山積みのこの村を見捨てて出ていくわけがない! ……まったく」

 ばかなんだから。

 そのつぶやきを、じっと少女が聞いている。

 少女のたどたどしい歩みに合わせて、アルタイルはゆっくり歩き出した。
 二人のゆっくりとした旅立ちを、満天の星が、やはり千の目で優しく見守っていた。
 のんびり歩いて、時々立ち止まって。二人はゆっくり、レティシアを追いかけた。


 村の入り口が見えたのは、日の出の少し前だった。
 
白み始めた空。青さの残る朝の空気の中を、レティシアは、ゆっくりと進んでゆく。
 村の入り口に、なんと、人影が見えた。

「アルタイル・イーゴリ……」

 仏頂面のアルタイルが、手を腰にあててこちらを睨んでいる。
 と、思ったら、その手は、あの少女を抱えているのだった。

 レティシアが、思わず立ち止まる。
 アルタイルと少女が、レティシアを見つめる。

 数秒がそのまますぎた。

「……なんでそこで立ち止まるんだよ! お前! 感動の再会だろうが!」

 アルタイルが、レティシアに向かって勝手なことを叫ぶ。アルタイルが、少女を押し出した。

「行けよ」

 そのとき、朝日が昇ってきた。少女の金色の髪と尻尾が、レティシアのかつての友人を思い出させた。

 レティシアが、初めて剣を握るきっかけになった、狼族の少女たち。
 その後、レティシアを怖がり、避け続けた少女たち。
 はるかかなたに過ぎ去ったはずの記憶が、レティシアの足を、情けなく竦ませていた。
 
 この子を。親の血の海の中で、私はこの子のへその緒を、父親を殺した剣で切った。
 生まれたばかりのこの子を、血まみれの鎧で抱いた。
 避けようもない残酷な事実と、強烈な罪悪感が、レティシアの足を、地面に縛り付けていた。
 レティシアは動けない。凍りついた足と心は、狼族の少女の前で、冬の嵐の海のようにゆれた。


 さら、と、少女の金色の尻尾が揺れた。レティシアが憧れ続けた、狼の尻尾。
 次の瞬間、朝日の一条の光と共に、少女は、レティシアの腕の中に飛び込んだ。

「レティ――――!」

 レティシアは、鎧の胸に、少女の全体重を受け止めた。

「レティ! レティ! レティ!」

 少女は、嬉しそうに、レティシアに、頬を擦り付ける。

「驚いただろ。もう立って、走っているんだぜ?」

 アルタイルが、意地悪くにまりと笑った。

「しかもこいつは、相当知能を持っていると思う。獣の子は、生まれたときから五歳児並みに何でも出来るって、本当だな」

 アルタイルが、歩みよってきた。
「昨日、お前が出て行ったすぐあとだ。ちゃんと、レティ、って発音しやがった。早いもんだな。俺と長いこといると、悪い言葉ばかり教えるぞ。取り上げたものとして、いいと思ってんの」

 それは、アルタイル流の、おかえりなさい、だった。

「アル!」

 レティシアに抱かれながら、少女は、アルタイルを振り返った。輝くような笑顔だった。
 アルタイルは、レティシアを見上げて、にやりと笑う。

「命の恩人様から、そう簡単に逃げられると思うなよ?」

 レティシアも、思わず笑わずにはいられなかった。
 困ったような笑い方は、相変わらずレティシアの専売特許だったが、それでも、久しぶりに心から、笑ったような気がした。

 レティシアは、心の中の冬の嵐が、とっくに消え去っていることに気がついた。
 かわりにあるのは、初夏の、昇ってくる力強い太陽。

 レティシアの腕の中で、子供がはしゃぎまわって、熱い体温を伝えてくる。

「アルタイル」

 レティシアは、アルタイルに向き直った。

「ありがとう」

 アルタイルは、どきりとした。

「あたりまえだろ」

 温かい沈黙が、朝日の村境に流れた。

「そうだ、この子の名前、決めよう。考えていたのがあるんだけど、いいかな」

 レティシアのとび色の瞳が、柔らかく光を湛える。
 アルタイルは、レティシアの「ありがとう」の意味が、やっと分かったような気がした。

          *        *

 宿に戻って、少女に食事をさせ、アルタイルとレティシアは、名前を相談した。
 少女は、ハルモニア、と名づけられた。響きあう、という意味。
鷲族のアルタイル、トカゲ族のレティシア。そして狼族の、ハルモニア。

「三族で、幸せに調和していけますように」

 願いをこめて、この世に送り出した証の、名前。

「ハ―ニィ! ただいま!」

 少女の愛称は、ハーニィ。そして少女が、ルディの洞窟で発見されてから三ヶ月。あっというまに、食事も普通に食べられるようになった。トイレも一人で行ける。服も、一人で着られるようになった。恐ろしいまでの成長速度に、アルタイルも、レティシアも驚いた。

「これは、子犬の成長と同じだ……」
「早すぎるね。もしかしたら、寿命も、早いのかも……」

 レティシアは村に滞在する間に、力仕事を手伝うなどして、食べるものを確保した。アルタイルも、小さな魔法を行うなど、出来る範囲のことをして、村にとどまり、信用と収入を獲得していた。

「ねえアル。私にも魔法を教えてくれる?」

 村の復興には、物を動かすにも明かりをつけるのにも、魔法がずいぶんと役に立つ。

「ま、まぁな。レティは剣を教えてくれたからな!俺も魔法を教えてやらなくもない!」

 高飛車なアルタイル節は、照れ隠しであることは、レティシアにも村の人たちにも筒抜けである。

「復興の手伝いだけでなく、娯楽の提供もしていただけるゼルさんなんて、めったにいないですよ」
 
 こうして、レティシアとアルタイル、ハーニィは、村にあっという間に居場所を得ていった。


 この村が復興中であるうちは、仕事がある。アルタイルもレティシアも、ルディ退治に行かなくてすんだ。レティシアたちが復興を手伝った賃金を、村のルディ課が出してくれるのだ。

 よくそんな余裕があったな、と尋ねたアルタイルに、

「住んでいたおとなしいルディが、他のルディ除けになっていたようなのです。作物を荒らされることもなかったので、この村は他の所より余裕があったんですよ」

と、役人は答えた。

 おまけに、ルディにさらわれたかわいそうな少女を保護していると聞いた村人たちが、野菜などを時々差し入れてくれる。まるでゆりかごのような村の生活で、アルタイルも、レティシアも、とても安心してハーニィを育てることが出来た。

 三ヶ月間待ったが、当然のごとく、親があらわれなかったという通達が、偽装の捜索を行った街の役場からも届き、ハーニィは、めでたくレティシアの養子とされた。

 アルタイルが意外にも悔しそうな顔をしたが、

「由緒ある名家のイーゴリ家の養子にするのなら、ちゃんとお父様の了解を取らなきゃ」

 というレティシアの一言で、見事アルタイルは敗れ去った。

「私ならさ。もう、バーベナ家は、私だけだから。何かあっても、大丈夫」

 もしも、ルディとしての本能に目覚めたとしても。

「そのときの罪は、親の私が、引き受けます」

 最悪、ハーニィを手にかけることも、すべて。
 アルタイルは、初めて、自分の想定した最悪の事態が、どういう影響を及ぼすか。レティシアの表情を見て、思い知った。

「すまない。頼むな」

 アルタイルは、素直にレティシアに頭を下げる。
 レティシアは、いつものように居心地悪そうに笑っているが、いままで、自分は、いったいどれだけ人を傷つけてきたのだろう。

 アルタイルは、急に心苦さを感じた。そのことをレティシアに告げると、大人になったね、と、照れくさそうな笑顔で笑われた。

 ゆっくりとだが確実に時は進み、かれらの成長とともに運命の歯車が回りだしていた。


つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 16

オリジナルの16です。

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 1
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↓ボカロ話への脱出口

☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
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☆夢みることりを挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた 全5回
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投稿日:2010/02/27 15:07:02

文字数:3,443文字

カテゴリ:小説

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