久しぶりにメールが来た。

5年間会っていない友人からだ。

自分の知らない世界にいた彼女の姿を想像しようとして、懐かしい日々を思い出す。


幼かった僕たちは、狭い校庭を広く感じていた。

小さな教室を、大きく感じていた。

あんなに狭い世界だったのに、僕たちにはとても広くて大きくて、唯一だった。


数年ぶりに会った君は、前と変わらない笑顔を浮かべた。

最後に会った日と変わらない君を見るのが照れ臭くて、僕の右手は頭を掻いた。

昔の話に花を咲かせつつ、会っていなかった日々を埋めるように話して僕たちは、
懐かしい学校の前に立っていた。

ランドセルを背負って、一緒に歩いた通学路は子供たちであふれている。

「入ってみようか」

流れ出してくる生徒たちの波に逆らうように、思い出の校舎にぼくたちは踏み込んだ。


大きく感じていたその教室は、とても狭かった。

机は想像以上に低い位置にあって、椅子はとても小さかった。

あの日僕たちが座っていた席には、知らない体育着かぶら下げられていて、黒板には知らない名前が書かれている。

「懐かしいね」

ドアの前で呟いた僕を見て、君は可笑しそうに笑った。

「ねえ、覚えてる?」

来客用のスリッパを履いた君が、前から3番目の机を指差す。

「あそこが私の席。斜め後ろが君。その横が――」

1つずつ確認するように動いていく指先を見ていると、ペンダコが見えた。

白くて綺麗な指先にできた、小さなそれは、君が頑張っていた証拠。

昔と変わらないそれに、なぜか微笑みが漏れてくる。

「よく一緒に、絵かいたよね」

「そうだね」

「一輪車やったり」

「人生ゲームしたり」

「そうだ、図書館も行ってみようよ」

急に身を翻した彼女のスカートの裾が揺れた。

繋がれていた手が急に引かれて、前のめりになる。


『早く行こう!』


そうやって昔の君も、僕の手を引いていた。

僕は手を引かれながら小走りにその後を追っていた。

変わっていないこの関係に、何か温かいものが込み上げてきた。


「あ、あそこ。あの上」

「危ないよ」

「大丈夫、大丈夫」

本棚に足をかけて上を見ている君。

図書館の一番奥の窓側の本棚は、僕たちのお気に入りだった。

未だに古いその本棚に足をかけると、少し軋んだ

本当に大丈夫だろうか。

僕たちは、あの時とは違うのに。

背も伸びて、きっと体重も増えた。

壊れないことを祈りつつ、床を蹴り上げる。

本棚の上には、まだたくさんのラクガキがあった。

新しいものも古いものもあるのは、僕が卒業してからも増え続けていた証拠。

こんな場所にラクガキをしていく奴が他にもいるなんて。

「あった」

君の指が指すところには、僕の名前と君の名前。

「消されてなくて良かったね」

「もう無いかと思ってた」

「この本棚が替えられてないのも驚きだけどね」

「そうだね。私たちが乗ったから壊れちゃったりして」

「怒られるから、それ」

柔らかい春の日差しに照らされた君の顔がまるで別人のようで、急に胸が轟いた。

僕の知らない表情を浮かべた君は、僕の知っている君ではなくて、ようやく時の流れを痛感した。

学校と彼女はあまりに不釣り合いで、胸が締めつけられた。

過ぎた時間は長くて、すぐには取り戻せないことを見せつけられたようで、切なくなってくる。

「また一緒に来たいね」

ちょっと感傷に浸っていたことは、君に気付かれていなかったようで少し安心する。

少し低い位置にある君の髪が、日の光を反射させて眩しい。

「ここに?」

「ここじゃなくてもいいや。どこか一緒に行こう」

「そうだね」

仲良くならんで伸びた影は昔と変わらない身長差だったけれど、僕たちはもうあの時とは違う。

これからもきっと僕たちの路が交わることは少ないかもしれないけど、今度はまっすぐ君の顔を見ることができる気がする。

なんとなくだけど、次に会うときは今回のような感情は起こらないだろう。



「じゃ、またね」

改札口で立ち止まる。

日はすかっり落ちてしまって、少し肌寒い。

「また5年くらいしたら会おうか」

「もう少し早く会おうよ」

「何? 私の顔忘れちゃう?」

「それは無いと思うけどさ。なんとなく」

「分かったよ。またメールするね」

「うん。じゃあ、また」

「またね」

手を振って別れて、数分後。

君から送られてきたメールに、思わず笑みがこぼれた。

いつの間に撮ったのか。

僕たちがした、あのラクガキ。

それは、次に君と会うまで、僕の待ち受け画面になった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

路標

Nemさんの『ぼくらの歌』を聴きながら、書かせていただきました。

卒業シーズンということで、昔を思い出しながら書いてみました。
Nemさんの曲はGUMIですが、リンレンをイメージしていただけると、いいと思います。

閲覧数:128

投稿日:2011/02/26 23:32:47

文字数:1,935文字

カテゴリ:小説

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