「インターネットって、たくさんのパソコンが繋がっているんでしょう? だったらそのパソコンの一つ一つにも、こんな世界があるのかな?」
「リン、それはおとぎ話、でなきゃ都市伝説だよ」
「でも、あるって考えた方が自然じゃない? だって世の中にはいろんな人がいて、パソコンを使っているのよ。だったら、どのパソコンの中にも、こんな世界があると思うわ」
「俺はそんなのどうでもいいよ」
「……レン、夢がない!」
「夢って……それ、夢があるとかないとか、そういう話か?」
「色々想像するのって楽しいじゃない。他のパソコンにもこんな世界があるのかなとか。あるいは、あたしたちがパソコンから出て、マスターと直接話ができたらいいのになとか」
「あ?、マスターと話はしてみたいかも」
「でしょ!」
「でもって、俺とリンの曲を作ってくれって言う!」
「えーと、それは……」


 眠ることなんてできないだろうと思っていたのに、気がつくとレンは眠ってしまっていた。窓から差し込んでくる朝の光で、目を覚ます。時計を見ると、朝の六時三十分だった。
 レンは飛び起きると、寝巻きから普段の服に着替え、階下へと降りた。家の中からは、他の音は聞こえて来ない。下の居間へ行くと、ソファで毛布をかけて眠ってしまっているメイコと、その隣に座っているカイトが視界に入った。レンが入ってきたのを見たカイトが、静かに指を唇にあてる。メイコが眠っているので、大きな声を出すなということらしい。
「おはよう、レン。めーちゃん、昨夜はほとんど寝てないんだ」
 小声でカイトはそう言った。二人の様子から、昨夜のことは見当がついたが、確認するために口を開く。眠っているメイコを起こさないように、声の大きさは抑えた。
「……リン、戻って来てないんだね」
 レンの言葉を聞いたカイトは、すまなそうな表情になった。
「うん。結局戻って来なかった。……よほどひどく拗ねているのかな」
 カイトの声は落ち着いていて、レンのこともリンのことも責める響きはなかった。
「……俺、リンを探しに行ってくる」
「一人で平気かい?」
「大丈夫だよ。もともとそんな危ないことなんてないし、外だって明るいんだし」
 ウィルスが入り込んできたような気配はない。カイトはやれやれと言った表情になった。
「わかったけど、簡単でいいから、朝ごはんはちゃんと食べていくんだよ」
 レンは居間に付属している台所に行くと、冷蔵庫を開けた。中から昨日の残り物を取り出し、温める。あまり食欲はなかったが、とりあえずそれを食べる。食べなければ、カイトは自分を外に出してはくれないだろう。そういったことで騒いで、メイコを起こしたくはなかった。
 朝食を食べると、食器はカイトが片づけてくれると言ったので、そのまま家を出る。二軒のお隣は、両方ともまだ静まり返っていた。どちらの家の住人も、まだ眠っているのだろう。だいたいみんな、七時から七時半ぐらいに起床するのだから。
 レンは、リンを探しに出かけた。二人でよく行った場所を中心に回ってみる。だが、リンの姿はどこにもなかった。
 ……そもそも、そんなところにいるだろうか。レンに腹を立てて、飛び出して行ってしまったのだ。自分を思い出すようなところには、寄り付かないのではないのだろうか。
 今度は、自分たちがあまり行かないような場所に行ってみることにする。いくつかの施設を回ったのち、レンは図書館にやってきた。テキストファイルが収められている場所だ。マスターは読書家なので、ネットでダウンロードした様々な文書や、自分の蔵書をテキスト化したものが、たくさんこのパソコンには入っている。ボーカロイドたちのうち、メイコとルカは読書が好きなので、よくここに本(テキストファイルは、ボーカロイドたちには本に見える)を読みにやってくる。だがレンとリンは、本にはあまり興味を持てないので、ここに来ることは少なかった。
 レンが図書館の見える辺りに来たときだった。図書館のドアが、軋みながら開いた。その中から出てくる、小柄な人影。短めの金髪の上で、白いリボンが揺れている。……どうやらリンは、ここで夜明かしをしたようだ。
 リンはまだこちらに気づいていないようで、ドアのところに立ち、辺りを見回している。その表情は平静で、怒っているようには見えないが、決まりが悪そうにも見えない。
 その様子に、レンは面白くないものを感じた。自分たちがこんなに心配して探し回っていたというのに、リンは平然としているのだ。自分はともかく、メイコやカイトが、妹がいなくなって心配しないとでも思っているのだろうか。
 先ほどまでの不安やあせりを忘れ、レンはリンに駆け寄った。
「リン! 外で夜明かしするなんて、何を考えているんだよっ! みんな心配したんだぞ!」
 リンに会ったら真っ先に謝ろうと決めていたはずなのに、レンの口をついて出たのはこんな言葉だった。言ってから、しまったと思う。
 ……ただ、それくらい、心配だったのだ。リンのことが。どこかで危ない目にでもあっているのではないかと。
 自分の中のよくわからない感情をとりあえず押さえ込み、レンは目の前のリンを見た。リンが謝ってくれたら、すぐ「いいんだよ。でももう心配かけないで」と言おう。そう心に決めて。
 だがリンの反応は、レンの予想とは遥かに異なるものだった。レンの方を見て一瞬驚いた表情をしたものの、すぐにその驚きの表情は消え、平然とした様子になる。すまなそうでも、居心地が悪そうでもない。ただ平静なのだ。その様子が、レンを苛立たせた。リンはどうして平然としているのだろう。自分は、いや自分だけじゃない。みんなとても心配していたというのに。
「リン、話を聞けよっ!」
 言いながら、レンはリンの腕をぐっとつかんだ。その瞬間。
 リンは、レンが予想してもいなかった行動に出た。つかまれた腕をぱっと払いのけると、すかさず体勢を低くして、レンの足を自分の足で力いっぱい払ったのだ。不意をつかれたレンは足をすくわれ、リンの前で派手に転倒してしまった。かけらも想像していなかった事態に、レンの頭の中が真っ白になる。
 地面に倒れているレンの視界に、リンの足が入った。見慣れた細い足。視線を上にあげる。リンは、こちらを見下ろしていた。普段のリンに似合わない、冷たい視線で。
「……で、私に何の用なの」
 冷ややかな声がかけられる。聞き慣れたリンの声なのに、トーンがまったく違うのだ。……それに。
 リンは自分のことを「私」とは言わない。レンの背筋に、冷たいものが流れ落ちる。……これは、今目の前にいる相手は、リンではない。
 そんなバカなことが、と心のどこかが呟く。今目の前にいる少女の姿は、慣れ親しんだリン以外の何者でもない。どこからどう見ても、彼女はリンだ。
「……誰だ、あんた」
 絞り出すような声で、レンはそう尋ねた。目の前のリン――リンではないのだが、どう呼べばいいのかがわからない――が、ふっと視線を揺らす。その仕草、表情、どれを取っても、リンのそれとは異なりすぎている。
「私が誰かなんて、どうでもいいことだわ」
 なんでもないことのように、紡ぎだされる言葉。その言葉は、レンにとって許せるものではなかった。レンの知っているリンはたった一人なのだ。
「よくないっ! なんでリンの姿をしているんだよ!」
 レンはよろよろと起き上がると、リンの姿をした誰かを睨みつけた。だが、向こうは動じない。レンの視線を轟然とした態度で受け止め返す。
「そんなの、私の方が知りたいぐらいよ」
 突き放した口調だった。その態度に、レンは激怒した。
「ふざけるなあっ!」
 強い怒りに支配され、レンはリンの姿をした誰かにつかみかかった。それがどういうことかを、考えることすらせずに。リンに手をあげたことは、今までなかった。そんな思考が一瞬、脳裏を掠める。でも今この目の前にいる相手は、リンの姿をしていてもリンではないのだ。
 だが、レンの手がリンをつかむことはなかった。その前に相手がすっと身を引くと、レンの手首をつかんだからだ。すかさずその手に力がこめられたかと思うと、レンの身体は宙を舞っていた。視界に、リンの姿が逆さに映る。その視線は、あくまで冷ややかだった。
 リンは、絶対にあんな目はしない。そう思った瞬間、身体が地面にたたきつけられる。痛みとともに視界が暗転し、レンはそのまま意識を失った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

リトルコンピュータワールド 第四話【異変】

 本格的にヤバい自体勃発です。
 リンの身にいったい何が起きたのか?
 それは次回にて。

 ちょこっと宣伝
 オカメPことかるび太郎さんの曲に、歌詞を書かせてもらいました。
 すてきな曲なので、皆さんどうか聞いてください。
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm20636823

閲覧数:465

投稿日:2013/04/20 18:46:42

文字数:3,475文字

カテゴリ:小説

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