昔々あるところの海の底。
人間は誰も足を踏み入れたとこのない、未知の世界。

　そこにはそれはそれは美しい「人魚姫」がいました。
人魚姫はとてもおてんばで、王様や召使いを困らせていました。


　そんな人魚姫は、嵐の夜、人間の男性を助けます。


　その男性に心を奪われてしまった人魚姫は、その人のことばかり考えていました。

　名前は何と言うのか。
どんな人なのか。
どこに住んでいるのか。
どんな声なのか。

　けれど、人魚姫は知っていました。
その人にしたこの『恋』は、けして赦されるものではないと……。





　「はぁ~~~！！　あ~い~た~い~っ！！！」

　人々のイメージする人魚姫とはかけ離れた声。
それを発したのは紛れもなく「人魚姫」本人である。

　「……ルカ姉さま。人間の男がカッコいいのはわかったから、ちょっと黙っててもらえますか？」

　人魚姫の名前はルカといった。
しかしこの人魚姫は、恋をした人間の男を少々……否、大いにベタ惚れしていた。
恋心が募るのは、恋する乙女のさだめだが、人魚姫は妹のリンにノロケまくっていたのだ。
呆れられて当然だ。

　「リンっ！　あんたは何もわかっちゃいないわっ！！　あの人の魅力を！！！　あの人はね！　とてもきれいな蒼い髪をしていたわ！！　顔立ちも綺麗で、きっととってもいい人よっ！！　わかるの！　私にはわかるわ！！　あの涼しげな瞳は、私の運命の人に違いない！！　きっと笑ったら無邪気なのよ、あの綺麗な顔立ちから急に無邪気になるのよタマラン！！！　で」

　「助けたのって、溺れてる所なんだよね」

　「そうよ！　溺れてる顔さえあんなに美しいのよ！！　それはもう私が見たら気絶してしまうほど美しいにき」

　「うるさいだまれ今すぐマリンスノーと化せ」

　「なによリン！！　あんただｔ（以下略）」


　最近の人魚姫と誰かの会話と言えば、ほぼこんな調子であった。
誰もがあきれ顔だ。


　「そんなに好きなら、国のはずれにいる魔女と契約でもして、人間になればいいじゃん」


　全ての始まりは、リンのそんな言葉だった。


　「それよ！！　リンでかした！！　今すぐ行ってくるわ！！！」

　「えっちょっ姉さま！？　ウソで……」

　「ありがとっ」


　ルカは尾びれで精いっぱい水を蹴り、まるで光のようなスピードでお城を抜け出した。
しかも正門からだ。
しかし光のごとくスピードであるからして、門番でも気づくことはなかった。




　『人間になればあの人とずっと一緒にいることができる！　そうすれば私は幸せになれるわっ』



　人魚姫はそんな無邪気な考えしか頭になかった。

　どうしてそこまで溺れたときの顔を見ただけの人に今後の運命を託そうと出来るのか。
恋とはまったくもって恐ろしいものである。