突如として転がり込んだその報は、この場所そのものを凍てつかせた。
ここにいると、危ない?
何故?
「キク。どういうことなんだ?何が危ない?」
決して取り乱さぬ口調で、タイトが問いかける。
『てき・・・・・・敵がきてるの。たくさん・・・・・・たくさん。囲まれてるよ。』
彼女の声には、まるで感情がない。
何かが、不気味だ。
『あのね、今、ひろきが出るから・・・・・・。』
彼女が告げると同時に、無線が切り替わり網走博士の回線に繋がれた。
『タイト!デルさん!!聞こえる?!』
「博士!一体何事なんですか?」
『こちらのレーダーが、今君たちのいる家屋の周囲半径一キロ以内に、多数のナノマシン反応をキャッチした!!セリカが解析してくれたところ、どうやら敵のようだよ。一刻も早く、そこから栄田さんと一緒に脱出してくれ!!』
博士の言葉に気付き、俺は自分のレーダー端末を取り出した。
なんてこった・・・・・・。
本当に、俺達を取り囲む形でレーダーに反応がある。
やはり今回の任務のことが、奴らに知られていた?
『二人とも聞こえる?すぐそっちのレーダーに、丁度いい脱出路を表示したから。それにしたがって、森の中に逃げて。林に入れば撃たれることはないと思う。味方の救援を読んだから。それまで逃げ延びて。』
セリカが言い切るうちに、レーダーには脱出路のナビゲーションが表示された。
レーダーの反応を可能な限り避けて通る道。言わば、血路か!
その先には、俺達が救援を待つ場所、リカバーポイントがある。
『もたもたしちゃダメ。すぐに女の外と一緒に、そこから逃げて。』
「了解した・・・・・・いけるか?」
栄田道子は、この時のためと見て、この格好をしていたのか。
「・・・・・・ええ。急ぎましょう。網走博士と、直接話したいことがあるから。」
「よし。裏口から山の中に逃げ込むんだ!!」
俺達は玄関から靴を取り、裏口の戸を突き飛ばし外に出た。
時刻は既に八時を回り暗闇にであるはずが、木々の合間を縫って赤い光が差し込み、森の中を赤く染め上げている。
ありえないほど不気味な光景だが、それに驚いている暇はない。
「なんだこれは・・・・・・。」
「時間がない。急ぎましょう。」
「ああ。俺が先導する。ついて来てくれ。」
レーダーのナビゲーションに注視しながら、俺はタイトと栄田道子を後ろに道とは言えない林の中を小走りに駆け出した。
レーダーを見る限り、奴らの存在を示す光点がこちらに近づいてくることがない。
あいつら、俺達を見逃すつもりか?
た、いと・・・・・。
まもる・・・・・・。
浮霊経・・・・・・発。
「うあぁぁアアアァァァーーーーーー!!!!!」
赤く照らされた森の中を、悲痛な断末魔が駆け巡った。
それに続いて、無数の銃声。
「何だ!何が起こってる?!!」
思わず、声を上げた。
だが、森の中を駆けるその足だけは止めない。
次第に草木が足元から途絶え、緩やかな傾斜へと突き抜けた。
身を隠せるものが全くない、ただ木々が林立しているだけの空間。
まずい!!
そのとき、遥か遠くで乾いた音が鳴り響いた。
その瞬間栄田道子に近い木の一本が盛大に爆ぜ、音を立てて折れ曲がった。
「きゃっ!!」
彼女が悲鳴を上げて足を躓いたが、タイトがその両腕でバランスを崩した彼女を受け止めた。
その悲鳴は、森中に響き渡った。
悲鳴が響き、還ってくるものは・・・・・・。
「伏せろッ!!!」
三人が同時に土の上に体を伏せた。
連続する発砲音。音速で飛来する無数の閃光。
その閃光は周囲の木々が花火のように吹き飛とばし、地面を耕していく。
地面に伏せていても、俺の目の前に弾丸が着弾し土煙が跳ね上がった。
「クソッ!スナイパーのアンブッシュだ!!!」
「確かに、ここなら見通しがいいからな!!」
俺達は弾丸の豪雨にさらされ、一切の身動きが封じられた。
あっ・・・・・・。
たいと、まもらなきゃ。
よくも・・・・・・たいとを・・・・・・。
シネ・・・・・・・!!
瞬憑経・・・・・・発。
あの断末魔が、再び森の中を反響した。
一人、二人、三人と、悲鳴の数だけ銃撃が途絶えていく。
「うぉおおおおおおオオオオーーーーーーーーー!!!」
その叫び声を最後に、完全に銃撃が途絶えた。
「一体、何が起こっている・・・・・・?」
「キクだ。」
俺が呟くと、タイトが震えた声で答えた。
「キクが敵の排除に当たっていてくれる。今がチャンスだ!!」
「ああ!!」
俺達は傾斜した山中を全速力で駆け出した。
不意に襲い掛かる弾丸が、足元で破裂音を撒き散らす。
今の俺達には、走ることしか出来ないのだ。
俺は、俺達を狙撃するスナイパーの気配だけでも察知しようと頭上に視線をめぐらせた。
そこには、赤い光に照らされ、何かが木の枝に引っかかっていのが浮かび上がっていた。
「なんだありゃ・・・・・・?!」
「ッ・・・・・・!!!」
小型ライトでその何かを照らし出すと、それもまた、赤かった。
言いようのない恐怖心が背筋を凍てつかせ、いつの間にか足は駆けることを忘れていた。
背後で、小さな悲鳴が発せられた。
それ人の顔だった。ただし、それだけだった。
胴体のない人間の頭部が、木の枝に深々と突き刺さっているのだ。
もしや、と思い木の根元を照らすと、そこには頭部のない人間の胴体が、斜めに切り裂かれて、あたり一面に臓器を撒き散らしていた。
切断面から湯気が立っていることから、この人間が惨殺されたのは一分もない最近のことだ。
無意識に、タイトに視線を送ると、彼は俺の視線から背いた。
「・・・・・・。」
一歩一歩その死体に近づき、身につけている装備や服装を確認しようとしたが、その体中に血液と肉塊がこびり付き、もはや人かどうかも判別できない。
恐ろしく生臭い悪臭が俺の嗅覚を刺激し、これ以上は近づくことも出来ない。
どうにか、ボディアーマーやー戦闘服など、兵士らしきものは確認できる。
唯一まともな形で残された手には、俺の知っている型のライフルが握られていた。
「これは・・・・・・陸軍に採用予定の新型スナイパーライフル。」
幸いなことに、そのライフルは一滴の血液も付着しておらず、俺はそのライフルをその腕からもぎ取り、スリングベルトで肩にかけた。
この服装とこの装備・・・・・・奴らと見て間違いないだろう。
「よし。先を急ごう。もうすぐ山峰に抜ける。」
俺達三人はその場を迂回し、再び駆け出した。
ふと、俺は今一度木の枝に突き刺さった人間の頭を見やった。
彼が、いかにしてあのような悲惨な姿になったのか。
なにより、誰がそうしたのか。
その結果が、一瞬、俺の脳裏で映像となった。
だがそんな妄想も、足元から発せられた着弾音によって掻き消された。
キク・・・・・・キク・・・・・・オカシクナル・・・・・・。
アタマガ・・・・・・ヘン・・・・・・。
タイト・・・・・・ハヤク・・・・・・ニゲ・・・・・・テ・・・・・・。
「ウ・・・・・・ウ・・・・・・ォ・・・・・・オオオォ・・・・・・。」
タイトヲキヅツケルヤツ・・・・・・ユルサナイ・・・・・・。
ユルサナイ・・・・・・!!
ユルサナイ・・・・・・!!
コロサナイト・・・・・・ミンナ・・・・・・・!!
ソウスレバ、タイトガヨロコンデクレル・・・・・・・!!!
ホメテクレル・・・・・・!!!
ソウスレバ・・・・・・マタ・・・・・・!!!
朱界経・・・・・・発!
「これは・・・・・・?」
背後からから脅えた声が発せられた。
「俺に訊くな・・・・・・・。」
少なくとも、俺はそうと答えるしかすべがない。
俺達を取り囲むように、赤い煙が周囲に立ち込めているのだ。
それらは淡い光を発し、地面を、木々を、森を赤く浮かび上がらせていた。
森に差し込んでいる赤い光は、これが原因なのか。
それの濃度は非常に高く、その霧に囲まれた瞬間には銃撃が止んでいた。
「タイト・・・・・・これもキクが?」
「・・・・・・。」
彼は何も答えない。
俺もまた、今の言葉を後悔した。
だが、そうなるとこの発光する霧の正体を説明できるものは他にない。
「・・・・・・とにかく、先を急ごう。」
そのとき、網走博士からの無線が届いた。
『みんな。よく聞いてくれ。今、君達がいる地域に向けて、陸軍の陸戦部隊がVTOLで向かってる。ミク達も一緒に。彼らが到着すれば、敵を一掃してくれるはずだ。それと、正体不明の飛行物体がそちらに多数飛来している。注意してくれ。』
「了解。」
『リカバリーポイントまであと二百メートル!一気に駆けてくれ!!!』
「よし・・・・・・いくぞ!!」
「ああ!!」
「生き残りましょう!」
博士の声が俺達に渇を叩き込んだのか、俺達は小走りに駆けることを止め、急斜面を全力疾走で駆け上がり始めた。
徐々に赤い霧から抜け出し、木々の合間から漆黒の夜空が見てくる。
もう少しだ・・・・・・!!
そして、俺達の体が森の中から一瞬空中に投げ出され、三人揃って地面に着地した。
「・・・・・・みんな生きてるな?」
「当然だ。」
「・・・・・・なんとか。」
見渡すと、森を抜けた先は、一度開発された跡地なのか、木も草も何もない、不毛の大地がグラウンド程度の広で広がっていた。
だが、それは無防備な俺達をさらす結果となった。
「!!」
目も開けていられない程の眩い光が、俺の視界を真白に塗りつぶした。
耳に聞こえるのは、一人、二人、いや、途方もない数の足音と、大地に響く、鋼鉄の足音。
数十人の兵士、それに、ABL・・・・・・。
万事休す、か。
そのとき、スポットライトの光が潰えた。
何事かと思い辺りを見渡すと、ライトの光が、俺達ではない何物かに向けられている。
その正体は、裸の大地となった山の最高峰にたたずんでいた。
ここからでも、その姿は、はっきりと眼に映った。
何もかもが赤い。
風になびくその髪も。
両手に携えるその剣も。
その身に纏う、甲殻も。
そして、彼女自身から発せられる、紅い、オーラも。
真紅に輝く巨月を背に、彼女は真っ直ぐと俺達を見下ろしている。
「キク・・・・・・?!」
そこにはもう、俺が目にしてきた彼女の姿はなかった。
雑音ミクとは違う、神々しい、しかし禍々しく凶悪な何かが彼女に憑依したかのように、華奢なはずの彼女の体が恐ろしく巨大に見える。
彼女の両腕が、上空に大剣を掲げ、その刃に真紅のオーラが纏われた。
来る・・・・・・。
アア・・・・・・・タイト・・・・・・タイト・・・・・・
スキダヨ・・・・・・!!
アイシテル・・・・・・!!
ダカラ・・・・・・ミテテ・・・・・・!!!!
「ウオオォォォォオオオオオオ・・・・・・・・・・・・!!!!」
クル・・・・・・・クル・・・・・・クル!!!
鬼神伝承・・・・・・発!!!!
「イィギィァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
機械なのか、生物なのか。
それとも、どちらでもない何かか。
その咆哮は大地を揺るがし、発せられた畏怖の念は体の感覚を奪い去った。
森の獣達がざわめき、鳥達が夜空に舞がり、大地は炎で埋め尽くされる。
まるで、惨劇の始まりを狂喜するかのように。
世界が紅に包のまれたとき、彼女の姿もまた真紅の炎に包まれていた。
炎の中には既に彼女の姿はなく、代わりに甲殻で覆われた体と頭部にある二本の突起物を持つ巨人が、今まさに跳躍せんと身をかがめていた。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想