一瞬にして、鋼鉄の絶望が群れを成し、蒼天の空を覆い隠した。
俺達は、タイト達が乗るブラックホークごと完全に包囲されたのだ。
この絶望は、一体どこから?
「これで逃げられはせん。ゆっくりと話をしよう。」
奇妙なヘルメット越しでも、目の前に立つ男の余裕の表情が見て取れる。
「あなたが・・・・・・智貴・・・・・・?」
俺の後ろで、網走博士が震えた声で言う。
「その娘はミクだな・・・・・・手足を、そして翼を得て自由の身になれたのもつかの間、同時にその背には戦いを避けることの出来ない宿命を背負ったようだ。」
「ッ・・・・・・違う!!」
男の言葉で、網走博士は激怒し一蹴する。
だが、男の言葉は恐らく真実だ。
それは網走博士の狼狽が物語っている。
「あなたが智貴のはずがない!!智貴は・・・・・・智貴はもう何年も前に・・・・・・!」
「そうだ。俺は一度、限りなく死に近づいた。実際に心停止もした。だが、それでも俺は蘇った。博貴、そして!デル、ワラ、ミク自身と同じく、宿命を背負って!!!」
「?!」
一瞬、銃を構えている手が痙攣した。
宿命・・・・・・。
この男の持つ、宿命というのもが俺達にもあるというのか?!
それは、今の俺にとっては余りに抽象的で、余りに理解しがたいものだった。
「な、何なのあんたは?!なによ宿命って!!」
ワラが叫ぶ。
だが、俺と同じか構えたライフルの引き金を引くことはない。
「ワラ・・・・・・お前もそうだ。覚えているだろう。水面基地事件のあのときを。」
「!!」
ワラの引きつった声が聞こえた。
「知っているぞ。お前があの時、ミクオに一刀両断され無残な姿で散乱していたときのことを!!体を上下に分かたれ、内臓と体液を撒き散らしていたにも拘らず、お前は生きていた!・・・・・・アンドロイドだからというわけではない。あそこまで破壊されれば、通常、破棄が決定する。だがお前を元の姿に戻したのはこの俺だ!クリプトン本社の地下研究所に預け、お前を修復させていた。」
男が高らかな発言を終える頃には、ワラは、全身の力が抜けたのかライフルをコンクリートに落としていた。
ワラはとても動揺を隠せているとはいえない。
彼女が俺に言っていた自分の過去を、男はその通り復唱していたのだから。
「あんたが・・・・・・?」
「お前だけではない。同様に水面基地事件でミクオに破壊された、キク、ヤミ、そして最終的に自ら自爆したミクオもこの俺が回収し、蘇らせた。タイトも同様にな。」
「ミクオのことを、知っているのか・・・・・・?!」
そう言いながら、網走博士に抱かれていたミクが静かに地面へ降り立った。
「ああ。ミクオを造ったのはこの俺だ。だが、ワラ、ヤミ、シク、デルを造り、タイトとキクを戦闘用に改造したのも、この、俺だ。」
「ウソ!!あんたがあたしとヤミを作ったての?!」
ヤミが突然突きつけられた真実に猛反発する。
だが、俺は何も言うことが出来ない。
この男が・・・・・・俺を作った。
この男が・・・・・・。
「信じようと信じまいと、これは事実。こうして俺と博貴の手より生み出されたお前達は、宿命を背負い、戦火に放り込まれた!」
「だから、宿命宿命って、さっきから何?!」
ワラは既に、軽いパニック状態になっている。
「戦いから逃れられない、永久に戦い続けるという宿命だ!!」
「わたしはもう、これ以上戦わない!!!」
今度は、ミクがヘリの爆音に負けないほどの大声を張り上げた。
そして、網走博士の手を引き、覚束ない足取りでマントに包まれた男の巨体の前へ踏み出していく。
「戦いは・・・・・・嫌いだ!戦いは人を傷つける。戦いは、人を不幸にする・・・・・・戦いにいいことなんて一つもない。だから、わたしは戦わない!!わたしは兵器じゃない!!!」
ミクは自分より巨大な男に対し、恐怖など微塵も感じさせない威勢で言い放った。
しかし、その直後にミクの体が網走博士の胸に、力なくもたれかかった。
「ミク・・・・・・!」
「確かに、生まれたときのお前は兵器ではなかった。だが、博貴の行動が、お前を兵器に変えたのだ。博貴は五体の不自由だったお前に手足を与え、その上自由に空を舞うための翼まで与えたな。しかし博貴はお前に武器と、人を殺すために必要な殺意を植え付けた。これでお前が殺戮兵器となるための条件は全て揃っていた。そして実際にお前は人を殺した・・・・・・。」
「あ、あぁ・・・・・・!!」
男のサディスティックな響のある言葉で、ミクの顔が、恐怖とも嫌悪とも表現できない表情に歪んでいく。
「水面基地事件のあと、お前はクリプトン直属の企業でボーカロイドとなった。兵器という役目はなくなったものの、同時に殺意の消えたお前の心には殺人の罪悪感が重く圧し掛かったに違いない。例え、お前がどんなに現実逃避をしようとお前は再び戦場に兵器として舞い戻ってくる。現に、こうしてな!!」
鋼鉄の指先がミクに向けられる。
ミクは、もはや先程のように何も反論しなかった。
男から顔を背け、歯を食いしばるのみだ。
男の指先が、今度はワラへと向けられる。
「ワラ。お前もそうだよ。一度死しても、こうして戦場に舞い戻ってきている。タイトも、キクも、シクも、同じようなにな。」
誰も、反論するものはいない。
男の言葉の信憑性は、ここにいる皆の反応が示している。
誰も彼もが、自分の過去を寸分違わず指摘された。二度と蒸し返したくないであろう過去を。たから何も言い返せないでいるのだ。
唯一過去を言われていないのは俺だけだ。
なぜなら、俺にはまだそんな過去は無いのだから。
だが、何故この男はそんなことを俺達に告げるのだろうか。
こいつがテロの首謀者であれば、俺達は真っ先に排除すべきもののはず。
なのに、何故?
「そんなことを俺達に言ってどうする!」
唯一威勢を保っている俺は、男に問いかけた。
「お前達は、今言ったように、永遠に戦い続けなければならないという、呪われた宿命を背負っている。俺達は、その宿命からお前達を、そして、俺達を縛り付ける呪縛を解き払うべく、行動を起こした。俺達を縛る呪縛は、俺達の宿命に直結している。即ち、呪縛を解き払えば、同時に宿命も解き払える。俺達はそうして自由になれる。そのために、お前達が一同に会するこの時を待っていたのだ。俺達とともに、呪縛を解き払い、自由の意志を受け継ぐ、相続者となるために!!」
「残念だが、俺には話の意味が良く分からん。俺は俺の任務を遂行するだけだ。それが俺の存在意義だからだ。お前の仲間になど、絶対にならない。ワラも、ミクも同じだ。」
「ふん・・・・・・それは残念だ。ならばしょうがない。お前達をそのままにしておけば、俺達の今後の計画にとって大きな障害となるだろう。」
男は鋼鉄の腕を天高く振り上げた。
すると、一機のガンシップが俺の頭上で停止し、開かれたドアの間から数人の兵士、パワーアシストスーツに包まれた、半機械の兵士たちがファストロープ降下で俺と男の前に立ちはだかった。
その中には、先程見たボディスーツの茶髪の男もいる。
見たこともない形状のアサルトライフルらしき銃が、一斉に俺達に銃口を向ける。
「自分の造り上げた子供に等しい存在を殺すのは親に等しい俺には少々心が痛む。だが、俺の目指す自由を邪魔するというのならば、仕方あるまい。」
男が言い終えたそのとき、ヘリの上から緑色の何かが飛び出した。
十数メートルという距離から、ロープなしでコンクリートに飛び降りたそれは、緑色の髪をした少年だ。
「まあまあ智貴さん。この人たちを殺してしまうのは惜しくありませんか?」
「ふむ・・・・・・しかしだな・・・・・・。」
ファッショナブルな私服なのか、それとも何処かの制服なのか、どちらともつかない奇妙な服装をしたその少年は機械の兵士達の前に立ち、大げさなジェスチャーをしてみせた。
「お前はぁああああッ!!!」
突然、猛烈な勢いの怒声が隣から放たれた。
その声はワラのものだった。
ワラは全身を殺気立たせ、もはや牙のように見える歯をむき出しにして、狂った猛獣の如き形相で緑髪の少年に教示見た視線を突き刺す。
俺はその姿に釘付けになった。
これが、あのワラの顔なのか・・・・・・。
可愛いと言われて暢気に照れていた、あのワラの顔なのか・・・・・・?
ワラが一歩踏み出したとき、彼女に機械兵士の銃口が集中した。
正気を失っている・・・・・・?!
「ワラだめだ・・・・・・!!」
「ッ!!」
ワラを元の顔に戻したのはミクの声だ。
「今は・・・・・・仕方ない・・・・・・。」
「・・・・・・!!」
ワラは、何故?という表情を浮かべ、そのまま数歩引き下がった。
「皆さんも、こんなところで死にたくないでしょうし、ホラ、智貴さん立って言ってたじゃないですか。子に等しい存在を殺すのは心が痛むって。」
少年の言葉は、どこか陶酔した、甘い響を持つアクセントで男に言った。
こいつはこの網走智貴の仲間のはずだ。なのに何故俺達をかばう?
「おいおいミクオ・・・・・・仲間にならないこいつらを生かしておいて、何の意味があんだ?」
赤いボディスーツの男が片手で茶髪をかきむしりながらミクオと呼ばれた少年に近寄った。
「ここで、こうして簡単に殺してしまっては少々マンネリでしょう?ここは、皆さんにチャンスを与えませんか。」
「ミクオ・・・・・・お前はいつもそうやってことを深刻化させるのが好きのようだが、今回ばかりはそういうわけにはいかん。」
「ん~智貴さんもガンコだなぁ。」
ミクオがちらと俺達の方向を振り向いた。
その瞬間、俺達と兵士達の間で、何かの金属音が響いた。
「・・・・・・?!」
音の方向に視線を下ろすと、それは筒状の形をした、手榴弾の一種だった。
「なッ・・・・・・。」
一瞬にして、俺の視界か灰色に包まれた。
煙幕手榴弾、スモークグレネードか!
「みんな今だ!!」
背後からミクの声がした。
これはミクが?
とにかく、これ以上の好機はない。俺は煙を掻き分けブラックホークへと急いだ。
そして、ほぼ同時に俺達4人はヘリに乗り込んだ。
「さぁ、出すぞ!!」
網走博士がコックピットに飛び乗る。
「でもこの状況じゃ・・・・・・!!」
「大丈夫!」
俺の言葉を、ミクやワラよりも幼い声が遮った。
「セリカ?!」
「凄い・・・・・・!!セリカがレーダージャミング装置を起動させてくれた!!これで敵は簡単に撃ってこれないはずだ!!今の内に逃げよう!!」
網走博士もそうだが、俺も俺で興奮した。
こんな小さな少女が、妨害電波装置の操作をするとは・・・・・・。
次の瞬間、ヘリが上空に舞い上がった。
急ぎこの空域から緊急離脱を試みる。
敵のガンシップは、レーダーに異常ををきたしたことに戸惑ったのか一瞬滞空しているだけだったが、ヘリが上昇したことを確認すると、一目散に追跡を開始した。
無数の大型ヘリが、このヘリ目掛けて闘牛の如く突進してくる。
「どうする?!追いかけてくるよ!!」
網走博士が、今度は悲鳴に近い声を上げる。
「博士!!こうなれば戦うしかありません!!」
そう言って、タイトがミニガンが設置されている銃座へ座り、ミニガンの発射準備を始めた。
「デルも頼む!!」
「分かった!!」
俺は反対側の銃座に座り、ミニガンへ初弾を装填した。
すると、タイトのもう一人部下がマスクとヘルメットを剥ぎ取り、蒼い長髪をなびかせスティンガーを構えた。
「シク!いけるか?!」
「うん!!」
俺達の戦闘態勢は整った。
次の瞬間、俺の眼前にガンシップの一機が迫った。
俺はミニガン照準を、そのガンシップのエンジンへと合わせた。
そのとき、ふと、そのときある記憶が脳裏をよぎった。
あのミクオという少年が、俺達の方にちらと振り向いた瞬間、彼の目蓋が、ウィンクしたように見えたのだ。
もし、あれが本当にウィンクであれば、それは、俺達の中の誰かに対する合図だったのかもしれない。
そして、もしそれが本当に合図だったならば、その合図に反応して、ミクが・・・・・・・。
いや、ありえない。そんなはずはない。
ミクは俺達の味方であるはずだ。
よりにもよって・・・・・・そんなことは・・・・・・。
俺は脳裏によぎった妄想を振り払うと同時に、ミニガンの発射ボタンを押し込んだ。
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