「ごめん。」
そう言って、泣きそうな顔で私を見つめている。
「もう、キミとは一緒にいられない。」
待って、待ってよ。
どうしてなの?
そう思っているのに、口が動いてくれない。
「俺もキミも、もう子供じゃないんだ。昔みたいに笑うことなんてできないよ。」
“もう子供じゃない”。
そう聞いた瞬間ズキリ、と胸が痛んだ。
「もう俺にキミは必要無いし、キミにも俺は必要無い。――この関係を終わらせよう。」
そんなの嫌だ。
「……私には、君が必要なの…」
やっと絞り出した声で必死になって彼に訴える。
彼はそんな私を見て、悲しむような哀れんでいるような目をした。
少しの沈黙の後、彼は真剣な顔で私を見た。
さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、今はどこか吹っ切れたような顔をしている。
「……実は、俺――」
聞きたくない。
耳を塞ぎたい衝動にかられる。
そんな私の思いと裏腹に彼の口がゆっくりと動く。
「――好きな人ができたんだ。」
私の思考が止まる。
スキナヒト?
そんなの知らないよ?
「だから、ごめん。別れよう。」
そう言って、返事を求めるように私を見つめる。
私がもう何も言えないことを分かっているくせに。
黙ったままの私を見て、もう一度だけごめんと呟いて、彼は立ち上がりそのまま私の前からいなくなった。
分かっていた。
この関係が正しく無いこともいつか終わりが来ることも。
でも、でも、それでも一緒にいたかった。
人に愛されたくて、愛してくれるなら誰でもよかった。
最初はそんな気持ちだった。
私も彼もそんな傷ついた心を癒したくて、お互いに痛みを誤魔化そうとしていた。
そんな独りで居られなかった、まだ子供だった私たち。
でも、私たちは少しずつ大人になろうとしている。
その小さな変化として、彼は人を愛することを知ったんだと思う。
私の前では、あんな幸せそうな顔で笑ったことなんてなかった。
私には向けられない笑顔。
少しだけ悔しくて、何だか羨ましかった。
心の真ん中に痛みを感じながら、覚束ない足取りで歩く。
気づかないうちに夕暮れ時になっていた。
赤い赤い夕陽が私を照らしている。
その光は暖かくて、泣きそうになる。
痛い、痛い、痛い。
苦しいよ。
君がいけないんだよ。
君との思い出が頭から離れない。
君の優しくて温かい手の温度も私を呼ぶあの声も……全部覚えている。
幸せだったことも私を傷つけていく。
君と一緒に笑った数だけ私の体に傷跡が残る。
「ねぇ、消して、消してよ……」
呟いた言葉は赤色の夕陽に吸い込まれていく。
君の傷跡が一つ一つ赤に溶けていく。
それだけを願っていたはずなのに……
どうしてこんなにきつく抱きしめてるの?
君を全部手放すなんてできないよ。
忘れたくないよ。
痛くても苦しくても……君と居たいんだ。
「あぁ、そうか…」
今さら気づいた。
どうしてこんなに痛くて苦しいのか。
私はきっと、君を本当の意味で“好き”なんだ。
何で分からなかったんだろう。
もっと早くそのことが分かっていたら、君と笑えていたのかな?
私を呼ぶ君の声が遠くなる。
指先が淡く赤に染まっていく。
溢れ落ちそうなほどの赤。
少しずつ私の中の君を奪っていく。
夜はもうそこまで来ている。
溢れ出す涙が私を濡らしていく。
滲む君に手を伸ばして、ぎゅっとしがみついた。
「さよなら。」
私の好きだった君。
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