―――マスターは悲しそうに笑って、俺の言葉を肯定した。
『・・・多分、元彼だと思う・・・』
その顔に俺の『心』が跳ねる音がした。
LAST SONG FAR SKY
~空の彼方への最後の唄~
ACT4
「最初に話しておけばよかったね・・・。ごめんね。びっくりしたでしょう?」
空は表情を曇らせながら、静かに言った。
今は丁度夜の9時あたり。
食事も終わって、(カイトは勿論食事は必要としないが、一応少しなら食べる事は出来る。)
一息ついたところで空にさっきの訪問者の事を話しているカイト。
自分の顔とそっくりなのにも驚いたし、同棲していた彼氏がいたことも教えてもらっていなかった。
「・・・昔付き合ってたんだけど・・・少し前に別れたんだ・・・」
空はそう言うが、男のほうは諦めた様子はなさそうだった。
別れた女の下にわざわざ来るなんて・・・
「マスター・・・あの・・・彼は、もしかして・・・」
カイトが言い切る前に首を横に振る空。
「もう、駄目だと思ったら・・・駄目なんだよ・・・。」
不意に空はカイトを見た。
大きな瞳に、大きな雫。
それを見て、カイトの中の感情回路が動き出す音がする。
―――そんな顔しないで・・・マスター・・・
カイトを見ているようで、カイトを見ていない空。
カイトを通して、前の彼を思っているのだろうか・・・。
手で思いっきり顔を擦り、にっこり笑って空はいった。
「よし!もうこの話は終わり!彼には私から連絡しておくから・・・。大丈夫!それより!」
無理やり楽しそうな声を出し、言った。
「明日、お休み貰ってきたからいい所行こうね!」
カイトは少し困ったような笑顔で返した。
カイトの中の感情回路は、低く音を出しながら動いたままで・・・
お風呂に入ってくると言うマスターを尻目に、カイトは自分の本体であるパソコンにアクセスし操作を始めた。
『ボーカロイド、カイト・・・自動演奏モード』
パソコンのスピーカーから、音楽が鳴り響いてくる。
ピアノの音だろうか・・・?
少し物悲しい曲に聴こえる。
♪~~~♪~♪~~
始まる演奏にあわせて、カイトが歌い始める。
カイトの声は、カイトの口から聴こえてくる。
―――涙を零したまま 微笑んでいる あなたに・・・
捧げよう・・・ ゆっくり休めるように・・・
簡単な歌詞に、単調なメロディー。
まだ練習も行っていない、調整前のカイトではこれが精一杯だった。
それでも、歌い続けるカイト。
ただ一人のマスターのために。
お風呂場で聞いている空は、瞳を閉じて耳を澄ましていた・・・。
ぽちゃんと、お湯に溶ける雫が一滴落ちる音が、反響して聞こえた。
「・・・マスター?」
「何?」
「あの・・・」
「ん?」
「・・・これは、買いすぎじゃないですか?」
満面の笑みの空と両手に荷物を沢山持っているカイト。
今日は外へ出かけ、カイトの服を買い込んでいる空。
周りから見ると、カイトはヒモの様にしか見えなかった。
勿論今着ているカイトの服も、今日買ったものだった。
「こんなに必要ですか?」
両腕を掲げて言うカイト。
「だって、いつもの服だと目立っちゃうでしょ?」
心底楽しい、と顔に書いてある空。
その様子をため息をつきながら見ているカイト。
カイトは昨晩のことを思い出した。
『あのね、明日出かけたいんだけど・・・カイトは外に出れる?』
空がお風呂上りの湿った髪を拭きながら聞いて来た。
目の下が赤いことは、あえて無視してカイトは応えた。
『出来ますよ。マスター、携帯電話もしくはHD型の音楽プレイヤー持ってますか?』
通勤カバンから真っ白な携帯を取り出し、カイトに渡す。
カイトは空に許可を貰い、携帯を開く。
待受画面のままの携帯に、指を這わせ呟く。
カイトの指先が淡く光りだす。
『ボーカロイド、カイト・・・アプリケーションダウンロード開始・・・
・・・・・・ダウンロード終了。』
携帯をパタンと閉じ、空に返すカイト。
『この携帯に、圧縮させた俺のデータを転送しました。
本体からこの携帯まで中継できますから、電波さえあればどこにでも行けますよ。』
『へぇ・・・じゃぁ、電波が途切れるとカイトは消えちゃうの?』
『はい。少しの間なら電波を感知するのと同時に姿は出現しますけど、
長いこと電波がないと、本体のパソコンに強制送還されてしまいます。』
へぇ~・・・と、感嘆の声を出す空。
その様子を眺めながら、明日はどこへ行くのか聴いたカイトだが教えてはもらえなかった。
「まさか、俺の服の買い物だとは思わなかった・・・。」
基本的にボーカロイドであるカイトは、勿論アプリケーションソフトなので、着替えは必要としていない。
だが空はそれじゃぁ、つまらないと、カイトに沢山の服を買い込んだ。
「・・・さすがに持ちきれなくなってきたから、宅急便で送っちゃおう!」
言うが早いか、総ての荷物を宅急便で送る手配をする空。
それを見てカイトは首を傾げる。
「マスター・・・?他にどこか行くんですか?」
今から帰ってしまうのなら、わざわざ宅急便で荷物を送る事もない。
「うん!きっとびっくりするよ!」
満面の笑みで言われ、カイトは少しだけ頬を染めた。
電車を乗り継いで着いたのは、都心に近いがそこそこ色々なお店が揃っている駅に着いた。
「あ!あれかな?居た居た!お~い!」
空が声を掛けた方向を見てみたら、黄色い頭の小さな子どもが二人。
二人ともこちらに気付き、空に抱きついた。
「「初めまして!!」」
可愛い笑顔をみせ、挨拶をしてくる二人。
ずいぶんハイテンションなので、カイトは少したじろいだが、あることに気付いた。
「・・・ボーカロイド?」
微弱な特有な電波を二人からキャッチするカイト。
黄色い二人は、制服のような服を着ている。
頭も金髪ではなく、黄色い髪の毛。
「鏡音リンです!」
「鏡音レンです。」
「わぁ、こんな小さなボーカロイドも居るんだ!」
空は自分の胸くらいの背丈の彼らを、撫でた。
二人は気持ち良さそうに、瞳を閉じた。
「マスターから伺っています!」
「行きましょう!」
リンがカイトの腕を引っ張り、レンが空の腕を引っ張った。
程なくして、あるマンションに連れて行かれた。
そこは総てがオートロックで、防音設備がばっちりな音楽を職業としているような所だった。
「・・・?マスターの知り合いに音楽をやっている人がいるんですか?」
カイトが通された部屋のソファに座って、隣に座った空に問いかけた。
「いや、厳密に言うと違うかな。まず、職業は作家。」
そんな事を話していると、部屋に家主が入ってきた。
細身で長身の女性だった。
髪はショートで、瞳にはカラーコンタクトをしていた為か、青い色だった。
「久しぶり・・・・・・。ふぅん、それがKAITOか。」
女性はカイトを一瞥し言った。
「うん。ネネに聴けば何かわかるかな、って。」
空は女性に笑顔を向けながら言った。
「あ、カイト・・・こちらは森 鈴華(もり りんか)。私の学生からの友達。
いつもは『ねね』って呼んでるんだけどね。」
「初めまして。あなたプロトタイプのKAITO?」
カイトが鈴華に視線をやる。
鈴華の言うことに、首を縦に振るカイト。
「はい。ヴァージョンはアップデートされてません。」
「へぇ・・・。ねぇ、ちょっとだけうちの子達と歌ってみてよ。」
鈴華のそばにいる、リンとレンを見るカイト。
今まで・・・と言うより1回初期化してしまったので、まだ単調な歌しか歌えない・・・が、
「分かりました。よろしくお願いしますね?」
カイトはリンとレンににっこり微笑んだ。
微笑み返すリンとレン。
ゆっくり息を吸い込み、歌う準備をする。
―――唄を、歌いたい・・・
どんな音でも、紡いで形にして行こう・・・
NAXT ACT 5
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