第三章 05
 真夜中。
 鎮魂の儀を終えた二人は、王宮のバルコニーへとやってきていた。
 ろくな休憩も取らず、夜明け前からつい先ほどまで鎮魂の儀を執り行っていた二人は疲労困憊だったはずだが、男はともかく焔姫は疲れている様子などほとんど見せない。
 あと数刻もすれば夜が明けて、新たな一日が始まる。
 しかし、焔姫はなかなかバルコニーから動こうとはせず、ただ静かに明かりの消えた街を眺めていた。
「……偽善じゃな」
 不意に、焔姫は今までに聞いた事のない悲しげな声音でぽつりとつぶやく。
「……?」
 何と返事をすればいいか見当もつかず、男は困惑した顔を焔姫へと向ける。
「敵を殺す事は、仕方ない。戦にまで発展した以上、そうせねば国が滅びる。国の守護は、余の王族としての義務じゃからな」
 なさねばならない事をなした。そう言う割に、焔姫の顔は暗い。男の――想像以上に。
「……じゃが、あの三百十二人は、勝つためにと余が見殺しにしたようなものじゃ。それなのに、忘れぬとか無駄にはせんなどと言い訳をして取り繕い、正当化しようとしておるのじゃ。これを偽善と呼ばずして何と呼べばいいのじゃ?」
「そんな事は――」
 言いかけて、口をつぐむ。
 戦いに犠牲は避けられない。ましてや、二倍近い戦力差があったのだ。焔姫の将軍としての手腕は、褒められこそすれ、責られる事など何もないはずだと男には思える。だがそれでも、焔姫がそれを偽善なのだと称するのなら、男がどれだけ言葉を尽くしても焔姫を納得させられないだろう。
 そんな風に考えてしまえばこそ、男は二の句を告げられなくなってしまう。
「……よい。慰めが欲しいわけではないのじゃ」
「そんな、つもりでは……」
「それに、なれも分かっておるから言うのをやめたのであろう?」
 焔姫は悲しそうにほほ笑む。
「……」
「なれの考えておる通りじゃよ。余は、いくら正しかったと言われても納得は出来ぬ。誰に言われても、そう、それがなれであってもじゃ」
「私、は……」
 言いかける男に、焔姫は手を振ってさえぎる。
「よいと、そう言っておろう。余は……そうじゃな。少しだけ、泣き言を言いたくなっただけじゃ。なれは、ただ聞き流してくれればよい」
「……」
 男は、何も言えなかった。
 そして、こんな風に思い悩む焔姫のどこが傲岸不遜だというのだろう、と思う。
 傲岸不遜。
 傲慢。
 わがまま。
 そういった焔姫に対して皆が抱いているであろうイメージが、男の中で音を立てて崩壊していくような、そんな感じがした。
「……他の者には、言うでないぞ。余は皆が恐れる“焔姫”でなければならぬからの」
 少しだけすっきりしたのか、悲しげな顔から皮肉げな笑みへと表情を変えると、焔姫はつぶやく。
「……ええ。分かっております」
 きっと言っても信じてくれる人はいない……とは、さすがに男も言う勇気はなかった。
「さて、長居しすぎたの。もう……床につく時間も無いかもしれぬが」
「……そうですね」
 男は苦笑を返す。
 焔姫は改めてバルコニーから街を見下ろす。空か明るくなり始めるまで、そう時間もないだろう。
「戦とは、むなしいものじゃ」
 そう言うと焔姫はきびすを返す。男も彼女の後を追い、二人は王宮の中へと入っていった。

ライセンス

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焔姫 17 ※2次創作

第十七話

読み返してみると、焔姫がずいぶんカイトに心を許してるようでほほえましい(笑)
あと第十四話で書き忘れていましたが、「西方のさらに西へ、北へと向かった先の神々の伝説」というのは、北欧神話の事を言ってます。いわゆるヴァルキリーとかラグナロクとかオーディンとかユグドラシルとかですね。ヴァルキリーなんて言語によって発音が変わったものをそれぞれ日本語にするもんだから、カタカナ表記でも何種類か存在しますけれど。もう戦乙女ってだけでいーじゃない。
……今思えば、もっと近場のギリシャ神話で考えればよかったかもしれませんね。

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投稿日:2015/02/01 20:14:31

文字数:1,366文字

カテゴリ:小説

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