ミクが驚異的な力で群がる敵性アンドロイドを全て破壊しつくしたことを確認した博士が、ヘリを大きく揺るがせた。
「うお!」
シートなどに腰掛けていない俺はその衝撃で簡単にヘリの内部を転がる。
俺はどうにか座席に腰を下ろすと、ヘリの中を見回した。
ワラともう一人の部下、そして傷ついたタイトに寄り添う赤い髪の少女。
あの二人はひしと抱き合い、その再会を喜び合っているように見える。いや、きっとそうなのだろう。
操縦席の隣にはセリカが座り、ノートPCのキーボードに指を走らせている。
そのとき、一度ヘリ全体がバウンドした。
ヘリがヘリポートに着陸したのだ。
「誰か、一緒にミクのところへ行ってくれ!!」
網走博士がローターのエンジン音に掻き消されないよう声を張り上げ、操縦席から這い出した。
ミクに視線を移すと、その姿はコンクリートの上に直立したまま微動だにしない。
まるで、立ったまま死んでいるかのように。
俺は座席から飛び出し、ヘリを降りた。
次いで網走博士と、ライフルを持ったワラが飛び降りる。
「ミク!」
呼びながら近寄るが、返事はない。
バイザーに覆い隠されたその顔は、少し俯いている。
「よくやってくれた。おかげで危険はもうない。敵の追撃が来る前に早くここを離脱しよう。」
「・・・・・・。」
まだ返事がない。
いや、微かに吐息のようなものが聞こえたが、それが俺に対する返事とは考えにくい。
「デ、ル・・・・・・。」
「ミク・・・・・・?」
彼女のかすれた声が耳に届いた瞬間、それまで微動だにしなかったミクの体は姿勢を崩し、その場に跪いた。
「おい、大丈夫か?!」
ミクは今戦闘で大きく体力を消耗しているようだ。
無理もない。大型ABLを簡単に破壊するほどの強力な電撃を連続で放ち、自身もその電撃を体中に浴びているのだから。
「・・・・・・すこし苦しい・・・・・・だから、ヘリのところまで連れてってくれないか・・・・・・?」
「分かった。」
俺はミクの腕を自分の肩に回し、彼女の体を立ち上がらせた。
「ミク大丈夫ー?!」
「ミク・・・・・・!!」
余りに突然の出来事に、ワラと網走博士が駆け寄った。
「ひ・・・・・・博貴・・・・・・!!」
突然ミクは最後の力を振り絞ったように俺の肩からすり抜け、網走博士の許に寄せられた。
博士は彼女の顔を覆うバイザーを丁寧に取り外すと、その体を抱き上げた。
「どうして・・・・・どうして君が・・・・・・。」
「博貴・・・・・・突然家に帰ってこなくなって、心配してたんだ。どうして帰ってこないのか、いつ帰ってくるのか不安だった。だけど、博貴がさらわれたって言うから、博貴を・・・・・・助けに・・・・・・。」
ミクの口から、弱々しく、今にも途切れてしまいそうな、儚げな声が出される。
その声は合成音声ではないミクの素の声で、聞いている俺が胸を締め付けられる切なさを感じる。
「僕のために、君はこんな姿に・・・・・・君は一体どうなってしまったの・・・・・・?!」
網走博士がミクの体を見渡した。
特殊な物質で構成されたボディスーツに、膝、肩、体の要所を覆う装甲。
それは、明らかに異質の存在だ。
その異質の物体が、自分の大切な人を覆う様は、網走博士の目になんと映っているのだろうか。
「しょうがなかったんだ・・・・・・こうしないと博貴を助けられないって・・・・・・でも・・・・・・わたしは、もう誰も傷つけてない。だから、悲しまないでくれ・・・・・・わたしは誰も殺してないんだ・・・・・・ただ博貴を助けたかったんだ・・・・・・この体も・・・・・・そのために。」
「もういい、もういいよ!」
網走博士はミクの言葉を遮り、そして、その頬に優しく触れた。
「もう全ては終わったんだ。これでやっと、家に帰れるよ。」
「博貴・・・・・・。」
ミクは、恐らく悲鳴を上げて猛講義しているだろう体に力を入れ、網走博士の首に手を回して自分と博士の体を引き寄せた。
一秒だけ、その光景が見えた。
一秒だけ、二人の唇が重ねられた。
最後の力を振り切ったミクは、そのまま力なく腕を垂らした。
俺は二人の会話から全てを察した。
ミクは家でひたすら網走博士の帰りを待ち続けていたのだ。
しかし、一向に戻ることはなく、ミクは自ら博士の許へ行こうと決意したのだ。
元戦闘用だから、軍に即戦力として駆り出された物とばかり思っていた。
俺との戦闘も、決して間違いではなく博貴を助けたかった一心で。
しかしそれは断じて違うはず。彼女は自らの意志で博士を助け出し、そして、その腕に抱かれたかったのだろう。
今、その目的を果たした彼女は、博士の腕の中で安堵の微笑を浮かべている。
「デル。博士。」
俺以上に切なさを感じたのか、瞳の潤んだワラが二人に優しく言いかけた。
「行こう。みんな待ってる。」
「ええ・・・・・・。」
俺とワラと、ミクの体を抱き上げた網走博士が、ヘリに向けて一斉に歩き出した。
「待て。」
「?!」
突然、背後から低い響きの声を掛けられ、一瞬全身を悪寒が駆け巡った。
だが次の瞬間には、俺とワラは声の発せられた方向に銃口を向けた。
声の正体は、黒いマントを着込んだ、大柄な人間の姿だった。
その顔は、宇宙人のリトルグレイのような形をしたヘルメットに隠され、マントの下からは、パワーアシストと思われる脚が突き出ている。
「誰だお前は!!」
俺は銃口をリトルグレイの顔面に向け、問いかけた。
「俺はクリプトン・フューチャー・ウェポンズウェポンズの社長にして、意志を受け継ぐ、相続者の一人・・・・・・。」
男は淡々と、しかし何か自信に満ちた声で語りだした。
相続者・・・・・・。
「網走智貴!!」
男は天を仰ぎ、叫んだ。
「網走・・・・・・?」
次に男は、マントの中からパワーアシストに包まれた腕を突き出し、唖然とした表情の網走博士を指差した。
「久しぶりだな、兄弟!!」
兄弟・・・・・・・・・・・・。
一瞬、俺の中でその言葉が反響し、時間が止まった。
男の言葉ではなく、俺は、男の背後に、絶望を見たからだ。
男の背後、遥か空の彼方より大量に押し寄せる、絶望。
それは水牛の如く猛烈な勢いで、迫り来る。
大型兵員輸送ヘリ、ガンシップの大群である。
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