「どこを見ているでござるか?」
「…かはっ!?」
「勝負あり…まったくこの程度では師範代も務まらないでござるな。赤子の方が歯応えあるのではなかろうか?」
「…くっ!もう一度お願いします!!」
「残念だが、今のお前に拙者と手合わせする資格はない。出直して来るがよかろう」
「な…なぜですか!?」
「それが分かっていないということは、お前の使う刀は何の意味も持たない、ただの木偶の坊だ。生憎、拙者は棒切れを振り回す子供遊びには、付き合いきれんのでな」
「……」
「一言だけ言おう。お前が何のためにその刀を振っているのかが、ほとんど感じられなかった。それだけだ」
「…はい」
3月15日。日も次第に暮れようとしていた時、2人の師弟が1つの稽古を終えた。MARTのある都心部から少し離れた場所の山中に、ある道場があった。それは¨神威旋響流¨と呼ばれる剣術を用いる、神威道場である。
以前には代々血族の師範がいたが、後を継ぐものがいず、先代の師範が全ての技術をアンドロイドの神威がくぽに託して今に至る。ここでは現師範の神威がくぽと、その弟子・和音マコが日々修行を行っている。かつて他にもたくさんの弟子がいたが、師範の厳しさと剣術の体得に挫折したために多くの者が去ってしまった。気がつけば、マコ1人になっていた。
「先生、ありがとうございました」
「礼をする暇があったら、早く練習に励んだらどうだ? 嫌なら今すぐ帰るが良い」
「いいえ、夜も精進に励みます」
「時は無限にあらず。決して無駄になるようなことはするな」
「はい!」
私、何のために神威旋響流の後継者を志したんだろう。アンドロイドが剣道に励むって、おかしいのかな? いや、そんなことはない。そんなことを思うのは、神威先生への冒涜だ。私には主人はいないけど、師匠はいる。誰の命令でもないけど、あの先生を目指して強くなる。そして、この神威旋響流を後世に残す。それが私の使命で、私の生きがいなんだ。
「はぁ…もう一息頑張るか…」
「今晩は、マコちゃんはいますか?」
「…あ、イブキちゃん!」
「今日も神威先生に、思いっ切りしごかれてるんじゃないかって心配してたんだけど、流石はマコちゃん、全然へこたれてないね。これがいわゆる¨すとろんぐうーまん¨って言うのかな?」
「すとろんぐうーまん? 何それ?」
「人間の世界では、男勝りの強い女の子をそう言うらしいよ。凄いよね、すとろんぐうーまん」
「ふ~ん…」
マコと雷歌兄弟は、昔から仲の良い友達である。稲妻神社から道場までの遠い距離を気にせず、時折マコの様子を見にきては、差し入れを持ってきてくれる。
「はい、マコちゃんの晩ごはん!」
「いつもありがとう。今日は何が入ってるのかな?」
「ふふ…食べてみて」
「うーん…うわっ、しょっぱっ!!」
「舌に電撃のような塩辛さを走らせる、私の特製雷神にぎり!どう?なかなかでしょ?」
「これ…ただ塩を大量にまぶしただけじゃない!」
「激しい運動の後は、失った水分と塩分を補給して、バテるのを防がないとダメだよ。特に女の子は」
「私は、そう簡単にバテたりしないよ?」
「そんな汗だらけになってたら、説得力が無いよマコちゃん。さあ、まだまだあるから食べて」
「お、多すぎ多すぎ…!」
2人は長い間、夕食を取りながら雑談を交わした。お互いの近況や、私生活について色々語り合った。普段の日常、最近はやっているもの、更には兄との「あんなことやそんなこと」の話まで。このリア充妹は、カミングアウトも辞さない。
「…でね、お兄ちゃんったら昨日カラスの糞を踏んで、フンコロガシみたいに神社の階段を転げ落ちたんだよ! ふふっ、すっごいドジだよね!」
「いや…それ笑い話じゃないんじゃない?」
「でもね、お兄ちゃん派手に落ちたのに、全然ケガも無かったんだよ!¨ちょっと擦りむいただけだよ¨って。キャ~!!」
「結局、お兄さん怪我してるじゃない…」
イブキのブラコン度には、ホトホト呆れる…そう思っていたマコだが、イブキの話すことは山に籠もりっぱなしで、外部の誰かに会ったりする機会があまりないマコにとっては、新鮮で面白い話だった。でもお兄さんのいる妹って、とても羨ましい。私も家族や親兄弟が欲しかった…そんな気持ちがマコの心のどこかにあった。
「…ふう、ごちそうさまでした。ありがとう、イブキちゃん。お腹と気持ちが満たされたわ」
「どういたしまして!」
「それじゃあ、最後の稽古をしてくるね」
「…え?まだするの!? せっかく涼んだのに、また汗をかくなんて…それにマコちゃん、もう体はヘトヘトじゃないの?」
「まだまだいけるよ。イブキちゃんのおかげで、また元気が湧いてきたわ。私は時間を不意にするわけにはいかない。時は無限にあらず、って神威先生は私にそう言って下さったから」
「マコちゃんすごいよ。私だったら、もう動けなくなってるよ…あ、もうこんな時間…!」
「イブキちゃん、もう暗くなってきたし、そろそろ帰らないとヒビキお兄さんが心配するよ?」
「でも、もう少しだけマコちゃんの稽古を見ていきたいな…そうだ!マコちゃんのとっておきの¨技¨ってある?」
「え?とっておきの技かぁ…うーん、それなら¨刺客燕返し¨とか?でもまだまだ中途半端だから、期待しない方が…」
「いや、期待する!」
「うっ…調子狂うなぁ…」
空が夕闇に染まろうとしていた時だった。冷たい風は森を吹き抜け、辺りには風の音だけが聞こえている。広場にやってきたマコはイブキと向かいあい、脇に差した刀の鍔に、手をゆっくり当てる。イブキはやや質量のある鉄球を手にしていた。そしてマコは深呼吸をし、無心の状態になった。お互い構えの姿勢になる。
「…来い!」
「それっ!」
イブキが投げた鉄球は、マコの抜刀した刀が触れた瞬間に消えた。イブキは一体どうなったのかマコに聞こうと歩み寄ると、地面にある何かにつまずいた。そこには真っ二つになって、先程までの原形を留めていない鉄球があった。それは確かに、イブキの投げた鉄球だった。
「すごーい、マコちゃん!何をしたの!?」
「これが刺客燕返しよ。接近してきた物を切り捨てて、それを更に抜刀の勢いで地面に叩きつけて、対象に二乗の傷を負わせるものなの」
「へぇ…こんな並外れた技が出せるのに、がくぽ先生は誉めてくれないんだね…」
「うん…」
辺りが完全に静まった天龍川の上流で、がくぽはただ1人で瞑想していた。数百メートル離れた場所から、マコの振り払った微かな刀の斬音を耳にした。
(…刺客燕返しか。あの音では、鉄の塊は完全に粉砕しきれてはいまい。まだまだ体得したとは言えんな)
そんなことを思っていたがくぽの背後の草むらから、カサカサと音をたてて何かが迫ってくる。それに対して、がくぽは並の人間では知覚できないような速さで抜刀した。
「…何奴!」
「…うっ!! 俺です、カイトですよ!」
「カイト殿か…今一歩、そなたが前に出ていれば首と胴体が離れていたぞ」
「…がくぽ先生の前では、油断も許されないですね。とりあえず、その刀を鞘に収めていただけないでしょうか…?」
「拙者の背後には決して立たないでくれと、以前に忠告したはずでごさるが?」
「そこまで警戒されているのは、心外でしたから…」
「武士たる者、いつでも首を取られる覚悟でいなければならぬ。だから、いつ何時においても、慎重な姿勢は解けないのでござる」
「お見それしましたよ、先生」
「滅相も無い。それで、拙者に何用でござるか?」
「また貴方の力をお借りしたいんです。俺たちMARTが近々、再び大きな戦いを起こします」
「それは断じて、正義のための戦いであると、宣言できるのでござろうな?」
「はい」
「…詳細を伝えられよ」
カイトとがくぽは、雷歌兄妹の紹介で古くに知り合った。カイトはがくぽが外部の者で気を許している、数少ない相手である。そんな関係もあって過去に一度、カイトたちの手助けをした。カイトは必死に、MARTの決起についての話をがくぽに説明した。彼は最後まで、黙ったまま聞いていた。
「…そうか、よく分かった。拙者もアンドロイドの一人ゆえ、平和統括理事会がいかなるものかは、十分に承知している。だがカイト殿、今回ばかりは無謀にも程があると思うのだ。それにこの戦い、どれほどの犠牲を強いるか分からない。拙者は、この危険を懸念している」
「やはり先生は、そうお仰りますか…その通りかもしれません」
「…しかし、拙者は反対はしたでござるが、この決起を止めるつもりは無い。カイト殿とその同士殿が本当に実行するのなら、それは皆の決意した堅い意志の上にあったと解釈するでござる」
「そうですか…先生は、この決起に加わって下さるのでしょうか?」
「少し時間が欲しいのだ…拙者がそなたたちの役に立てるなら本望でござるが、この戦いは決して軽い判断では動けない。それは皆、分かっているであろう」
「はい。それは重々承知しています。しかしこのままでは、俺たちアンドロイドの未来はいつまでも暗い影を落としたままです! それを指をくわえたまま見過ごすことはできません!」
「案ずるな、そなたの思いはしかと伝わっているでござる。ただ拙者が言いたいのは、今のカイト殿にできることは¨後顧の憂いを無きものに¨だ」
「…はい」
「約束しよう。拙者が決断し、カイト殿がその日に理事会へ反旗を翻すのならば、拙者もそのために剣を抜こう…」
「先生、感謝します…!」
カイトは頭を下げて礼をした。神威がくぽが他人事に、それも命を賭けるような戦いに力を貸すののは、恐らくカイトとかつての師範だけだろう。カイトはがくぽは、少し会話を交わした後、別れた。その去り際、がくぽは彼にこう言った。
「汝、同胞たちの希望であらんことを…」
「VOCALOID HEARTS」~第11話・神威旋響流~
ピアプロの皆さん、今日は!
今回は前回よりスピードうpできました…え?前とそんなに変わらない?
ここでまず、前回の説明文で行ったアンケートの回答、皆さん本当にありがとうございました!
アンケートの結果は、今後の構想の参考にさせていただきます!
なお、5番目のトリプルエーのストーリーにも票をいただきましたが、自身の意向もあって書くのはもう少し後になりそうです。投票して下さった方、すみません…
それに、いただいたメッセージの返信や、その後のお返しがとてつもなく遅れてしまっています。重ね重ね、本当にすみません…!
誕生祭の日に、偶然にも夕食に茄子が出たけど、食べられなかった…殿、許せ…!
コメント6
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ご意見・ご感想
まんじゅう
ご意見・ご感想
がくぽ…さすがよのぉ…
和音も修行に励むのじゃぞ!!(("o(-"-;)
師匠!!今回の決起、いかがいたしましょう。
リンレンあの2人のリア充は最強ですよww
好き好き大好きチュッチュッ!!(やめろー!!
どんどんやれーみたいなww
2011/08/05 17:12:25
オレアリア
まんじゅうさんお久しぶりです!
メッセージありがとうございます!!
マコ「神威師匠、今回の決起はどうなさいますか?」
がくぽ「来世でやる」←
ちょww
好き好き大好きチュッチュッ吹いたじゃないですかwww
よし、ならばお望み通り次回は鏡音さんによるハイパーチュッチュッタイムをお送り致しま(ry
2011/08/12 13:18:44
ミル
ご意見・ご感想
オセロット隊長、こんばんは!
いつもながら小説の執筆お疲れ様です!
な…何と綺麗ながくぽw
それに加えて和音さんをも圧倒する剣裁き、鋭い瞬発力、離れた所の残音め聞き取れるとは何たるチート侍www
師匠は果たしてMARTの決起にやってきてくれるのでしょうか…?
ブクマ頂きます!
次はリア充いちゃみね回に期待してますw
2011/08/03 18:55:13
オレアリア
ミル兵長、今日は!
今回もメッセージとブックマークを下さりありがとうございます!!
チート侍www
あのお2人は強い設定にしようと思ってたらこんな強さになりましたww
神威師匠は厳しい!←
がっくんはクライマックスで大いに活躍して貰うつもりです!
その時にはスーパーチートな技を披露して下さります←
2011/08/12 13:10:54
enarin
ご意見・ご感想
今晩は! 早速拝読させていただきました。
さすがの”がっくん”師匠ですね! 協力してくれれば、心強いです。
塩たっぷりのおにぎりですが、私も塩にぎりを作るときは、塩きつめにします。塩分補給はセリフにもあるとおり、この時期非常に大事です。梅干しを入れると更にパーフェクト!
「時は無限に非ず」 いやー、私の胸にもグサッっと来る名言ですね。もう少し小説とか創作意識を高めないと…
非常に面白かったです! ではでは~♪
2011/08/03 16:43:01
オレアリア
enarinさん今日は!
今回も拝読&メッセージを寄せて下さってありがとうございました!
がっくん師匠はいかにも日本侍のような自我共に厳しめの性格にしてみました。
心強いですけど、やや気難しいといった感じですね。
塩にぎりについて、enarinの自流に共感しました!自身おにぎりがとても好きでしてw
ただやはり、余りにも塩を入れすぎると体に宜しく無いんですよね…
あるゲームの登場人物にの台詞に、
「長生きのコツは体を冷やさぬ事、塩気を控える事、そして…いらぬ事に口を挟まない事ですが……」
とあるんですよ。余談失礼しましたw
実は梅が苦手だったり←
時は無限に非ず、時は金なりの意味合いと同じなんですけれども、こうふと思うと時間を浪費しすぎている自分がいるんですよね。
僕も夏休み中なのに全く動かないような奴で(ry
enarinさん、小説のうp楽しみにしてます!更新頑張って下さい!!
2011/08/12 13:04:44
日枝学
ご意見・ご感想
読了! 読んでいる間にその光景とか音とか想像してニヤニヤしてた自分です。
こういうの良いな~ かっこいい展開! あと、それぞれの登場人物の内面を想像しやすくて、読んでて面白かったです。
執筆GJです! 続き楽しみにしてますよ~!
2011/08/03 13:04:43
オレアリア
日枝学さん今日は!
いつもメッセージを下さって感謝の限りです!
おお…この1話で考察して頂けるなんて嬉しいです!音2828ありがとうございますw
でも擬音表現は案外苦手だったり←
神威旋響流の2人は格好良く仕上げてみました!…うーん、あんまり?
良かったらまた次回も見に来てやって下さい!
2011/08/12 12:47:25