「全てがそう嘘なら、本当に良かったのにね…」



私と【彼】はずっと一緒だったのに。


私と全く同じ姿をしていながら、私が欲しいもの、求めていたものを全て持っていた【彼】。

私は【彼】に強い憧れを抱き…又、同じくらいに嫉妬した。


「ねぇ、どうして貴方は私の欲しいものを全て持ってるの?」

「ねぇ、どうやったら私は貴方になれるの?」


何度尋ねても、【彼】は私に何も言ってはくれなかった。

鏡の中の【彼】は、ただ、ただ、私と同じ姿で、私と同じ表情で、私を見つめ返す。


どうしてみんな、私を無視するの?

どうしてみんな、【彼】には笑うのに、私には笑顔を向けてくれないの?

どうしてこの世界は、【彼】には優しいのに、私には冷たいの――?


私が望んでいたのは特別なものじゃなかったのに。

私はただ、【彼】になりたかっただけなのに。


この世界で生きていける、【普通の人間】である【彼】に。




私とこの世界は、いつもどこかで食い違った。

私は世界の方がおかしいと思うのだけれど、私以外の人は皆、口を揃えて「私の方がおかしい」と言うのだから、きっと間違っているのは私なのだろう。


そんな【歪み】を見つける度に、私は一つずつ、色んな事が出来なくなっていった。


最初に、眠れなくなった。

次に、喋れなくなった。



次に、食べれなくなった。



そして、動けなくなった。



今はもう、時計の音だけが響く、白一色のセカイの中でしか生きられない。


――午前2時、


麻酔も効かなくなった体をゆっくりと動かす。

【普通の人】たちが作った明かりは、今日も夜の闇を壊して。



これは全部夢なの。

これは誰かが作った真っ赤な嘘なの。


束の間、目を閉じる。



遠い遠い昔のキオク。まだ私が【彼】と一緒に生きていた時のこと。

太陽の光が【彼】の笑顔を照らし出す。そんな昼下がり。




私は、【彼】の首に手をかけた。


感触。生きている。鼓動。温もり。潰れてく。歪んでく。何が?視界。
意識。遠のく。セカイ。崩れてく。消える。何が?誰かが。


核融合炉にさ、

飛び込んでみたら、


また、【彼】と逢えるかな?

【彼】は全てを赦して、また私に笑いかけてくれるかな?




動けない体で、一歩ずつ、一歩ずつ、階段を上った。


病院の屋上から見る夕暮れは泣いた後の瞳のようで。



…そっか、君も寂しかったんだね?

大丈夫だよ。今から私がそこに行ってあげるから。

そしたらあなたも私も寂しくないよ?





手を、伸ばす。




次目覚めた時は、きっと、


私は【彼】になれるんだ。

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【小説】炉心融解


『私』と【彼】は同一人物です。

社会に適応出来ない、狂った人格である『私』と、
世界に受け入れられる、普通の人間である【彼】。


以前は二つの人格が一人の人間の中で上手く共存していました。

しかしある日、『私』は【彼】を消してしまいます。

一人の人間は『私』になりました。

だけど、

自らを認めて欲しかっただけの『私』に対し、世界はどこまでも冷たかったのです。

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投稿日:2011/03/09 21:56:39

文字数:1,131文字

カテゴリ:小説

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