『ココロ・キセキ』 -ある孤独な科学者の話ー [9](最終話)

発想元・歌詞引用:トラボルタP様・ジュンP様


* *




――――今言える……本当の気持ち…… 伝える……あなたに……
 ありがとう、ありがとう。 わたしは知った、よろこぶことを。
 ありがとう、ありがとう。 わたしは知った、かなしむことを。
 ありがとう、ありがとう。 わたしをこの世に生んでくれて、
 ありがとう、ありがとう。永遠にうたう…………――――



「Rinは、眠りにつきました」
「思えば、かなり複雑な感情の波を送ってしまったからなぁ」

 桜の花の散る病院の前庭で、レンは苦笑する。
 半身は、動かなくなってしまった。当面は車いすの生活である。
 リハビリは毎日行うが、あの辺境のログハウスにはもう戻れないだろう。

「あの時の感情の波をRinが理解、もといパターン化するのに、私の試算ですと280年かかると出ましたから」

 タクミが言うと、レンが右手でバシッとタクミの背を叩いた。

「お前、いっぱしのことを言うようになったじゃないか!  何? 何? 俺は聞いたぞ? “オレ”じゃなくて……私? んん? “私”? 」

 かぁっとタクミの頬が紅潮する。

「からかわないでください! オレ……私だって、もう大人なんです! 学生ではなく、研究員っていう社会人なんですからね! 」

「皆、変わっていくなぁ……」

レンがつぶやく。
ザァッと桜の花が舞い散った。

「300年後のRinからメッセージが届いたのなら、あのログハウスのライフラインは300年は保つみたいですね。

 レンさん。それを作ったのはあなたですから、“ココロ”を作るのに成功したと胸を張ってよいのではないですか? 」



 いたずらっぽく笑ったタクミの言葉に、レンは微笑んだ。


「いや。やっぱり、俺にはまだ解らないよ。
 ……不思議だ。心は、不思議だ。
 何て、深く、切ない………………」

 遠い空を見上げるレン。

タクミも同じ方向を見つめている。ふたりの見つめる同じ方向には、違うものが見えているはずだ。

「あ!」

タクミが、声をあげた。

「あれ、山波ジュニア研のみんなですよ! うわー、レンさん、退職しても大人気ですね」

レンさん、タクミさーん、と、数名がまだかなり遠いあたりから手をふってくる。タクミが、おーいと手を振り返した。



「“ココロ”、そんなに不思議ですか? 先生」


 タクミの言葉に、ハッとレンが視線を向ける。

 すると、タクミは二カッと笑った。



「オレには、そう難しいものでもない気がしましたね、あのとき。
 ほら、やっぱり、一人より二人の方が楽しいでしょう? ホラ、もう単純に、自分の思いを語る誰かがいると嬉しいでしょ?」



レンの瞳が、しわの奥で揺れた。

「オレは、あのとき、うれしかったんです。レンさんの心を知った、あのとき。
 
レンさんも、リンも、未来のRinも、もういない鈴さんもカイトおじさんも、

……きっとあの瞬間、みんながみんなを受け止めて、みんな嬉しくなって……だから奇跡が起きたんだと思いますよ! 」



 わっ、と、春の風がレンを足元から煽り上げた。



「おっ……前……! 


 ちっくしょう、やっぱりかなわないなぁ。
 タクミ。お前は、拓海は、確実にカイトの……海人の親類だよ! 」


 
 タクミは、最高の誉め言葉です、と笑った。
レンの頬が、つ、と濡れた。



「俺、生きてたんだな」



やっと、気づけた気がした。
流れた涙を右手で払い、レンは仲間たちへ手をふった。

 その心は、かつてないほどに浮きうきと、おだやかだ。
 レンは心の中で、『リン』に語りかける。




「300年後のきみが心を持って、うれしいと感じてくれたことを知ったから」


レンは、心の中で、笑顔の海人と鈴に、そして、リンを、Rinを想いうかべ、語りかける。



「俺は、心を知ることができたよ。カイト、鈴、リン……ありがとう」

「……皆をつないでくれたタクミ。 ありがとう。嬉しい。
 一番の感謝を、きみに」



 レンのつぶやきは、タクミの耳にたどり着く前に、春の空気に溶けて消えた。


「もう、思い残すことは無いな。……いい春だ」

 おだやかな景色の中、駆けてくるタクミに、レンは、やっと自分の中のカイトに許された気がした。

 気持ちがすっと軽くなったことに驚く。



「もしかして、心って、結構いいものだったのか?」

「いまさら、何を言っているんですか。だから、みんなあんなに知りたがるんでしょう? 」



鏡音先生――――! 早く――――! ケーキたべましょ――――!!

病院の前庭の桜の下、芝生の上に陣取った見舞い組が、のんきに声をかけてくる。



「じゃ、いきましょっか、先生!」


ぐん、と、背中に力が加わった。タクミの歩くスピードで風を切る車いすに、レンは苦笑する。




 心を知った孤独な科学者は、もう孤独ではなくなった。






おわり


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ココロ・キセキ -ある孤独な科学者の話ー [9] (最終話)

最終話です。心とは。

閲覧数:355

投稿日:2010/01/30 13:41:11

文字数:2,124文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 神崎遥

    神崎遥

    ご意見・ご感想

    wanitaさん

    メッセージ有難うございました!
    実はこちらの作品は先日見たばかりでまさかその作者の方からのメッセでびっくりしましたw
    ですのでこちらも是非感想をと思いまして、びびりですみませんorz

    KAITOとかオリキャラとかの絡み具合とか
    すっごく凝った内容でするすると作品に取り込まれました
    私も「ココロ」で作品を考えたことがありましたが
    博士やロボット以外の登場は考えたことなかったので
    すっごく新鮮な感じでおもしろかったです!

    次回作の読んでいこうと思います!
    本当に面白かったです!

    2010/02/20 22:56:38

    • wanita

      wanita

      神崎遥さま

      ありがとうございます!
      こちらこそ、素敵ボカロたちを描く神崎様に読んでいただけたなんて、もうドッキドキです!

      「ココロ・キセキ」で孤独だと表現されているのは、実は博士の心なのではないか、というあたりから発想した物語です。
      出来栄えが「奇跡」なら、きっとそれを奇跡と呼んだ人間がほかにいるに違いない、と思って生まれたのが、カイトの甥のタクミでした。

      そしたら妄想がむくむくと雨後の筍のように育ち、ついにピアプロ投稿するまでになってしまいました☆

      神崎さんの次回作も楽しみにしています!

      2010/02/21 10:30:36

  • レイジ

    レイジ

    ご意見・ご感想

    wanita様

    昨日はメッセージありがとうございました。

    昨日実は仕事でして、今日代休がとれたのでwanita様が一体どんな作品を作成しているのだろうと思い、ふらりと訪れたのですが・・。

    一気読みしてしまいました。正直、感動しました。
    良い作品をありがとうございました!

    2010/02/01 14:40:44

    • wanita

      wanita

      レイジ様 

      ありがとうございます!
      初投稿作品を楽しんでいただけて、とても嬉しいです!

      これからも、物語が降ったら、ちょこちょことUPしていこうと思います。

      レイジさまの次回作も、楽しみにしています☆

      2010/02/02 19:48:44

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