警視庁特務課。
急増したボーカロイドに関連する事件を専門に扱っている。

特務課の部屋に戻ってみると、コーヒー片手にカイトが待っていた。
カイトという男は、仕事仲間でべつに彼氏ではない。
腐れ縁というか、なんというか。…とにかくバカには違いない。

「なに?急に呼び出して…」

メイコの帰りを待ちわびていたカイトが、ニコニコしながら駆け寄る。

「ボーカロイドの連続殺人事件があるだろ?赤い少女のやつ」

「それがどうかしたの?」

「最初の被害者の家で、こんな文章を見つけたんだ」

カイトが差し出した紙切れを受け取る。
その紙切れには不思議な文章が書いてあった。


『ある人が人形に水を飲ませてあげようとしました。
 ある人はコップに水をそそぎます。
 けれど、人形にはコップがわかりません。
 コップの縁に口をつけることができません。

 人形がある人に水を飲ませてあげようとしました。
 人形はコップに水をそそぎます。
 けれど、人形にはコップがわかりません。
 水はコップにそそがれることなく、こぼれてしまいました。』


「なにこれ?」

首をかしげるメイコに、カイトは目をキラキラさせながら言う。

「わからないでしょ?でしょ?」

「…わからないわよ」

「やったー♪めーちゃんにもわからないことってあるよねー」

勝ち誇ったような顔をするカイトの顔面に、メイコは一発お見舞いする。

「めーちゃん言うな。このバカイト!」

もちろん拳だ。
カイトは顔を押さえてもがきまくっている。
相当痛かったらしい。

しばらくした後、復活したカイトはティッシュで鼻血をぬぐいながら
ある紙切れを差し出してきた。

「んじゃあ、次はこれを見て」

「冗談だったら、次は手加減しないから」

「手加減なんてしないくせn…ぐへらッ!」

メイコの拳を食らったカイトが、数メートル先のデスクへぶっ飛んだ。

メイコはその紙切れと、先ほどの紙切れを見比べる。
どうやら元々は一枚の紙のようだ。
なにかの原因で二枚になってしまっている。

メイコは一方の紙に書かれた文章を読んだ。
筆跡が明らかに違っていた。まるで女の子のような可愛らしい字だった。


『人形は何度も何度もある人に尋ねました。
 けれど、コップを理解することができませんでした。

 人形は思いました。
 コップを認識できるある人の目が欲しい、と。
 あの目があれば、私も彼にたっぷりの水を与えてあげられる。
 人形は笑いました。                   』


読んで一番の感想は、気持ち悪いの一言だった。

「なによ、これ」

「なにって、見たままだよ」

「…物語?」

「そう。しかも、被害者のもっていたものとは違う、続き物だよ」

「この物語、全然おもしろくないわね」

「だーかーらーっ、これにはね。ちょっとしたコツがあるんだよ♪」

そういって、カイトは得意げに話し始めた。

「メイコ君、君はこの事件の概要をなんとなくでも知っているね?」

(腹が立つ!!…でも今はがまん…よね…)

「知ってるわよ。被害者が所有していたボーカロイドに殺されたわ。
 しかも、グロイことに―」

メイコは心臓のあたりを探る手つきをする。

「ご丁寧に、切り取ってね」

カイトは軽く拍手した。

「そのとおーっり♪つまりだよ。この物語はね。こう読むんだよ」

そういって、近くのホワイトボードになにかを書き始めた。

『 ある人 =  被害者
  人形  =  所有していたボーカロイド
  目   =  心臓
  水   =  愛情           』

「…なにこれ?」

「暗号もどき」

水をそそぐためのコップ…?
つまり、愛情をそそぐためのコップ。器。受け皿。…うけざら??

メイコはハッとした。
その様子を見て、カイトは微笑む。

「わかったみたいだね。つまりコップは、『心臓』または『心』だよ。
 そのボーカロイドがなにを考えたかは知らないけど、
 その物語に続きを書き留めたんだ。
 でもね、その物語には大切なことが抜けてるんだよ」

「ハッピーエンドか、バッドエンドか。結末が足らない」

「そうそう♪普通、ハッピーエンドなら嬉しくって書き留めちゃうよね。
 でも彼女は書き留めなかった…」

「……ハッピーエンドなんてなかった。彼女はけっきょく、『心』も
 手に入らず、大好きなマスターを殺してしまう結果になる」

「彼女が今、実行しているのは現実逃避だ。
 バッドエンドが受け入れられない。
 だから同じことを繰り返す。彼女がバッドエンドを認めない限り、
 この殺人事件(ものがたり)は終わらないよ」

「最低…」

メイコはため息をついた。
そんな彼女を見て、カイトは苦笑する。

「悪いけど、めーちゃんは休んでる暇もなくってね。
 呼び出したのは、これだけのためじゃないんだよ。はい、これ」

カイトはパソコンのマウスを扱い、なにかクリックする。
メイコはその様子をじっと見ていた。
少しばかり経ったころ、カイトはある映像を流し始める。

「めーちゃん、これ、なんだと思う?」

「…監視カメラの映像??」

(しかも、雪子の近所の公園だ……)

そこには、あの赤毛の少女の姿が映っていた。
そしてブランコにもう一人…。

メイコは、目を見開いた。
一人は暴走している赤毛のボーカロイド。
そしてもう一人は―。

「すごいでしょ?友だちに頼んで調べてもらったら、
 こんな映像を見つけちゃってね。
 もう一人の男性ボーカロイドは、仲間かな…?
 もっと解析すれば音声もちゃんと聞こえるんだろうけど、まあいいや。
 これで顔写真とれるねー♪」

意気揚々と話すカイトは、不意に彼女のただならぬ様子に気づいた。
メイコは口をあんぐりさせたまま、パソコンの映像を見つめている。

「……どうしたの?」

恐る恐る問いかけてみると、彼女は震えた声で言った。

「帯人がいる」

なんで、なんで、なんでよ。
なんであんたがそこにいるの!?

メイコはカイトに大声で言う。

「カイト、ケータイの電源入れておいてよ」

「え?なんで?」

「もしなんかあったら、すぐに連絡するから。よろしくね」

そう言い残して、メイコは部屋を飛び出した。
嫌な予感しかしなかった。




『被害者がボーカロイドに愛情を飲ませてあげようとしました。
 被害者は心に愛情をそそぎます。
 けれど、ボーカロイドには心がわかりません。
 心の縁に口をつけることができません。

 ボーカロイドが被害者に愛情を飲ませてあげようとしました。
 ボーカロイドは心に愛情をそそぎます。
 けれど、ボーカロイドには心がわかりません。
 愛情は心にそそがれることなく、こぼれてしまいました。  』

『ボーカロイドは何度も何度も被害者に尋ねました。
 けれど、心を理解することができませんでした。

 ボーカロイドは思いました。
 心を認識できる被害者の心臓が欲しい、と。
 あの心臓があれば、私も彼にたっぷりの愛情を与えてあげられる。
 ボーカロイドは笑いました。                 』



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡 第10話「少女の現実逃避」

【登場人物】
咲音 メイコ(さきね めいこ)
 一応、カイトの部下。だけどカイトを蹴る殴る。
 でもカイトのことを信頼している。恋愛感情はなしとして。
 かなりの酒好きで、よくカイトと飲みに行く。

始音 カイト(しおん かいと)
 一応、メイコの上司になります。好きな物はアイスクリームとめーちゃん。
 めーちゃんとは長いつきあいで、けっこう親しい仲。
 恋愛感情というものはないみたいです。
 酒にはめちゃくちゃ弱くて、酔ったら脱ぎます。とにかく裸マフラー。
 酔ったら「裸マフラーは正義だ」とか言っちゃってます。

閲覧数:1,246

投稿日:2008/11/23 00:41:11

文字数:2,988文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    やややっ!Σ(◎ワ◎)
    「楽しみにしていますっ」だなんて、嬉しいかぎりですよ^^
    できるだけ早く更新できるよう、がんばっていきたいと思います!
    ご意見ありがとうございます♪

    2008/11/24 20:55:58

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