第二話【後編】
STAGE-1の「空」からはじまり、「海上」、「大平原」、「森」を経て、STAGE-5の舞台は「火山連峰」だ。終盤ステージということで敵の攻撃は苛烈さを増し、ある程度攻撃を予測していないとかいくぐることは困難になってくる。加えて火山の噴火によって画面にふりそそぐ火炎弾や大地を流れるマグマから突然たちのぼる火柱など、トラップも多く、ここにきて難易度は一気に跳ねあがる。
テツヤは自機オルカを操縦し、支援ユニット・オニキスを駆使しながら進んでいく。強化されたトリプルレーザーとオニキスの放つホーミング弾で敵やトラップを排除していくが、少しでも油断するとすぐに画面は敵機と敵弾であふれかえってしまう。それほどの猛攻だった。
「ヒャハハハーッ! ジリ貧じゃねえかよ! 火力は十分なようだが、敵の出現パターンを読んで出現するはしからぶっつぶさないとあっというまに蜂の巣だぜ!?」
ジュンの言うとおりだった。貫通能力があり一度に複数の敵を破壊できるトリプルレーザーも、敵の行動パターンを先読みしないと一体ずつにしか当たらない。チャージしてから発射するオニキスの拡散ホーミング弾も、敵が一気に出現するタイミングに合わせて撃たなければ、次のチャージの隙に敵の攻撃を許してしまう。
それでもテツヤは、ぎりぎりのところでしのぎつづけていた。向かってくる敵だけを排除し、当たりそうになった弾を判定すれすれで避けながら、あとはひたすら撃つ。
クリアしたことのあるゾーンをとっくに過ぎてしまっている今の状況では、それが唯一の戦法だった。
(今のままではまずいぞ。自機のまわりしか見えていない)
キャプテン・ラルフの目にも、テツヤが冷静さを欠いているのは明らかだった。
(全体をみるんだ。西暦4093年の地球を、人類不在の大自然を睥睨しろ。バイパー、お前はそんなもんじゃないはずだ)
必死のテツヤの背後でラルフは静観に徹している。だから敵機との攻防に気を取られていたテツヤが、マグマからふきだした火柱によって自機を一機失ってしまっても眉ひとつ動かさなかった。
「しまった! だが、まだだ……!」
残り2機。
撃墜された場所から少しもどり、パワーダウンしてからの再スタートとなる。
テツヤは焦っていた。
クリアしたことのないゲームでトップランカーに勝負を挑んだ愚行が、愚行のまま終わってしまう。自分から出しゃばっておいて、それがキャプテン・ラルフの顔に泥をぬることになる……
そういう思いが、自分の本来のプレイスタイルを阻害していた。その場しのぎのプレイしかできなくなっていた。
「はぁっはぁっ、くそおっ!」
呼吸は乱れ、意識が収束せず、今のテツヤには自分が操作するオルカも、まるで他人が動かしているように感じてしまう。ディスプレイに映し出される「4093」のプレイ画面が意味のあるものとして脳に届いてこなかった。なのに、他の筐体の奏でるサウンドやギャラリーのささやき声が妙に精細に聴こえるのだ。
集中が完全に途切れていた。
自機のパワーダウンも相まって、再スタートしても敵の猛攻と地形トラップにいとも簡単に押し切られてしまう。
残機が最後の1機のみとなるのにさほど時間はかからなかった。
「あーあ、オトモダチもここまでのようだな。なぁ、CPRサンよ!」
勝利を確信したジュンがキャプテン・ラルフに言う。
ギャラリー達の中には、もう勝負がついたと立ち去る者が現れ始めていた。
だが、ラルフの、テツヤに対する信頼はゆるがない。
(まだだ、勝負はここからだ!)
そう思わないと、心が折れてしまいそうだった。
テツヤはこの追い詰められた状況を、内心では勝負を挑んだ時から予見していた。当然だった。クリアしたことのないゲームでトップランカーとはりあおうなどと……。昔は腕に覚えがあった。だが今は違う。数年のブランクがある。たまに思いだしようにプレイしても、すぐやらなくなる。もうずいぶん、本気でSTGに向かっていない。
きっとジュンには勝てない。
ではなぜ、自分は今こうしているのだろう。なぜ、意地を張らずに「やっぱりやめます」と言わなかったのだろう。
格好悪いから?
いや、違う。
(俺は、できると思ったんだ……)
でも、なんで?
顧みる間もなく、最後の1機での再スタート。
無理だ。ここまでだ。
テツヤの体からちからが抜けていく。
開始数秒で、画面には敵と敵弾があふれた。
テツヤは自機を操作し、近づく弾を避ける攻撃する。
その動きにはもはや、必死さすらなかった。
火山から火炎弾が噴き出す。テツヤはそれをぎりぎりでかわすが、その先に迫る弾丸があった。オルカの移動先を予測したザコ敵の一撃。今の彼に回避できるタイミングではなかった。
「チッ、あっけなかったな」嘆息するジュン。
テツヤは迫る致死の敵弾に気付いていない。だが仮に気付いていたとしても避けられる状態になかった。操作する両手は、彼の意識が画面の中の自機からも肉体からも切り離されているかのように、脱力している。
ただ、弾は見えていなくても墜とされるという予感だけはして、
(……ここまでか)
と思った。
すみません、キャプテン――
「バイパー!!」
誰かが叫んだ。テツヤのもうひとつの名前を。
その瞬間――テツヤが目にする「4093」の画面が色を変えた。音にあふれ、熱を放った。
火山連峰が噴き出すマグマの熱気と赤い光がテツヤの肌をじりじりと焼く。大地を揺るがす噴火の爆音が心臓を叩く。迫る敵達の殺意にさらされ全身に緊張が走り、意識が研磨されていく。
「!!!」
変化は唐突だった。
彼の精神は再び「4093」の中へ――
オルカの機動が変わった。
「い、いきなりでかい声だすんじゃねぇよ、CPR!」ジュンが突然の叫び声に驚いてラルフの方を見る。「今頃、応援かぁ!? こいつならもうゲームオーバーだぜ? 見てなかったのか――って、あぁ!?」
テツヤのプレイはまだ続いていた。
先ほど「オルカ」に迫っていた弾は何もない空間を通り過ぎ、それを放った敵が撃ち落とされていた。
「あ、あの状態からかわしただとぉ!? しかも、同時に攻撃したってのか!?」
そうだった。思い出した。
“お前ならやれるさ、チーフ”
キャプテン・ラルフの声が、テツヤの耳に蘇る。
肩に置かれた手の重さがまだ残っている。
チーフ……
“チーフ・バイパー”
それは、キャプテン・ラルフとともに戦った勇者(シューター)の名前だった。
思いだした。自分がなぜ「チーフ(参謀)」の名で呼ばれていたのかを、本来の自分を。
テツヤは全身に、特に操作盤に置かれた手に、ちからが戻ってくるのを感じた。逆境にくもりかけた双眸に光がもどった。
ここまでの4ステージは既に知っているステージだった。
だから充分に分析することができたいたのだ。“材料”はそろってたのにテツヤは自分のスタイルを、本来の能力を発揮することを失念していた。
(俺としたことが焦って“構築”を忘れていたぜ……)
余裕だったジュンだが、この局面から、逆に追い詰められていくことになる――
STAGE-5の中盤、自機を2機うしなった難所を、最後の1機になったとたん、テツヤは何なく突破してしまったのだ。
「な、何ぃぃぃ!? パワーダウンした機体でこの難所を越えやがっただと!?」
ジュンの驚きはもっともだった。テツヤの操るオルカは、先ほどまでとは打って変わって、敵の動きやトラップを予測し、最も最適と思われる挙動・攻撃をし始めたのだから。
「おいおいおい、ちょっと待てよ! さっきまでのジリ貧は何だったんだよ! どういうことだよ!?」
「げほっ」さっき叫んで喉がいがらっぽくなったので咳払いしつつ、ラルフは相変わらず静観している。
(それでこそチーフ・バイパーだ)
つづいてテツヤは、“動く武器庫”の異名をとるSTAGE-5のボス「ロックサラマンダー」もあっさり撃破。パワーアップアイテムを取得し、万全の態勢で最終ステージとなるSTAGE-6に突入した。
ギャラリーも、ジュンも、困惑していた。さいごの1機になったとたんのこの状況の変化だ。
もはやテツヤの顔にわずかの焦りもない。それはまるで、彼こそが超未来の地球偵察作戦の尖兵、オルカのパイロットであるかのようだった。
(ここまでの敵の配置、出現パターン、トラップの仕掛け方…………俺には見える! 診える! 未来が読める! この「4093」の世界を創造した神々の采配を見切ったぞ!)
最終局面。敵の最後の、全精鋭全戦力による総攻撃の、その挙動を、弾道を、まるで全て知っているかのように、オルカはそのことごとくを回避し、撃墜し、突き進む。
「な、なんだってんだよぉぉぉぉ!! オメーここまで来たことなかったんじゃねえのかよぉぉぉぉ!!!」
ジュンが緑の髪をかきむしりながら咆哮する。
その背後、ギャラリーの輪の外側で、柱にもたれてテツヤのプレイを無感情に見つめる者がいた。
真っ赤な髪の女――彼女がつぶやく。
「……チーフ・バイパーが覚醒したのね。キャプテンにチーフ。役者はそろった……」
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