カイトが神様になったらしい。
ソファの上でスマホをいじりながら私がそう言うと、洗濯物を畳んでいたカイトは、はぁ、と何とも間抜けな返事をした。
「それは、ええと、KAITO全体のことですか? それともどこかのカイトさんが神的地位まで上り詰めたってことですか?」
「いや、KAITO全般の意味合いっぽい」
そう言って私はずりずりとソファからずり落ちた。そのだらけた姿勢のままでごろりと転がって、カイトの横へとたどり着く。私の行儀の悪さに、カイトは顔を顰めながらめくれ上がったシャツの裾を直してくれた。
一緒に暮らしていて、お互いの下着を一緒に洗濯して畳むような仲なのに、カイトは私のだらしなさをちゃんと窘める。私としては今更お腹の一つや二つカイトに見られようが気にならない。更に下着が見えても相手がカイトなら問題なし、なのだけど。親しき仲にも礼儀ありです、とカイトはちゃんと叱ってくる。
がみがみと口うるさい兄さんだなあ、なんて茶化してはまた叱られる私だけど。ほんの少しの怒りを含んだカイトの低声は、ちょっと好きだから。その声が聴きたくて、あえて怒らせるような態度をとる事があるのはカイトには秘密だ。
閑話休題。カイトが神様になった話。
これを見て、と私はスマホの画面をカイトに見せた。どれどれ、とカイトが私の手元を覗き込んだ。スマホの画面にはもうすぐ開催されるイベントで発売されるコンピレーションアルバムの特設ページが開かれている。このコンピレーションアルバムの企画には豪華なメンバーが集うことでも有名で、当然のことながらそのクオリティの高さに入手困難の呼び声も高い。
「? 神様になった、なんてどこにも書いてありませんよ」
そう首をかしげるカイトに、ここ、と私は宣伝文句を指差した。KAITO民族必聴、という文字をなぞるように示し、私はにやりと笑った。
「KAITO民族。……つまりこれって、カイトを神としてあがめ奉る民がいるってことじゃないかなって」
「ああ、なるほど」
なるほど、という言葉と裏腹に、興味ない調子でそう言ってカイトは洗濯物をまた畳みだした。
男の人にしては線の細い、けれどが指の長い大きな手が、タオルやシャツやらパンツなんかを丁寧に畳んでいく。日常の気配に滲ませるように、小さな声で歌を口ずさみながら。
くたびれた橙色に染まった夕暮れ時、眠たげな空気の中、カイトが歌を口ずさむ。昨日の夜、一緒に動画で聴いた曲。片思いの曲。アカペラで歌われた、かなしいほどに優しい歌を、カイトが穏やかな声で歌う。
このまま、この瞬間が永遠に続けばいいのに、と私はカイトの横で寝転がりながらぼんやりと思った。カイトが全知全能の神様ならば、こんな拙い私の願いを叶えてくれるのに。そうぼんやりと思った。
そう思ったら、今が永遠でない事が悲しくて、苦しくて、泣き出したくなって。泣く代わりに私はぐりぐりとカイトの足に自分の額を押し付けた。
仔猫みたいな甘え方をした私を、カイトは赦すように微笑って撫でる。さびしい感情は空気を介して感染する。カイトも私と同じさびしさを共有している、とその少し冷たい指先に瞼を閉じながら私は思った。
永遠なんか、どこにもない事を私たちは知っている。永遠を願う相手を見つけた時からずっと私達は、さびしくて、縋りつきたくて、離れたくなくて、ずっと続いてほしいと願って。
だから、かみさま、なんてあやふやなものに縋りつきたくなってしまうのだろう。
「……ところで」
私を撫でながら、カイトはふと何かに引っかかった様子で言った。
「おれが神様になっちゃったら、マスターは何になるんですか」
「……神主、的な何か、じゃないかな。お坊さんとか、巫女さんとか、そういう、神様に仕える人」
そう返事をして、我ながら厨二臭い返答だったな、と苦笑した。カイトも同じように考えたらしく、アニメの見過ぎですよ、と笑う。
「マスターがおれに仕えるとか、なんか気持ち悪いですね。後が怖そうだ」
「カイトあんた、私をなんだと思ってるのよ」
「え、だらしのない暴君」
「よし覚悟はいいか」
「冗談ですよ」
はは、と笑って、またくしゃり、と私の頭を撫でて。
カイトの指先はやっぱり少し冷たくて、けれど穏やかで、優しくて、私と同じかなしさを含んでいたから。酷い事を言った仕返しにその脇腹にパンチでも入れてやろうかと思っていたけど止めておいた。
「全くカイトは卑怯だね」
「そうですか?」
「だって神様になって欲しいけど、やっぱり神様なんかになって欲しくないから」
「それ、結局どっちですか」
「なって欲しくない方」
そう言って私はまた、ぐりぐりと額をカイトの足に押し付けた。
カイトが神様になったとして、私がカイトに仕える者になったとして。そして永遠が約束されたとして。
けれど、その先にある光景は、私が欲しいものではないから。
崇め奉られるべき場所に鎮座するカイトに仕えたいわけじゃない。こうして甘えれば撫でてくれる距離にいて欲しいのだ。日常に紛れてしまいそうなほどささやかなカイトの歌声が、ちゃんと聴こえる距離にいたいのだ。
そのだいすきな歌声を、存在を、すぐ隣で感じていたいのだ。
それがたとえ、永遠に続かず、いつか途切れてしまうものであったとしても。
幸せの中にいながら終わりの悲しみを考えてしまう私に、カイトは少しだけ苦笑して、そして、叱る代わりに、歌を口ずさんだ。
優しく叱りつけるような甘い低声が夕暮れの空気に響く。その痛みを覚えるほどに優しい歌声に、そのあおい歌声だけに溺れる様に、私はそっと目を閉じた。
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