THE PRESENT ≒ side:C

 凍えるほどの冷たい部屋に、三人の男女が立ちすくんでいた。
 それは深夜、ちょうど日の変わる時刻だった。“その”瞬間、まるで時が止まってしまったかのように三人の動きが止まる。部屋の中で動く物といえば、せいぜい時計の秒針くらいだろう。室内ではその時計の針だけが、正確に時を刻む音を響かせていた。部屋の外からは、ようやく小降りになりだした静かな雨音が、遠慮がちに室内に入り込んできている。
 だが、冷え切った部屋の温度とは対照的に、三人の間に揺れ動く感情は全てを焼き尽くしてしまいそうなほどの熱さをまとっており、室内には張り詰めた空気が漂っていた。
 男が一人と女が二人。その三人の内の二人、一組の男女は、まるで抱き合っているかのように寄り添っている。細いわりには引きしまった体付きの長身の男と、長い髪を頭の横で二つに結わえツインテールにしている少女だ。だが、その二人の表情からは抱き合っているようなおだやかな雰囲気など微塵も感じられない。
『あ……』
 ぽつりとこぼれ落ちたその言葉は、いったい誰が言ったのか。その声音は三人の内の誰の声でもありそうで、それでいて誰の声とも違うような響きをともなっていた。
 寄り添っている二人は、どちらかといえば少女の方が男に抱き付いているようだった。だが、あどけない笑顔が似合うであろう、幼さの面影が残る可憐な少女のその顔は、まるで感情というものが欠落しているかのような空虚さで、とてもその少女から男に“抱き付いた”ようには見えない。対する長身の男の方は、その目を隠してしまうくらいの長さの髪の毛の奥にある瞳を呆然と見開き、何が起きたのか理解できない、といった様子で少女を見下ろしていた。
 男はまともに動こうとしない思考でぼんやりと気付く。その感情を消した少女の瞳の奥に、かすかに暗い炎のような光が灯っているのを。この焼け付くような痛みは傷跡のせいなどではなく、その少女の暗い炎が男の身を焦がした焼け跡の痛みなのだ。
 その二人から少しだけ離れたところに、最後の一人である女が立ちすくんでいた。男のそばにいる少女よりは数歳年上だろう。おそらくは男と同い年。その線の細い整った容貌は、物憂げな表情をしていれば深窓の令嬢、などといった時代錯誤なフレーズすら違和感を持たせることはなさそうである。女は緩くウェーブのかかった長い髪を振り乱し、両手でその顔を覆い隠していた。そのせいで彼女の表情は読み取りづらいが、女はその整った容貌を醜く歪め、今にも発狂してしまいそうなほどの危険な雰囲気を醸し出している。彼女の細長い指先にはこれ以上ないほどの力がこもり、青白くなったほほに食い込んでしまっている。
 冷たい部屋に三者三様の感情が渦巻く中、たった一つだけ三人に共通した思いがあった。
 それは即ち。


 ――いったいなぜ、こんなことに――


 男は思った。
 もしかすると、これは自らの優柔不断さが招いてしまった事態なのかもしれないと。だとするなら、身体を焼き尽くすような感覚すら覚える、鋭く激しいこの痛みはその代償なのだろう。自分の中途半端な態度は、少女をここまで追い詰めてしまうほどに苦しめていたのだ。
 女は思った。
 これは自分への報いなのだと。少女の思いを知っていながら、少女を裏切るような真似をずっと隠し続けてきたのは間違いなく自分だったのだから。この状況がどれほどつらく、苦しいものだとしても、自分が少女を咎めることなど決して出来はしないのだ。
 少女は思った。
 これでやっと、息がつまるような苦しみから開放されるのだと。もはや苦痛だったとさえ言えるほどの約束を守り、必死に耐えていたときに、してはならなかったはずの幸せにのうのうと浸っていたなどということは、とても許せるものではなかったのだから。


 やがて少女は、名残惜しむように男の胸元からその身を離して振り返ると、女に向かって微笑んだ。それは年相応の、無邪気で可愛らしい微笑みなどではなかった。その可愛らしい少女の姿からは想像も付かないほどの憎しみと妬みに満ち、見るものを怯えさせるような、触れれば切れる怜悧な微笑みだった。
 少女の手に握りしめられた鋭い“それ”から、何かがこぼれ落ちる。真っ赤に染まったその液体は、全てが遅過ぎ、そして後戻りなど決して出来ないことを明確なまでに告げていた。
「……」
 少女が何事かをつぶやくように唇を動かす。だが、本当に少女が声を発していたのかはわからない。もし少女が声を発していたのだとしても、しとしとと降り続く雨音にすらかき消えてしまうほどの、本当にかすかな声だったのだろう。
 少女の支えがなくなったせいなのか、男は自らの胸元に手を当てると、まるで力を失ってしまったかのようにゆっくりと膝を付く。その隣りで、少女は怜悧な微笑みを浮かべたまま、女に見せつけるように深紅に染まった“それ”を振りかざした。


 その瞬間。男の、女の、そして少女の脳裏に、これまでのことが走馬燈のように駆け巡る。
 これがなるべくしてなった結末なのか。それとも三人の内の誰かが道を踏み外してしまった結果なのか。それがなんであろうと、もう過去は変えられない。今となっては、もう変えようがない。時計の針は、無情なまでに前へと進み、後ろへ戻ることなど決してないのだから。
 もうずいぶんと昔に、こうなるべくして賽は投げられてしまったのだろう。
 その少女の感情が、まるで花火のように燃え上がる最期の瞬間。
 互いを焦がした魂の焼け跡は悲鳴を上げるかのように三人を苦しめる。
 だが、それは何故か、場違いだとさえ思えるほどに優しく――。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ACUTE  1  ※2次創作

第一話。

お久しぶりの文吾です。
「ロミオとシンデレラ」の2次創作からしばらく、今回はWhite Flameこと黒うさ様の「ACUTE」でお届けします。
前回の反省点を踏まえ、「ACUTE」では歌詞に出来る限り忠実に、を目指して頑張ります。
つたない文章で本当に申し訳ない限りですが、最後までおつきあい頂ければ嬉しいです。

閲覧数:1,382

投稿日:2013/12/07 13:58:42

文字数:2,350文字

カテゴリ:小説

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  • キノ&クー

    キノ&クー

    ご意見・ご感想

    あわわわっ
    こんなところに素敵文章が!

    ACUTEいいですよね本家曲すごく好きですww
    リバースもww

    実はですね、私もリアル世界でACUTEの小説描いてるんですよ

    子供のお遊び並みの文章力ですがorz

    そういえばACUTEの小説書いてる人いるのかな?という疑問が浮かび検索したらこんなところに素敵文章があってww読者ファンになっていいですか!?

    私の小説がばかばかしく思える文章力に惹かれました

    勝手ながら、読んだとこまでブクマ、あとお気に入りユーザーに登録させてもらいますww(勝手ですいません)

    もう友達になって欲しいくらいですよ!
    脳みそ一部分けてくれーーー!!

    2010/04/21 00:41:27

    • 周雷文吾

      周雷文吾

      >キノ&クー様

      はじめまして、文吾です。

      ええーと、そんな風に褒められると照れます!(笑)
      いやでもほんとうにありがとうございます。

      おぉ、ACUTE書いてらっしゃるのですか。それは楽しみですね。
      機会があれば自分にも読ませて頂けるとうれしいです。

      文章力に関して言えば……自分の文章も未熟だと思いますよ。
      自分でも表現が足りなくてよく身もだえてますから……。

      ただ、書いた分だけ上達していくと思います。
      自分が書いた物を昔に遡れば遡るほど読めたものじゃなくなっていくのが如実にわかるので、きっと間違いないです(←早速文章おかしい)


      読者ファン大歓迎です!!
      むしろ本当にいいのかと聞き返したいくらいに(笑)
      友達も大歓迎です!!
      それはかなり本気で本当にいいのかと聞き返しますけれども(笑)

      それでは!

      2010/04/23 20:45:28

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