前奏が流れ、歌い出しのタイミング。…レンは声を出せない。
 それでも。
 艶やかに響き始めたルカの声に、思わずレンは目を見開いていた。

(…違う)

 ついつい、自分がリンの声を、リンの歌を考えていたことに気付く。
 あの跳ね回るような歌声とはかけ離れた艶めくかすれ声。

(そういう、こと、か…)

 やっと実感が沸きあがる。

 その違いはどちらが優れているとか劣っているとかではなく。
 ただ、同じものではないというだけ。
 その違いがあるからこそ。
 それぞれに、違う魅力を放つ。


―――折角なのだからレンの歌を待たせてもらうよ。

 マスターが待っていたのは。

―――私も、レンの歌が聴きたいです。

 ミクが願っていたのは。

―――レンの歌、楽しみにしてるわね。

 メイコが楽しみにしていたのは。

―――他の誰でもない、レンと歌いたい。

 ルカが、望んでいたのは。


―――おんなじ歌だからって同じように歌っても意味ないじゃんっ!


 蘇った黄金色の刃が束縛を切り解いた。
 庭で見入っていた夏の花。それに良く似た片割れは、誰よりも、レン自身よりも、レンのことを知っている。

(ほんとに、俺、バカだ…)

 ずっと自分を包んでいた青い海から顔が出せた。
 その瞬間、一気に広がった「自分のイメージ」の導くままに。

 声を弾けさせる。

 歌っていたルカの表情が緩むのにも気付かないまま、レンは歌い始めた。



「…レンの歌声だったな」

 歌い終えた後。
 ヘッドセットを外しながら、満足げにルカにそう告げられ、レンは苦笑を浮かべた。
 久し振りに精一杯歌った気がする。心地よいだるさが身体を包んでいる。
 そして、感情は高揚している。

「とても気持ち良かった」
「…ありがと」
「歌えそうか?」

 レンがこくんと頷くとルカは笑う。ヘッドセットを元の位置に戻し、録音室の扉に手を触れ。

「なら、歌うことだ。歌の方が素直に伝えやすいだろう?」
「あ、…そ、か」
「私たちはVOCALOIDだからな」

 頑張れ、と言葉を残してルカが録音室を出て行った。


 ウタイタイ。
 自分の、鏡音レンの歌を。


 ルカを見送って、レンは高揚する感情をそのままに、イメージを浮かべる。

(…届くよな。お前になら、さ)

 一番初めに届けたい相手は決まっていた。

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夏の花、開く時 7

頭では分かっていても、実感するのはなかなか難しいものですよね。

続きます。

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投稿日:2009/08/31 22:50:10

文字数:999文字

カテゴリ:小説

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