中間テストの成績は惨憺たるものだった。
そんなものは覚悟の上だ。教師や両親に何と言われようと構わない。
ただ、自分自身にひとつの疑問を投げかけるきっかけにはなった。
『何のために十音といるのだろう?』
赤点すれすれの答案用紙たちから投げかけられたその問いはあまりに重い。
そんな日の夜。今日も塾帰りに十音のあばら家へ向かう。今晩は何をするでもなく、草むらの虫の音を聞きながら、ふたり大の字になって星を眺めていた。
「ねぇ」
抑揚のない、独り言のような呼びかけ。
「どうして私に構うの?」
それぞれの道を歩み出そうとする十音に未練があるから。
「やりたいなら、言えばいいのに」
「違う」
強めの語気に押されて、十音は黙った。
もちろん、彼女の体に興味がないわけじゃない。だけど、俺がここにいる理由は、それだけじゃない。もっと大きな何かがある。その正体がわからなくて、今は何も言えない。
長い沈黙。やがて、遠くから若者たちの騒ぐ声が近付いてきた。酒でも入っているのか、夜にも関わらず大きな笑い声を上げていた。その笑い方も会話の内容も下品なものだ。
「こっち」
十音に促され、俺たちはあばら家とは対角にある草むらへ身を隠した。ただ空き地を通り過ぎるだけかもしれない彼らに、俺は恐怖していた。相手は複数だ。喧嘩になれば、勝ち目はない。
やがて数人の男たちは鉄線を越えて空き地へ侵入してきた。心臓が高鳴り、呼吸が荒くなる。十音も同じようで、俺たちは手を握り合って互いの震えを抑えた。
ガラガラと何かが崩れる音。男たちがあばら家を蹴り倒したらしい。
「おい、出てこいよ」
瓦礫を足でどかす乾いた音が響く。
「チッ、いねぇのか」
「どっかで先客とヤってんじゃね?」
「しょうがねぇ、マリコたちで我慢するか」
「あのメス豚共で妥協すんのヤだなぁ~」
「キメちまえば顔なんてわかんねぇよ」
「違いねぇ」
ゲラゲラと笑いながら、男たちが去っていく。
辺りが静かになった後も、しばらくその場から動けなかった。
「初……」
呼びかけられてハッとする。十音は寂しそうに苦笑して、
「これでも、私に構うの?」
答えられなかった。いざ自分がこういう状況になると、頭が真っ白になって何もできなかった。
十音が住む世界は、こういう世界。
それでもなお彼女と一緒にいるには、理由が薄弱すぎた。『何となく』では命の危険がある。もっと明確な意志が必要だった。
「俺は……」
世間体や成績を犠牲にして、危険を冒してまで、俺が十音といる理由は……。
「俺は十音が好きだ。だから、幸せになってほしい」
十音は品定めをするように、俺を見据える。
本当は愛ではなく憐憫なのかもしれない。しかし、彼女を守りたいという気持ちは確かにある。
「初だったら、私を幸せにできるの?」
元の生活にも、今の生活にも幸福を見つけられなかった十音。すがるように、まっすぐに俺を見つめていた。
「できる。俺が十音の『おひさま』になる」
自分でも何を言っているのかわからない。ただ恥ずかしさを隠す勢いに任せて、目の前の十音を抱きしめた。今にも壊れそうな細い体。それが大切に思えた。
「それじゃあ、私がお月さまになる。初の光を浴びて、あなたの闇を照らすから」
こうして、俺たちは新たな一歩を踏み出した。
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