ピアプロは、ボーカロイド専用のプロダクションだけでなく、各メディアへ登場する際に必要なテレビ局、ラジオ局としての機能も兼ね備えている。
最も、ここではその他のテレビ番組の殆どが放送されている。
ピアプロは放送局としても利用されている。日本で最大のテレビ局でもある。
ここは、テレビ放送部の第二スタジオ。
間もなくそのスタジオでとある番組の収録が開始されようとしている。
トレンドオブミュージック。その名の通り流行の音楽、主にJPOPの新曲、新人アーティストの紹介などが行われる番組だ。
そして今回は、新たに二人組みのボーカロイドのユニットが日の目を見ることとなる。
亜北ネルと、雑音ミクの新ボーカロイドユニット。
この収録は、俺にとっても、彼女達二人にとっても、運命的なことだ。
この番組の放送によって、いかに彼女の人気が復活するか。
無論、俺は人気が上昇することを信じて疑わない。
アンケート、世論調査でもあれだけの好評を得たのだ。
俺もネルも雑音さんも、今日このときのために、一心に調教を繰り返した。
絶対に成功する。人気は戻る。
準備は整い、刻は来たれり。あとは、最後の目標を成すのみ。
ネル・・・・・・これが成功したら・・・・・・。
スタジオには既に司会とギャラリーが待機しており、番組の進行を行うも、拍手喝采と大声援を送ることにも、一寸のすきも無いといった調子である。
俺は、その様子を一度垣間見た後、ネルと雑音さんが待機している控え室に足を運んだ。
二人は衣装の着用と、身の丈ほどもあるエクステンションの装着を終えていた。
「やぁ。待たせたな。準備はいいか?」
部屋に入るなり、そう景気良く声をかけると雑音さんは、
「ああ・・・・・・楽しみだ。早く歌いたい。」
と、緊張の類はなさそうだ。
彼女はテレビの出演に早く慣れたのだ。
カメラに対しても、妙な緊張や警戒心を抱くことはない。
元々そういうことが平気なのかもしれない。
だが、
「ネル。緊張してないか?」
「ちょっと・・・・・・ね・・・・・・。」
声から即座に察知できた。これはかなり緊張している。
ネルもテレビには出演していた。しかし、それはもう半年以上前の話だ。
なにより、人気が落ち、世間から全く注目されなくなった彼女にとって、テレビ出演というのは、過去のトラウマを刺激しそうで、俺自身も不安だった。
俺は彼女に寄り添い、その緊張を少しでも解そうと、ネルの肩に手を置き、声をかける。
「ネル。気を楽にしろ・・・・・・。」
「でも・・・・・・。」
「大丈夫だ。俺は、お前ならできると信じてる。みんなも、お前のことを期待してる。だから・・・・・・緊張しなくていい。」
「ほんと・・・・・・?」
「ああ。だから、お前は精一杯歌って、みんなの拍手を浴びるんだ。」
「・・・・・・大丈夫・・・・・・かな・・・・・・?」
それでも不安げにうつむくネルに、俺は、今自分に出来る最善の方法を考え、そして・・・・・・ネルの手を取り、実行した。
俺は、彼女の胸と自分の胸を合わせ、確かな温もりを伝えた。
「えっ・・・・・・。」
ネルは一度驚きの声を上げたが、そのあと、ゆっくりと肩の力を抜き、俺の背中へ手を回した。
「ネル・・・・・・大丈夫だ。俺は、見ている。」
ネルの耳元に、そっとささやく。
これが、今俺の出来る最善の方法だ。
言葉でどうこう説明がつけばそれでいい。しかし、それでは解決できないことはある。
だから、そのような場合は、こうするとしか、俺は知らない。
「・・・・・・うん。」
その返事は、俺が一番聞きたかった、彼女の安直した声だった。
ネルの緊張を解すという勤めを果たした俺は、自身から彼女の体を解いた。
体に残った温もりが名残惜しい。
俺は気持ちを切り替え、ネルと、雑音さんに向き合った。
「さぁ。もうすぐ収録だ。そろそろスタジオに出向くぞ。」
「ああ!」
「・・・・・・うん!」
ネルの、意を決した真剣な返事を聞いた瞬間、最後の準備が整ったことを悟った。
番組収録開始一分前。今、テレビカメラが廻りだそうとしている。
俺はそれが映し出す映像を受信している液晶モニターに、俺は釘付けとなっていた。
ここはスタジオよりやや離れた場所の一室。
俺の周りには、俺の同業者とも言うべき者達がパイプ椅子に深く腰を下ろし、同じくモニターをわき目も振らず見据えている。
彼らは、この番組に出演する他のアーティストのプロデューサー、またはマネージャーである。
こうして、自分が育て上げたアーティスト達が、スタジオでどのように振舞っているかを見定め、見守る。
今の俺の心境も、まさにその通りだ。
ネルの身を案じ、事がうまく済むことを一心に願う。
その気持ちは、他の者より一層強いはずだ。
そして、妙に長く感じられた一分間が、番組開始と共に、終わりを告げた。
軽快なオープニングの音楽と共に、準備万端であったギャラリー達の拍手喝采は、どの番組でも共通だ。
そして、何故いつもそんなに機嫌がよいのかと問いたくなるほどの元気な司会が、多少の挨拶をした後、今回のゲストアーティスト登場を促す。
ここでスタジオ中央から、再びの拍手と、もはや叫び声に近い声援を浴びながら、新曲の発表、または新人として登場するアーティスト達が悠々と登場する。
一人、二人、時には数人のグループと、次々に演出用ライトの光と拍手声援を浴びながらスタジオに現れ、指定の席に座る。
そして・・・・・・、
『えー次は、ボーカロイドセカンドシリーズの新ユニット、「Buddy」です。どうぞ!』
亜北ネルと、雑音ミクが、スタジオ中央のゲートから、姿を現す。
すかさず、拍手喝采と、大声援が二人を出迎える。
俺が、夢にまで見た光景だ。
雑音さんは、初音ミクとは違う、黒ベースに赤いラインの通った、ダークな雰囲気を漂わせる衣装に、身の丈もある巨大なツインテールエクステンション。
ネルは、昔と変わらず、あの時のままの黄色い衣装で、いつものサイドテールを更に長く追加している。
地面につくほどの長い髪は、彼女達のトレードマークでもある。
俺は、ネルの動きを注意深く見たが、どうやら先程のあれで、少しは緊張がまぎれたようだ。驚くことにカメラの前であっても、彼女は笑顔を保っている。
そして、全員が席に着くと、軽いトークの時間となる。
司会者の男女二人は、元々用意していた台詞を、或いはアドリブで適当に話題を見つけ出し、アーティスト達に投げかけた。
そんな連中よりも、久しぶりにテレビに出たネルに話しかけろ。
カメラ共も、もっとネルを写せ!
願いが届いたのか、司会者がネルに会話ごと話題を振る。
『亜北ネルさんは、半年もの間活動停止していたそうですが?』
『あ。えーと、それは・・・・・・。』
何てこと訊くんだこの中年司会者は。
ネルが回答に手間取っていると、雑音さんがフォローする。
まさか、本当のことは言うまい・・・・・・。
『ネルは少し壊れてたので、ちょっと直すのに時間が掛かったんだ。』
何てこと言うんだこの黒髪ツインテールは。
『はぁ・・・・・・そうだったんですか。』
鵜呑みにする司会者。
ネルの表情が僅かに歪む。
司会者は暫しの間を置き、次の質問を繰り出した。
そうするしかあるまい。
『えー、今回雑音ミクさんとユニットを組んだそうですが・・・・・・。』
今度の質問は、雑音さんに向けられた。
『あぁ・・・・・・それなら。』
気兼ねなく答えそう。まさか、今度は・・・・・・。
『ネルを好きになったから。』
『え?』
『ネルと、歌いたいと思ったから。ネルもわたしと歌いたいと、そう言ったから。』
雑音さんは、今度は何一つ、隠し事はしなかった。
ただ、自分の素直な思いを述べた。それだけだ。
俺は、これで良いのだと思う。
トークの時間は終わり、いよいよアーティスト達が自慢の歌声を披露する、正念場へと突入した。
予定では、最初を飾るのは、ネルと、雑音さん。
『それでは、スタンバイのほうお願いします。』
二人は、スタジオから舞台裏へと姿を消した。
いよいよだ・・・・・・。
ネルが、再び歌声を披露する時が来たのだ。
今こそ、運命のとき。
ネル・・・・・・もう一度聞かせてくれ。お前の歌声を。
その美しいDAIVAの姿を見せてくれ。
ボーカロイドとして、輝ける瞬間を!
ネル。準備はいいか?
大丈夫。雑音もね?
「それでは、お願いします。Buddyで曲名同じく、『Buddy』!」
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