店内には楽しげな音楽が流れ、陽気な歌詞をわけのわからないテンションで歌っている。すくなくとも、レンにはそう聞こえていた。
灰色のパーカーのおかげで寒くはないものの、店の中は外とはまったく違う世界のように涼しさを通り越して寒い、他の客はしきりに腕を手でさすってみたり、冷凍食品の売り場の前を足早に通り過ぎていった。
「昨日は魚だったから…、今日はお肉にしようかな…」
ぶつぶつ言いながら、夕飯の献立を考えていた。とりあえず、主食は肉類に決め、肉売り場へとカートを押し、進む。
そしていくつかの肉を見てじっくりと選び、ハンバーグでも作ろうか、とひき肉に手を伸ばしたとき――レンがとるより先に、手を置いたものがいた。顔を上げる。
「あ…っ」
思わず声を漏らしたのは、どちらとも知れなかった。
「鏡音、さん」
「え、LLの…」
二人はしばらく見つめあった。感動の再会のためではない。二人とも、なんと言っていいのかわからないのだ。
「あっ」
気がついたようにレンが手を上げた。ずっとひき肉のパックの上で手を重ね合わせていたのである。
「あっ、ごめんなさいっ」
「いえいえ、あ、どうぞ」
「あっ、どうも、あれ、でも最後の一パックですし、どうぞ」
「いえ、俺は別の献立考えますから、どうぞ?」
どうぞどうぞと、某有名芸人トリオのような掛け合いの後、
「…じ、じゃあ、お言葉に甘えて」
と、リンはひき肉をかごに入れた。
満足げにレンが微笑み、うなずいた。なんだか、人をほっとさせるような笑顔だった。
「代りに、えと…、献立考えるの、手伝います」
「あ、いえ、そんな――」
「お手伝いします!」
その勢いに押され、レンは思わず、
「は、はぁ…」
と返事をしてしまったのだった…。
「お肉がいいんですよね? だったら、ビーフシチューとかですかね? あ、でも、時間がかかりますね。じゃあ、もっと簡単なのが…」
いくつも案を出しては勝手に可能性を消去し、次の案を出していく…。しかも、出てくるのはどれもリンの好きなものばかりである。
「あのー、別に無理して付き合ってもらうつもりは…」
「無理して付き合ってるつもりないんで!」
「…そうですか…」
遠慮しがちにリンに言っても、すぐさまそれを否定される形で、いつまでたってもリンはレンから離れてくれない。一体、どうしたものだろう?
レンにくっついているリンはリンで、微妙な心境であった。失恋したばかりで、どうしてその失恋のお相手と一緒に、雄藩の献立なんか考えているのだろうか。そんなこと、リンにだってわからない。寧ろ、リンのほうから聞きたいくらいだ。
「どうしようかな…」
「あ、酢豚」
豚肉の近くにおかれた『酢豚の素』を見て、リンは言った。
「あー、いいですね、酢豚。最近食べてないなぁ。…よし、決めた。今日は酢豚にします」
「わぁ、私も酢豚食べたい。お姉ちゃん、酢豚にしてくれないかな」
「いいじゃないですか、ひき肉――ハンバーグですか? 俺、結構好きですよ。ハンバーグ」
「私も好きです、ハンバーグ! 世界で三番目くらいに好きな食べ物!」
「三番目…。一番と二番は?」
「一番がオムライスで、二番がカレーです。ちなみに、四番目がみかんですよ」
『お子様ランチ』についてきそうなメニューばかりを並べ、リンは無邪気にニッと笑った。
「俺もそんな感じです。四番目はみかんじゃなくて、バナナですけど」
少し困ったように笑い、レンは言った。すると、リンは急いで食いついた。
「えぇ、みかんのほうがおいしいですよ。バナナもおいしいですけど!」
「そんなことないです。バナナのほうがおいしいですよ。すごく甘いし」
「みかんだって甘いですもん。甘酸っぱくて」
「バナナは体にいいですからね、ダイエットにだって使えますし」
「みかんはビタミンCいっぱいですよ。ビタミンC」
「それだけでしょう?」
挑戦的にレンが言うと、リンは少し困ったように考えをめぐらし、脳をフル回転させ始めた。
「えっと、えっと…他にも…うーんと…、そうだ! あぶり出しにも使えますよ、果汁が!!」
まさかの方向性だった。
「ぷっ」
レンが噴出した。
「な、何ですか! 私、大真面目ですよ!!」
「ああ、ごめんなさい。ただ、必死なところが可愛いな、と思って」
『可愛い』という言葉が頭の中でエコーを繰り返し、顔が真っ赤になりそうなのを隠すため、急いで反論する。
「嘘! 笑ってるじゃないですか! とりあえず、笑うのやめてください!」
「笑ってませんよぉ」
とは言いつつも、レンはこれっぽっちも笑いをこらえようとはせず、カートに手をついでうつむきながら、口に手を当てて「ククク…」と小さな声で笑っている。
「全然、笑いをこらえるつもりもないくせに!」
「いやいや、これでも十分押さえてるつもり…クククッ」
「ちょっとーっ!」
どうにか笑いを抑え、レンとリンはそれぞれレジを通り、
「それじゃ、ここで」
「あ、ハイ」
「また、花、買いに来てくださいね」
「あー…、はい」
「よかった。花が嫌いになったのかと、心配していたんです」
「そんなことないです。また、時間があるときに」
「はい。楽しみに待ってますから」
にこっと微笑む。
店で見るのと、同じような笑顔だ。
きっと、営業スマイルだ。
きっと、ミクちゃんにはもっと甘い笑顔を見せているんだ。
こんなの、どのお客さんにも見せている笑顔なんだ…。
そう思うと、リンはなんだか心の奥がずきずきと痛むような気がした。これが、誰にでも見せている笑顔なのだと思うと、自分が失恋したことを、忘れようとしていたことを思い出させるのだ。
「ああ、そうだ」
思い出したように、レンが言った。
「なんですか?」
「俺、鏡音さんの名前は知ってるのに、自己紹介してませんでしたよね。俺、レンって言います。巡音、レンです」
「めぐりね…れん、ですか」
「はい。改めて、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げたレンを見て、リンもつられて頭を下げた。それに気がつくと、レンはまたおかしそうに笑った。
リンの笑顔に似た、無邪気な笑顔だ。
「後、呼び捨てでいいですよ。ため口でも。俺はこれが普通ですけど、リンはため口が普通でしょう?」
いきなり呼び捨てにされ、リンは顔から、頭から湯気が出ているんじゃないかと心配になるくらい、顔が熱くなって、
「え、あ、う、うん! じ、じゃあ、レン、また、今度ねっ」
「はい。また今度」
今度は大人びた微笑を浮かべ、レンは傘を開くと、LLのほうへと走っていってしまった。取り残されたリンは、体中の力が抜け、その場に座り込み、どろどろと溶けてしまいそうになった。――実際、そんな恐ろしいことにはなっていないが。
「レン…かぁ」
傘を開くのも忘れ、リンはレンが走っていった方向をぼうっと見つめて、立ち尽くしていた…。
花言葉 12
こんばんは、リオンです。
昨日はごめんなさい、書いている途中で睡魔に襲われて…!
その分も含めて、今日は長めになっているので、それで勘弁してください…!
あ、今日、自宅に帰ってまいりました。
道路がものすごい渋滞で、帰ってくるのに八時間くらいかかりました。
少なくとも一時間は取られたね!!
北海道にもこんなに車があるんだ、なんて思ってました。
そりゃあありますよね、北海道、広いですもんね(笑
追記
すみませんでした、盛大な脱字を確認しました。
ワードで描いたのをコピペして投稿しているので、
コピーする際に一行分、抜けてしまったようです。
修正いたしました。
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